カテゴリー「欧州・EU」の81件の記事

2020年12月31日 (木)

◆Brexit後の欧州の課題――英国の完全離脱後の展望 2020.12.31

 英国のEU離脱後の移行期間が12月31日で終了し、英国はEUから完全離脱する。FTAを巡る交渉は期限ギリギリで妥結。貿易関税はゼロに保たれ、懸念された混乱は回避される。しかし通関手続きは復活し、両者の距離は広がる。

 折しもコロナ禍で世界も欧州も様々な困難を抱える。英国の完全離脱後のEUや欧州はどんな課題に直面し、どんな動きを見せるのか。節目の動向を整理する。

▼ギリギリのFTA合意

 英国がEUから離脱したのは2020年1月末。しかし2020年中は移行期間で、従来通り関税ゼロや通関手続きなしが保たれていた。移行期間終了後の通商関係を巡り両者は協議を続け、難航の末に12月24日に合意に達した。英国、EU双方における議会や加盟国の承認などの手続きもスピード処理され、合意なしの移行期間終了という事態は回避した。

 合意により、EUと英国はFTAを締結。貿易の関税ゼロを維持し、優遇関税で取引できる量を制限する関税割当枠も設けない。航空や鉄道、陸路、海上交通などは現状を維持する。

 一方、英国はEU単一市場から抜けるため、通関手続きなどは復活する。金融のサービスや許認可、監督なども原則分断される。人の移動や移住も厳しくなる。英国はEUのルールやEU司法裁判所の定めから外れる。

▼問題先送りの側面も

 交渉で対立が続いたのは、(1)英海域でのEU漁船の漁業権(2)公正な競争や環境規制の確保(3)紛争解決手段、の3分野だ。このうち漁業は、経済的な利害勘定の面が大きく、段階的に漁獲量を減らすなどで妥協した。

 公正な競争条件は、例えば英国が環境や労働規制を緩めたら公正な競争が維持できなくなる。そうした事態を避けるための措置だ。英国がEUのルールを尊重するとの立場を書き込むことで妥結した。

 英国がEU司法裁の影響下から離れた後は、新たな紛争解決手段が必要になる。EU側は当初、EU司法裁が最終判断をすることを求めたが、最終的には必要に応じ専門委員会を設置することなどで決着した模様だ。

 公正な競争条件や紛争解決については曖昧な点も指摘される。合意文書の詳細が公表されるまではっきりしない点が残るが、両者が合意を優先するため一部問題を先送りした面もあるようだ。

▼英国に見えぬ将来戦略

 合意なき離脱による混乱は避けられるものの、Brexitの影響は今のところ英国、EU双方においてマイナス面ばかりが目立つ。特に離脱という決断とした英国にとっては、そのメリットが見えてこない状況だ。

 そもそも英国が2016年の国民投票で離脱を決めたのは、主権を取り戻したいという意識、EUに対する不信、移民増加への不満、エスタブリッシュメントに対する批判などいくつもの要因が重なり合った結果である。EUから離脱すれば多額の拠出金が戻るなどという誤った情報に基づく判断もあった。

 保守派政治家は主権の回復にこだわり、英国の栄光を強調する。一方で実際に離脱投票を投じた多数の普通の人々は、格差拡大への不満や移民拡大への批判などをEU離脱に託した。内向きの色彩が強い人も多かった。離脱派内部でも利害が一致していないという奇妙な構図の上にBrexitは起きた。

 EU離脱に伴い、関税はゼロに保たれても通関手続きなどは復活する。金融サービスも、英国の拠点からEU諸国を直接カバーすることはできなくなる。経済的にマイナスの影響が出るのは明白だ。

 一方、EU残留を望んだ、スコットランドや北アイルランドの独立運動などが出て来る可能性もある。

 こうしたマイナスの影響や懸念を補って余りあるメリットはあるのか。ジョンソンン首相はアジアとの関係強化などを主張するが、具体的な政策を示せているわけではない。現時点で、EU統合路線に代わる未来戦略を打ち出せているとは言えないのが現状だ。

▼EU:不明瞭な統合戦略立て直し

 一方のEUに取っても、初の加盟国減少の影響は小さくない。そもそもEU統合のメリットの1つが、規模の効果による国際的な影響力の拡大だった。EUが環境や巨大IT企業規制のルール作りなどで世界的な影響力を保持しているのも、規模の力が大きい。英国の離脱でEUの規模は縮小し、その分国際的影響力が低下しかねない。

 英国民投票が事前予測に反し「まさかの離脱」になった理由の1つに、EU統合の恩恵が目に見える形で示せなかったことが指摘される。EUの求心力回復は、Brexitに突き付けられた課題の一つだった。

 EUはその後、統合戦略の再構築を協議し、いくつかの未来図を示した。しかし、EU住民に強いインパクトを与えるには至っていない。統合戦略の立て直しが改めて問われる。

▼コロナで変わる世界

 欧州と世界を取り巻く環境は、英国がEUを離脱し、通商交渉が始まった1月から大きく変わった。新型コロナの感染が拡大し、経済は大きな打撃を受けた。人の移動は大幅な制限されるようになった一方、オンライン化は急速に進んだ。世界の枠組みはすっかり変わった。

 英離脱による経済への影響も、コロナによる経済的打撃の陰で見えにくくなっている面もある。足元の課題が、Brexit対応よりコロナ対応に移っているのも事実だ。

 しかし長期的には、EUにしても英国にしてもBrexit後の将来戦略は欠かせない。時代を読んだ大きな構想力が問われる。それは世界の枠組みの行方にも影響する。

2020.12.31

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年12月 6日 (日)

