カテゴリー「欧州・EU」の69件の記事

2019年7月23日 (火)

◆トランプ氏のGo Back発言の波紋 2019.7.21

 トランプ米大統領が野党民主党急進派の女性議員らに「国に帰ったら」とツイッターで発信。これに内外で批判が高まり、波紋を広げている。ドイツのメルケル首相は公然とトランプ氏を批判、米欧の首脳間で価値観を巡る対立が公然化するなど、事態は尋常ではない。

 ツイッター発信は14日に行われた。Huffington Post日本語版によれば、ツイートは「興味深いことがあります。いわゆる“進歩的“な民主党の女性議員たちはもともと、政府が完全に崩壊していて、最悪で、腐敗していて、世界中のどこにあっても機能しない国の出身です。(もしそれが政府と言えるならの話ですが…)」

 「そんな議員たちが、地球上で最も偉大で最も強力な国家であるアメリカ合衆国の人々に、私たちの政権運営への悪口を吹聴しています。なぜ彼女たちは政府が崩壊して犯罪が蔓延している出身地に戻って、手助けしないのでしょう?」

 「その後戻ってきて、どうやって解決したのか教えて欲しい。そうした国は、あなた方の援助をひどく必要としているから、簡単には戻って来れないがね。(民主党の)ナンシー・ペロシ下院議長が喜んで無料の旅券を手配してくれると確信しています!」

▼民主党4議員

 女性議員の名指しはしなかったが、幼少期にソマリアから移住したイルハン・オマル氏、プエルトリコ系のアレクサンドリア・オカシオコルテス氏、パレスチナ系のラシダ・タリーブ氏、アフリカ系のアヤンナ・プレスリー氏の4人とみられている。

 ツイートは直ちに世界に拡散。トランプ氏の"Go back to your country"発言として認識された。

 4人は15日会見し白人至上主義の考えであるなどと批判。下院は16日大統領批判の決議を採択した。海外ではメルケル独首相が会見でトランプ発言(発信)を批判、自分は4人の議員側に寄り添うと表明した。

▼白人至上主義の影

 トランプ支持者は集会で発言を歓迎。トランプ氏の"Go back"をさらに強めて"Send back"などと連呼する動きも出た。これにはさすがにトランプ氏も距離を置いた。

 言葉の細かいニュアンスなどについては議論が分かれるところがあるだろう。しかし、米大統領がここまで人種差別に無警戒な発言をし、社会にインパクトを与えた例は少ない。トランプ支持層に、本音では白人至上主義の人々が多く含まれている表れと見ることも可能かもしれない。メルケル独首相が論争に参加するのも異例だ。

 トランプ氏はビジネスマン時代、テレビ番組で"You are fired"の発言で一段と有名になった。私企業(のモデル)ならとにかく、国が”Go Back"と言ったら基本的人権に抵触する問題だ。

 

 トランプ発言の一つとして、歴史的にも記録されるものになるだろう。しかし後味はかなり悪い。

 

◎ 「米国第1」も「国に帰れ」もはや定着
◎ "Go Back" トランプの姿に重なりぬ

2018年12月11日 (火)

◆仏・反マクロン大統領デモの衝撃 2018.12.10

 フランスでマクロン大統領の進める改革に抵抗するデモが拡大。仏社会を揺るがしている。

▼週末の連続デモ

 直接のきっかけは燃料費の値上げ。政府は2019年1月からガソリンなど燃料費を引き上げる政策を打ち出した。これに対し11月中旬から週末に全国的なデモが発生。パリなどでは一部が暴徒化し、治安部隊と衝突して死傷者も出た。

 12月1日のデモには13万人あまりが参加。南仏で1人が死亡し、パリでは130人以上が負傷した。凱旋門に落書きがされ、自動車が焼き討ちに遭った。12月8日のデモには12万人以上が参加。1700人が逮捕されたと報道される。

 デモ発生以来、パリの中心部では週末になると店舗がシャッターを降ろして閉店。ルーブル博物館やオルセー美術館など観光地も閉鎖された。観光や経済への影響も広がっている。

▼SNSで拡大

 デモは中心になって組織した団体などがあるわけでない。SNSの呼びかけに人々が集まる格好だ。具体的な要求も整理されているわけではない。燃料費値上げ反対のほか、賃金引上げ、マクロン退陣、格差反対など様々だ。

 人々の不満が反マクロンのデモに表れた格好だ。加えてデモ隊の中にはカサーと呼ばれる過激派が入り込み、破壊活動を扇動している。極右や極左政党はデモをマクロン政権攻撃の材料にしている。

▼遅い成果、高まる不満

 2017年5月の就任後、マクロン大統領は経済改革を推進した。公務員12万人の削減を計画。硬直的と言われる労働市場の改革も打ち出し、雇用・解雇をしやすくする労働法改正を決めた。社会保障改革や社会保障増税を決定し、環境対策を狙い燃料税増税も打ち出した。一方、経済活性化のために「富裕税」と呼ばれる税の廃止も実施した。

 しかし改革の成果はたやすく出てくるものではない。負担増ばかりが先行していると受け止められ、富裕税廃止などで「金持ち優先」の批判も高まった。

 マクロン氏の支持率は就任当初の60%超から最近は20%程度にまで低下している。

▼親EU、国際協調の旗振り

 マクロン大統領はEUや国際政治の世界でも存在感を増していた。

 そもそもマクロン大統領は、反EUや反移民を打ち出す国民戦線のルペン候補を破って大統領に当選した。EU政策のスタンスは、常に親EU。難民問題などでEUが困難に直面すると、メルケル独首相と共にまとめ役として奔走した。

 欧州では近年、反移民や反EUを掲げる極右政党やポピュリスト政党が台頭し、内向き傾向が強まっている。こうした中でマクロン氏は、リベラルな価値観を打ち出し、親EUを唱える人々の中心となっている。

 世界ではトランプ米大統領が米国第1を唱え、保護主義的な貿易政策やパリ協定からの脱退、イラン核合意離脱など国際協調に背を向ける政策を進めている。マクロン氏はこれに対し、国際協調路線の重要性を説き、自由貿易を強調してきた。

 9月の国連演説や11月の第1次世界大戦終戦100年の式典でもこうした姿勢を鮮明にし、トランプvsマクロンの構図が映し出された。

▼正念場

 そのマクロン氏が改革への抵抗に遭い窮地に陥っている。

 フランスではこれまでもデモにより政治が大きく動いた事例がある。1968-69年にゼネストやデモがきっかけになってドゴール大統領時代が終わったのは代表だ。

 マクロン大統領は10日午後に国民向けに演説。最低賃金の引き上げなどを約束した。しかし効果は未知数で、事態収拾の道筋は見えない。

 39歳の若さで大統領に就任して1年半。マクロン氏の求心力低下が進めば、フランスのみならず欧州全体や世界にも影響する。正に正念場だ。

◎ 催涙弾の向こうに揺らぐ改革案
◎ 混乱に極右の笑い背が凍る
◎ パリ燃えて欧州揺れる冬来たる

2018.12.10

2018年11月 5日 (月)

◆メルケル時代の終焉?――党首辞任のインパクト 2018.11.4

◆メルケル時代の終焉?――党首辞任のインパクト 2018.11.4

 ドイツのメルケル首相が与党CDU(キリスト教民主同盟)の党首を退任すると表明した。首相は2020年の任期まで続けるというが、求心力の低下は避けられない。欧州の行方への影響も甚大だ。

▼地方議会選敗北の責任

 メルケル氏は29日、12月7-8日に行われるCDU党大