◆コロナ感染拡大とワクチン接種開始 2020.12.6

 新型コロナのワクチン接種が始まった。世界の待望の動きで、感染防止の切り札として期待される。ただ承認は見切り発車の色彩もあり、有効性、副作用など課題も指摘される。

▼英などで承認

 ワクチン利用でまず動きを見せたのが英国。ジョンソン首相が2日使用を承認すると発表。8日から医療関係者などを皮切りに接種を始める。

 間髪をおかず、ロシアが5日から接種を開始すると発表。実際に接種が始まった。ロシアは8月に世界で初めてワクチンの承認したが、接種には至っていなかった。最終試験を重ねていたとみられる。英国の発表で、使用開始を前倒ししたとの指摘がある。

 米国は12月上旬-中旬にも接種開始と見られる。フランスなど欧州諸国は年明けの接種開始が見込まれる。

 各国とも通常の新薬承認に比べてスピードが速く、安全性や効果への疑問が完全に払しょくされたわけではない。それでもとにかく使用を優先させた格好だ。

▼一般接種までに数か月?

 接種はまず医療関係者や高齢者を優先し、一般の人々に広く使用できるまでには数か月を要する見通しだ。

 ワクチン接種開始は明るいニュースだ。ただ、予防効果がどれだけあるかなど不透明な要素も多い。ウイルスの突然変異にどこまで対抗できるかという指摘もある。効果が出るまでにはなお時間がかかると認識すべきだろう。

▼感染拡大

 足元の感染はむしろ拡大している。世界の感染確認者は3日、1日当たり60万人を突破。感染者は6300万人を超えた。

 1日当たりの死者も1万人を超え、累積の死者は4日に150万人に達した。

 秋に感染の「第2波」を経験した欧州は新規感染の山をひとまず越えたが、米国では引き続き「第3波」の感染が拡大している。カリフォルニア州など各州は自宅待機など行動規制を強化した。ブラジルなどでも感染拡大が続く。

▼反応様々ン、緩みに懸念も

 ワクチンの使用開始を歓迎し、接種を希望する人ばかりかと思えば、豈に図らんや、米国などではワクチン接種を拒否する人も少なくない。世界の人々の現状認識や価値観の違いが大きいことを改めて認識する。

 WHOなどは、ワクチン接種開始で感染防止の警戒が緩むことを警戒する。警戒と期待の材料を抱えて、コロナの1年は最終月に入った。

 

◎ 「ワクチンができた」にひとまず安堵の息
◎ 見切り発車それでも年末プレゼント
◎ 歓迎のニュースで忘れる時間軸

 

2020.12.6

2020年11月 2日 (月)

◆テロに揺れるフランスーー問われる対策、イスラムとの関係 2020.11.1

 フランスがイスラム過激派のテロに揺れる。9月以来テロが続発し、仏政府は取締強化策を打ち出した。しかし社会の分断は一層深まり、海外のイスラム諸国からは反発が強まる。「イスラムとの関係」という根深いにも改めて直面する。

▼相次いだテロ

 9月以降、フランスで起きたイスラム過激派によるテロは以下の通りだ。

・9月25日:パリの風刺週刊紙のシャルリエブドの旧本社前で、男女2人が刃物で襲われ負傷。
・10月16日:パリ郊外で中学教師が斬首される。犯人はチェチェン人の18歳。
      教師は授業で、シャルリエブドが掲載したモハンマドの風刺画を生徒に見せた。
・10月29日:ニースの教会でナイフによる襲撃事件。3人死亡。

▼マクロン政権が対応強化

 テロを受けてマクロン大統領は対策を強化した。

 29日にニースでテロがあると直ちに現地を訪問し、犯行を非難。政権は同日、テロ警戒水準を三段階の最高に引き上げた。

 翌30日には、治安部隊7000人を全国に配置し警備を強化すると発表した。

▼ひるまぬ決意、表現の自由

 マクロン大統領は21日の演説で、「フランスは風刺画をやめない」と表現の自由を重視する立場を強調した。その上で「我々はひるまない」とテロとの戦いの決意を述べた。

 大統領は、イスラムの過激思想がフランスの法体系より優先するとの考え方を「分離主義」と呼び、取締りを強めている。人の尊厳を犯すような宗教団体に対し、当局が解散をしやすくするよう法律改正を計画。モスクの資金源の監督も強化する予定だ。

 先立つ10月2日には、子どもが学校の代わりに家で義務教育を受けることを原則認めない方針を打ち出した。イスラム過激派を念頭に、不適切な教育をする保護者がいるためと指摘した。 

 直接のテロ対策強化だけでなく、表現の自由や教育制度などからも対応策を打ち出したーー一連の対応からこんな特徴が浮かび上がる。

▼イスラム諸国の反発

 こうした対応に、海外のイスラム諸国は反発を強める。フランスの動きが、過激派のみならず一般のイスラム教徒の生活やモスクの活動なども圧迫するという批判だ。

 トルコのエルドアン大統領は、マクロン大統領は「精神治療が必要」などと個人批判を展開。そのうえで、フランス製品の不買を呼び掛けた。インドネシアのジョコ大統領は「世界中のイスラム教徒の精神を逆なでした」と非難した。

 エジプトのシシ大統領、サウジアラビアの外務相なども同様の批判を表明した。レバノンなどでは反フランスの抗議デモが起きた。

▼宗教・文化の相違

 このように動きが人がっているのは、問題が単なるテロに留まらず、背後にある宗教や文化の違いに及んでいるためと見るべきだろう。

 フランスなど欧州諸国には、第2次世界大戦後、旧植民地などから多数のイスラム教徒が移住。フランスやドイツでは全人口の10%近い人口を占めるとみられる。

 こうした人々が、社会にうまく溶け込んでいるとは言い難い。生活スタイルや文化の違いもありなかなか溶け込めない。居住区も異なる場合が多い。社会の分断が一段と大きくなっているのが現状だ。

 宗教的な理由から軋轢が表面する事例もある。フランスは政教分離を基本理念とし、学校でスカーフで顔を隠すは認めない。宗教上の理由からスカーフ着用求める人との問題が、繰り返し表面化してきた。

 表現の自由m対立の材料になる。フランスが基本理念とする表現の自由には、風刺画も含まれる。これに対し、イスラム教は偶像崇拝を禁止しており、ムハンマドの風刺画など冒涜以外の何物でもない。2015年のシャルリエブド襲撃テロや、今年の9-10月のテロもそうした脈略で起きた。

 社会の分断や相互不信は、今回の一連のテロや対策で一層深まったとの指摘がある。

▼文明の衝突

 欧州は2015年、100万人を超える難民が中東から流入し、難民危機を経験した。その後各国で反難民、反イスラムの動きが拡大した。フランスの国民連合、ドイツのAfDなど反イスラムの色彩を帯びる政党は、一定の支持を維持している。2019年の世論調査によると、フランスでは「イスラム教の価値観はフランス社会と相いれない」と考える人が6割を占めた。

 一連のテロとフランス政府の対応、それに対するイスラム諸国の反応は、「イスラム過激派のテロ」という問題の範囲を超えて、欧州社会とイスラムとの関係というより根源的な問題を再び突き付けている。「宗教・価値観や衝突」や「文明の衝突」という切り口で見ることも可能かも知れない。問題の根は幅広く、深い。それは世界の今後の行方に、大きくかかわってくる。

◎ コロナ下にテロのニュースがまた届く
◎ 「過激派の仕業」と蓋しても終わらない
◎ テロの報 宗教戦争の影浮かぶ
 
2020.11.1

 

2020年10月20日 (火)

◆コロナ感染拡大と政治・外交の緊張 2020.10.18

 新型コロナの感染拡大が続く。欧米で感染の再拡大が加速し、欧州諸国は行動規制の再強化に動く。こうした中、体制派と反体制派の政治対立の激化や、国際紛争も目立つ。

▼感染第2波、今後も不透明

 新型コロナの確認感染者は19日、4000万人を超えた。中南米、インドなど新興国で拡大しているほか、欧米の感染再拡大が加速する。

 欧州主要国では1日当のり感染確認者が、春の感染時ピークを上回る勢い。スペイン、フランス、英国、ベルギーなどは夜間外出禁止や飲食店休業など相次ぎ規制強化に動いた。

 欧州各国は春先に全国レベルでのロックダウンを実施し、感染は一時ペースダウンした。しかし結局、封じ込めはできず、第2波の到来に至っている。

 米国では感染確認氏が800万人を超えた。コロナ感染下でも、大統領選の大規模集会が開催され、行動規制に反対する人は少なくない。

 ワクチンや治療薬開発のメドは見えてこない。こんな感じで第3波、第4波が繰り返されるのか―。目先の冬場はもちろん、来年も油断できない。

▼コロナ下の政治・外交混乱

 世界各地で紛争や政権、政治・外交の混乱が目につく。

 米国では大統領選が泥仕合の様相を呈している。トランプ、バイデン両陣営の間で建設的な政策論争は乏しく、批判合戦に終始。コロナ感染下でも大規模集会が相次ぎ開かれる。

 英・EUは通商関係を巡りチキンゲームの交渉を続け、合意なしで年末の移行期間終了を迎える可能性も消えない。コロナで悪化している経済にさらに悪影響が出るのは必至だ。しかし今のところ「交渉はウィン・ウィンが大原則」という姿勢は見えてこない。

 タイ経済はコロナに加え政治混乱により、さらに悪化の兆しを見せている。政治対立は過去数十年に及ぶ構造的なものだが、足元の混乱は政権の強硬姿勢や、国王のふるまいなども影響推している。

 キルギスでは10月4日の総選挙で不正があったとの疑惑から反体制派が決起。大統領辞任・年末再選挙へと発展した。アルメニアとアゼルバイジャンの紛争は決着が見えない。ベラルーシでは9月の大統領選を受け、反体制派の抗議か活動が続く。トルコ・ギリシャは東地中海の天然ガス資源開発を巡り対立を深め、そこに北キプロス(トルコだけが承認の国家)の大統領選が絡む。

▼高まる不満が転化?

 世界中で、コロナにより国民の生活は苦しくなり、不満が高まっている。政治への批判が爆発する発火点は低くなっている。権力者が、国内で対立を煽ったり、海外に敵を仕立て上げ、人々の不満のはけ口にするのも常套手段だ。

 対立や混乱の多発は、コロナの感染拡大と相関しているようにも見える。

 こうした時に真価を問われるのは政治家のリーダーシップだ。

 ニュージーランドの総選挙(17日)では、アーダーン首相の労働党が圧勝した。首相の尾コロナ対策などが評価されたためと地元メディアなどは分析する。こうした知らせを聞くと、少し安心する。
 
◎ パリの街灯(あかり)、戦時はしょっちゅう消えていた
◎ 感染と政治の混迷がよくコラボ

2020.10.18

2020年8月24日 (月)

◆ベラルーシ混乱とロシアの反体制派暗殺未遂ーー旧ソ連崩壊30年の動き 2020.8.23

 1991年のソ連崩壊から間もなく30年。ベラルーシでは大統領選を受けた混乱が続き、ロシアでは反体制派指導者の暗殺未遂事件が起きた。旧ソ連ではこの手のニュースが弾発的に起きている。

▼ベラルーシ:混乱が継続

 ベラルーシの混乱が続く。きっかけは8月9日の大統領選。選管はルカシェンコ大統領の6選を発表したが、反体制派は不正があったとして抗議活動を展開。1週間を経て事態の行方は見えない。

 ルカシェンコ氏は17日、憲法改正の後に政権を移譲する案を述べるなど、一見柔軟な姿勢も見せた。一方、20日には反対派の評議会を捜査するなど、強硬な態度も崩さない。

 ロシアのプーチン大統領は表立った介入を避けている。一方、ルカシェンコ氏と連絡を取り、必要なら支援する構えを見せている。

 EUは19日オンラインで首脳会議を開きベラルーシ制裁を決めたが、直接介入は見送っている。情勢の行方は不透明だ。

▼独特な歩み

 ルカシェンコ氏は旧ソ連崩壊・ベラルーシ成立からほどない1994年に大統領に就任。以後5期、26年の間、権力を掌握してきた。欧州最後の独裁者とも評される。

 東西冷戦終了後、東欧には民主化の波な押し寄せた。旧ソ連のウクライナやジョージアなどは民主化革命で政権が転覆した。しかしベラルーシは独裁体制を維持してきた。ロシアと強い関係を持つ一方、必ずしも言いなりになっているわけではない。その動きはユニークだ。

 この傾向がまだ続くのか。それとも体制や政治の変化につながるのか。判断の材料も限られており、予断は禁物だ。

▼暗殺未遂:反体制派指導者はドイツに

 ロシアでは著名な反体制派指導者でアレクセイ・ナワリヌイ氏に対する毒殺未遂と思われる事件が発生した。同氏はシベリアからモスクワに戻る航空機内で容体が悪化。緊急着陸し西シベリアの都市の病院に運ばれた。その後、独仏が同氏受入れを表明。ドイツに搬送された。

 同氏の報道課によれば、空港で飲んだお茶に毒が入っていたという。公共の場でこうした事件が起きたことは驚きというほかない。一方、事件が迅速に報道され、ロシアからドイツへの移送が実現したのも驚きだ。

 ロシアではこれまでも、反体制派やジャーナリストなどの暗殺、毒殺事件が多数起きている。さながらスパイ映画のような状況だ。

▼暗部と混沌、情報の圧倒的欠如

 上記ベラルーシの混乱と、ロシアの反体制派毒殺未遂。ソ連解体から約30年を経て、今なお残る暗部や混沌を感じる。同時に、旧ソ連国家の情報をほとんど知らないことに改めて気付く。

 

◎ 30年経てソ連の亡霊なお徘徊 
◎ なお日常、暗殺毒殺ハッキング
◎ 国転覆デジャブのように起きてきた

2020.8.23

 

2020年7月26日 (日)

◆EU復興基金合意の意味 2020.7.26

 EU首脳会議が21日、7500億ユーロの復興基金設立で合意した。新型コロナ被害が深刻な南欧諸国支援などに活用するものだが、(1)EUとして初めて共通債を発行し資金を調達する(2)支援の一部は融資ではなく、返済義務のない補助金となる、などこれまでにない特徴を備える。

 合意によりEUは、コロナ危機で亀裂が深まった危機を回避する。さらに、財政面での協調を一層深め、EUの歴史にとっても重要な節目になる。

▼歴史的な決定

 今回のEU首脳会議は7月17日に開幕。総計5日のマラソン会議を経て21日に合意に達した。

 主な合意内容は、(1)総額7500億ユーロの復興基金を設立する(2)そのうち3900億ユーロは返済義務のない補助金、3600億ユーロは融資とする、(3)基金の原資は欧州委員会が債権を発行して市場から調達する、(4)復興基金は2021-27年のEU中期予算に組み込む、(5)援助を受けた国が適切に使っていない場合はEU首脳会議で協議するーーなど。

 復興基金は、新型コロナ被害の大きかった国の支援を目的としており、総額3900億ユーロはEUのGDPの3%程度に相当する。イタリアやスペインはGDPの5%程度程度の支援を受ける見通しだ。

 欧州委員会がEU共通の債務となる債権を発行するのは初めてで、財政面での協調が進む。これが将来の財政統合への第1歩となる可能性もある。

 そうした意味合いを踏まえ、欧州のメディアは歴史的(ロイター通信)、画期的(landmark)(FT紙)などと報じた。

▼EUの危機を回避

 新型コロナの感染拡大で、EUは深刻な危機に直面した。2月下旬-3月にかけ、まず感染が拡大したイタリアやスペインは医療崩壊など深刻な事態に陥った。しかし他のEU諸国は伊西への支援より自国の感染拡大防止を優先。両国が医療品の支援要請をしても十分に応じない状況だった。

 イタリアやスペインは「何のためのEUか」と批判。マスクなど医療機器支援で外交的攻勢をかける中国に接近する動きも見せた。EU内の亀裂が深まり、南欧などでは反EU感情が高まる危機が強まった。

 EU共通債券を活用した支援は、かねてイタリアなどが要求していたもの。今回の決定で反EU感情の高まりなどの危機はひとまず回避できる情勢になった。

▼メルケル首相の決断

 今回の決定のベースになったのが、5月18日のメルケル独首相とマクロン仏大統領の合意(テレビ会議)である。両者はコロナで被害を受けた経済復興のために、5000億ユーロ規模の基金設立で合意した。

 復興基金は簡単に言えば、「借りる(資金調達する)のはEU、使うのは各国」という仕組み。放漫財政になるリスクも指摘される。

 ドイツは元々財政規律に厳しい立場で、こうした仕組みの基金には慎重だった。2010年代前半-中盤のユーロ危機の際に、ギリシャなどに対し安易な援助を行うことに反対し、支援の際には厳しい条件をつけるよう主張してきた。

 しかし、今回のイタリアやスペインなどの危機は放漫財政から起きたものではなく、新型コロナという予期しない災害から生じたもの。EUが支援を渋れば、南欧などで反EU感情が拡大し、EUそのものの危機にもつながりかねない。メルケル首相はこんな状況を的確に嗅ぎ取り方針転換した、との見方が多い。

▼財政統合への一歩

 復興基金合意には、EUの危機回避の他に、財政面での協調が一歩進んだ意味がある。EU主要国は1999年に共通通貨ユーロを導入し、通貨統合を実現した。しかし、財政面の統合は進まず、「金融政策は共通だが財政策はバラバラ」という状況が続いていた。

 これが2010年代のユーロ危機の一因になったという指摘は多い。EUが将来さらに統合を進め、経済の安定的発展を維持していくためには、財政統合が欠かせないとの見方は根強い。

 今回の復興基金は、EUが共通で債務を負うもので、財政面の協調を一歩進めたものになる。将来の財政統合に向けた一里塚になるという見方もできる。

▼EU内の対立も

 ただ、首脳会議はEU内の対立にも改めて焦点を当てた。財政規律を重視するオランダ、オーストリア、デンマーク、スウェーデンは、返済義務のない補助金にするとモラルハザードが起き、放漫財政が進むと懸念。補助金ではなく融資にするよう主張した。これらの国は「倹約4カ国」呼ばれた。

 ポーランドやハンガリーなど、東欧諸国の一部が民族主義的な色彩を強め、反民主主義的な傾向を強めていることに対する懸念も指摘された。オランダやデンマーク、フィンランドなどは復興基金からの支援ん決める際、「法の支配」が守られているかを条件にすべきだと主張した。

 会議は倹約4カ国の立場にも配慮し、当初計画より融資の割合を拡大したり、援助が適切に使われていない場合はEU首脳会議で協議する、などの条件を加えた。法の支配を重視する姿勢も打ち出した。

 合意にはこぎつけたものの、北対南、西対東などの対立が改めて浮き彫りになった。

▼EUの将来戦略と世界

 EUはこれまでも、危機をばねに統合を深め、発展してきた。1970-80年代の経済低迷をバネに、1980年代後半の市場統合計画を推進し、1993年に単一市場を発足した。1989年の東西冷戦終了と欧州の流動化を受けて、1990年代に統合を強化し、通貨統合(1999年)や加盟国拡大(2004年の東方拡大など)を実現した。

 英国のEU離脱(2016年の国民投票で決定)を受け、EUは将来に向けた新たな統合戦略を求められているところだった。そこに現在のコロナ危機だ。EUはその機能、能力、統合の将来戦略を問われている。

 復興基金設立では、とりあえず危機のばねが働いた。メルケル独首相らのリーダーシップも発揮された。しかし今後も、困難な課題が相次ぐのは間違いない。

 EUは既存の国民国家の枠組みを超えた歴史的な実験でもある。現在は世界の枠組みが大きく変わり、米国も中国も、国家のあり方や世界における役割を問われている時代。EUの行方は、将来の国際システムや国のあり方といった視点からも興味深い。今回の復興基金合意の意義もそうした脈略の中で捉えたい。

◎ コロナ下でかろうじて利いた危機のばね 
◎ 独宰相の転身に知る危機の淵
◎ 見えぬ未来まずは統合の補強から
◎ 同床異夢で進むしかない新時代

2020.7.26

2020年2月 2日 (日)

◆英国のEU離脱の意味 2020.2.2

 英国が2020年1月31日をもってEUを離脱した。創設以来拡大を続けてきたEUにとって、加盟国の減少は初。戦後の欧州秩序の転換点となる出来事だ。影響は多方面に及ぶ。

▼混乱ない離脱

 英国の離脱は欧州大陸時間の2020年2月1日午前零時(英国時間で2020年1月31日午後11時)に効力を持った。英国では離脱支持者が英国旗(ユニオンジャック)を掲げて離脱達成を祝った。EU本部のあるブリュッセルでは、閣僚理事会や欧州議会などのビルから英国旗が降ろされた。

 離脱はすでに既定事実となっていたので、混乱などはなかった。EU加盟国は静かに、28から27に減少した。

▼移行期間入り、当面焦点の通商交渉

 離脱により、英国とEUは「移行期間」に入る。期限は今年末まで。この期間中は、従来の通商などのルールが維持される。移行期間を遣い、今後の通商関係などを定める新協定の交渉を進める。両者はFTAなどの協定締結を目指す。

 ただし、両者の立場は多くの面で異なる。英国は関税ゼロの維持を目指す一方で、製品の基準(環境規制なども含む)や企業の税制、雇用規則などは自由にしたい考え。これにより、経済の活性化を目指す狙いだ。

 一方のEUは、英国が関税ゼロを目指すのであれば、基準認証や規則をEUに近いものにすべきと主張する。環境や労働規制の甘い国からの商品を自由に流通させるわけにはいかない。「いいとこ取りは許さない」という立場だ。

 関税や基準認証などのルールは複雑で、通常は数年かかる。しかし、ジョンソン英首相は移行期間の延長を排除している。年内に決着しなければ、合意がないまま移行期間切れとなり、「合意なし離脱」と同じような状況になるリスクがある。難しい交渉になるのは間違いない。 

▼EUの転換点

 EU側にとっては、英国の打撃が打撃になることは否定のしようがない。

 第2次大戦後、EUは統合と拡大を進め、欧州安定の核になってきた。1958年に6カ国で成立したEU(当時はEEC)は、合計7回の拡大を経て2013年に28カ国に拡大。5億人を超える人口を抱え、GDPでは米国と並ぶ規模を誇った。1968年に関税同盟、1993年に市場統合を実現。1999年には独仏などが単一通貨ユーロを実現した。

 EUの役割を示す言葉として、よく3つのPが使われる。Peace(平和、安定の基盤)、Power(国際的な存在感、影響力)、Prosperity(統合による経済の発展)の3つだ。

 英国の離脱により、EUの人口は4.4億人程度に、GDPは米国の8割程度に低下する。国際的な政治の影響力などPowerの面でも存在感が低下するのは避けられない。何よりも、「1つの欧州」のイメージが壊れ、欧州が分裂した印象を与えかねない。

▼問われるEUの改革 

 EUは英国の国民投票が2016年に離脱を決めて以降、立て直しに向けた様々な戦略を打ち出してきた。2017年3月には首脳会議で「ローマ宣言」を採択、加盟国により統合へのスピードの違いを認めるマルチスピードによる柔軟な統合促進を打ち出した。2019年12月に就任したフォンデアライエン欧州委員長は、環境対策やデジタル経済育成などの新戦略を打ち出している。従来の枠組みにとらわれない改革を実行し、EUの求心力を高めようという考えだ。

 英国のEU離脱に際し、マクロン仏大統領は「大胆な改革を進めることによってのみ欧州は前進できる」と改革を強調した。EU内には、他の加盟国と異なる意見が多くEUの異分子ともいえた英国の離脱を、EU改革のきっかけにしたいという声が多い。

 問題はどこまで実行できるかだ。EUは加盟各国でのポピュリズムの台頭や、難民・移民問題、硬直的な経済構造など難問を抱えている。真価が問われる。

▼多くの不確定要因

 英国、EUのどちらも不確定要因を抱える。

 英国では、まず経済的な影響が注目される。すでに自動車業界など、生産拠点を英国から大陸欧州に移す動きも出ている。たとえEUとFTAを結んだとしても、「原産地証明」などの書類が必要になる。国境を超えたモノの移動が、これまでより制約されるのは間違いない。

 経済的な面に限られない。スコットランドはEU残留派が多数を占めた地域。離脱の決定で、同地の英国からの独立運動に再度火が付いた。

 英国本当との間に境界ができる形になる北アイルランドの立場も微妙だ。カトリック系住民は、南部のアイルランド共和国との統合強化を望むだろうし、それがプロテスタント系住民との新たな軋轢を生む懸念もある。

 Brexitを巡り2つに割れた国民の分断も解消されない。今後も根強く残ることになる。

 EUが改革を狙ったように進められるかも不透明だ。欧州大陸諸国は、政治動向(各国のポピュリズムや極右政党の台頭)、経済格差(ドイツなど北方の豊かな国と南欧、東欧諸国など)、難民・移民問題など多数の課題を抱える。加盟国の利害、思惑も異なる。

▼欧州の地殻変動

 欧州では東西冷戦の終了後の1990年代初めに、多くの国の体制が変わったり、国家が分裂する地殻変動の時代を経験した。東欧諸国が旧社会主義国から自由主義体制に変わり、旧ユーゴスラビアが分裂した。バルト3国やウクライナがソ連から独立し、チェコスロバキアが円満離婚した。

 今回EUの境界が、初めて縮小という形で変わった。スコットランドなど独立運動に火が付く可能性がある。ポピュリズムや極右政党の台頭で、従来の民主主義の政権とは違う形の政府が出現する可能性もある。それは、世界の民主主義の動向にも影響する。

 Brexitが投げかける課題た幅広い。目を凝らしていく必要がある。

(欧州を見て)
◎ 合意でも離婚は離婚別れ歌 
◎ 大欧州3本の矢がばらけた日

(英国を見て)
◎ 半分だけ笑顔で国旗 離脱の日
◎ 離脱派が舌を返して「連合こそ」
 

※過去に掲載したBrexit関係の記事は以下の通り。
◆英総選挙のインパクトーーBrexitの確定とEUの行方 2019.12.15
http://incdclub.cocolog-nifty.com/blog/2019/12/post-3ba492.html
◆Brexitから1年の世界 2017.6.24
http://incdclub.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/brexit1-2017624.html
◆英総選挙の衝撃―混迷拡大は必至、EU離脱交渉に暗雲 2017.6.11
http://incdclub.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/eu-2017611-c0d0.html
◆英EU離脱の余波 2016.7.3
http://incdclub.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/eu-201673-978a.html
◆英国のEU離脱の影響 2016.6.26
http://incdclub.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/eu2016626-851c.html

2020.2.2

 

2019年12月15日 (日)

◆英総選挙のインパクトーーBrexitの確定とEUの行方 2019.12.15

 英国の総選挙(12月12日)で保守党が過半数を制し、2020年のEU離脱に道筋がついた。Brexit後の欧州と英国はどちらの方向に進むのか。

▼保守党勝利でEU離脱に道筋

 選挙は保守党が650議席中365議席を獲得し、選挙前の298議席から67議席増やし過半数(326議席)を大きく上回った。野党第1党の労働党は243→203議席に減らし惨敗した。

 選挙では保守党のジョンソン首相が、2019年10月に決まったEUとの合意に基づき来年1月末に離脱すると主張。これに対し労働党は再度の国民投票を掲げ、離脱か残留かの主張を明確にしなかった。

 現地メディアの報道などによると、労働党の煮え切らない態度に支持離れが進んだ。従来同党の牙城だったイングランド北部の選挙区で、労働党→保守党へ投票を変えた有権者も多い。

 選挙の結果、英国のEUからの2020年1月離脱がほぼ確定した。

▼3年半の迷走

 英国は2016年6月の国民投票でEU離脱を選択した。しかし、その後の対応は混乱を極めた。

 国民投票では離脱支持と残留支持で国民が2分し、離脱の内容も曖昧なままだった(関税同盟や単一市場からも離脱するかどうかなど)。国内はEUとの合意なしの離脱も辞さない強硬派や、合意あり離脱に固執する穏健派、さらには再度の国民投票を求める立場などに分断された。

 国民投票後の2016年7月に発足したメイ政権は、保守党内のとりまとめに腐心。2017年5月に総選挙に打って出たが、過半数を失い政治基盤が弱体化した。その後、強硬離脱と穏健離脱の間を揺れ、苦労して2018年11月にまとめたEUとの合意は議会で再三否決された。その結果、2019年5月に辞意表明に追い込まれた。

▼ジョンソン政権誕生→Brexitにメド

 その後2019年7月にジョンソン政権が発足。同首相は2019年10月、EUとの間で新合意にこぎつけた。

 合意内容は離脱のボトルネックになっていた北アイルランドとアイルランド共和国の国境管理問題で、英国と北アイルランドの一体よりも国境の自由移動を重視したもの。北アイルランド切り捨てともいえる内容だ。

 この合意を巡っても国会で承認が得られない状況が続いたが、総選挙の勝利で合意承認→来年1月の離脱がほぼ確定した。

▼今後の通商関係は流動的

 Brexitにより英国はEUの単一市場や関税同盟から抜けるが、2020年末までは、暫定措置としてこれまで通りの立場を維持する。その期間中に、離脱後の新しい通商関係の協議をする。

 両者は自由貿易協定の締結などを想定するが、交渉は複雑で短期間にどこまでまとまるか定かではない。お互いに相手に一方的に有利な内容は受け入れないとの立場がある。期限内に合意できず、合意なし離脱に近いような状況に陥るリスクはまだ消えていない。

 英国民投票からすでに3年半を経過し、民間企業などでは「離脱後」を見越した準備も進んでいる。大手自動車メーカーは相次ぎ、英国の制裁拠点の縮小や撤退計画を打ち出した。

▼スコットランド独立の動き?

 そうした経済的な影響はもちろん重要だが、それ以上に大きな影響があり得るのが政治的な動きだ。

 英国では今回の総選挙で、スコットランド民族党が躍進した。スコットランドは元々EU残留派が多く、独立運動に火が付く可能性がある。同党のスカージョン党首は13日、スコットランド人には将来の選択をする自由があると強調した。

 北アイルランドのプロテスタント系住民が支持する民主統一党(DUP)は、保守党に閣外協力してきた。しかし10月の合意が事実上北アイルランド切り捨てになったことからジョンソン政権を「裏切り」と批判する。アイルランド系住民は元々、南のアイルランド共和国との一体化に前向きだ。EU離脱で不測の事態発生や構図が変わる可能性が生じる。

 英国でスコットランド独立などの動きが出てくれば、それはスペインのカタルーニャなど欧州の他の地域独立運動に影響する。

▼縮小に転じるEU

 EUは1958年の創設以来、拡大を続け28カ国にまで拡大した。しかし英国の離脱で初の縮小に転じる(1985年に自治領だったグリーンランドが脱退した事例はある)。

 EUは単一市場を形成し、ユーロ圏においては共通通貨を発行するなど、経済統合を進めてきた。また共通の外交、安保政策を強化するなど、欧州の枠組みの中心の存在になった。冷戦終了期に混乱が回避でき、東欧諸国が比較的円滑に西欧と融合したのも、EUがあったためだ。

 2010年代にEUはユーロ危機や欧州通貨危機を経験し、求心力低下が叫ばれる。それでもEUは欧州という枠組みの核だ。

 国際的な舞台でEUが発言力や影響力を発揮できる背景には、欧州のほぼすべての主要国が加わる規模の力もあった。加盟国の縮小は、力や影響力の低下につながる。

▼問われるEUの存在意義

 EUは2016年の英国民投票まで、加盟国の離脱を事実上想定しない運営をしてきた。初の離脱で、基本的な仕組みや考え方に問いが突き付けられている。

 具体的な課題としても、難民問題への対応、極右やポピュリスト政党台頭への対処などEUの基本理念や戦略を問われる問題が多い。

 EUは英国民投票以降、こうした問題への協議を繰り返した。しかし人々を引き付ける、具体的な青写真は示せていない。

▼欧州の地殻変動

 欧州の枠組み、線引きは、冷戦が終了した1990年代前半以来の変動の時期を迎えた。

 Brexitの意味として、格差拡大への不満の発露やポピュリズムの台頭、移民問題などが指摘されることが多い。加えて、欧州の地政学に与える影響は甚大だ。今後、玉突きのように様々な変化が起きると心した方がいいだろう。

◎ Brexit 分断の時代の鍵言葉
◎ 英国と大陸の距離改めて
◎ 欧州の地図の塗り替え再号令

2019.12.15

 

 

2019年12月 8日 (日)

◆NATO首脳会談と冷戦後30年 2019.12.8

 NATO首脳会談が3-4日、ロンドンで開催。NATOと世界の置かれた現状を映した。

▼米欧の軋轢

 今回の首脳会議は、創設70年と冷戦終了30年を記念するもの。節目を機に、加盟国の結束や新時代に向けた戦略を示すのが本来の目的だった。

 実態は、全く異なる。米トランプ政権の誕生をきっかけに米欧の亀裂が安全保障、通商など様々な分野で拡大している。今回の首脳会議でも、結束よりも軋みばかりが目立った。 

 カナダのトルドー首相はトランプ米大統領のメディア対応などを揶揄。これを知ったトランプ氏がツイッターでトルドー氏を「2枚舌」と攻撃するなど、同盟国の外交舞台と思えないような軋轢が表面化した。

▼中国、ロシア、サイバー

 会議に先立ち、マクロン仏大統領は英Economist誌とのインタビューでNATOは「脳死状態」と表現。問題の深刻さを際立たせた(マクロン発言の背景には、NATOに頼らない欧州の安保機能強化の狙いもある)。

 首脳会議が採択した宣言は、ロシアの脅威や中国台頭への対応を重視。サイバー攻撃対応を強調した。テロや拡散などへの備えや、アフガニスタンなど地域問題にも言及した。しかし、米欧間で姿勢の違いが目立つイラン核問題やパレスチナ問題は触れなかった。

 宣言は、欧州諸国が軍事費拡大に努める旨を記述した。米国の意向を受けたものだ。これが第2項目に記述され、上記の世界的な課題や戦略より前に来た。印象的な構成だ。

▼存立基盤の揺らぎ

 1949年創設のNATOは、冷戦を勝利に導いた。冷戦後は機能を地域紛争対応などに転換し、西側同盟の安全保障の基盤として存在価値を維持してきた。

 しかし、近年米欧の対立が激しくなり、その存立基盤の揺らぎも指摘される。

 首脳会議は、世界の行方の不確実性を改めて映したようにも見える。

2019.12.08

 

 

2019年11月10日 (日)

◆ベルリンの壁崩壊30年と世界 2019.11.10

 ベルリンの壁崩壊から9日で30年を経過。ベルリンで記念式典が開かれた。30年と言えば1世代。世界の変化を振り返るのに良い機会だ。

▼分裂していた世界の統合

 1989年の壁崩壊は冷戦を終了させ、旧ソ連陣営は崩壊。東欧はその後ヨーロッパに復帰した。世界的には東西2大陣営に分かれていた体制の垣根が崩れ、全世界が1つのシステム下の体制となり、グローバル化が加速した。

 壁崩壊当初は民主主義と自由主義経済が世界の基準として定着していくという楽観論が強かった。しかし、事態はそう単純ではなかった。

▼世界金融危機とテロ・紛争

 経済グローバル化は世界の成長を加速し、人々の生活を豊かにしていくと期待された。しかし実際には格差拡大などの問題が深刻化。2008年のリーマンショックとそれに続く世界金融危機は、資本主義体制の欠陥を表面化させた。冷戦時代の東西対立に代わって地域紛争が各地で発生。世界の安全保障を揺るがした。

 2001年の同時多発テロは世界がテロ戦争の時代にある事をあらわにした。その後中東や欧州などでテロが続発する状況が続く。

 中東は混乱が止まず、世界の火薬庫であり続ける。テロの発生源である状況も変わらない。2011年のアラブの春は、結果的に混乱の拡大を生み、シリアやイエメンなどでは内戦が止まらない。混乱は「イスラム国」のような時代の鬼子も生んだ。

▼民主主義の危機

 欧米では成長の恩恵から取り残された人々の増加を背景に、ポピュリズムや反移民・難民政党が勢い付いた。民主主義が揺らいでいる。米トランプ政権の誕生、英国のEU離脱(Brexit)の動き、欧州のポピュリズムや極右政党の台頭、トルコなど強権色の強い政権の誕生などは、同根を持つ。

 民主主義に対する挑戦は、米国流の「ワシントン・コンセンサス」に対する開発独裁的な「北京コンセンサス」の挑戦という形でも表れる。共産党1党独裁の中国は、過去30年間に年率10%近い驚異的な成長を続け、2010年からは世界第2位の経済大国になった。

▼IT革命の影響、踊り場のグローバル化

 これからの世界がどう進むかを予測するのは難しい。ただ、ヒントはいくつか考えられる。

 ネットを中心としてIT革命はこの30年間加速し、人々の生活や経済を決定的に変えた。この流れが止まることはないだろう。ただし、これからは巨大IT企業や国家による情報独占や、IT技術が人の体やあり方を変えるような、非連続的な変化も想定できる。

 グローバル化は踊り場に差し掛かった。それでも、モノやサービス、情報の流れが国境を超えて加速する潮流は、長期的には変われないように見える。特に情報やサービスの国境を超えた移動は加速しそうだ。

▼消えたユーフォリア、改善点も

 民主主義が持ちこたえるのか。文明の衝突や、キリスト教徒イスラム教のような宗教の衝突はないのか。先行き不透明な「大問題」は数多く存在する。

 30年前のユーフォリア(幸福感)や楽観主義は、すっかり消え去った。それでも、30年間に世界が悪くなったとは言い切れない。技術革新の恩恵で、世界がよくなった点も多い。途上国伊置ける貧困率の減少などはそこに含まれるのだろう。

 ベルリンの壁の問いかけ。答えが見えない者は多く、問いは深く、重い。

◎ 30年(みとせ)前、世界は良くなったと思った日
◎ 冷めた夢それでも世界は持っている
◎ 民主主義「危機」と叫んでさてどう動く

2019.11.10

 

 

 

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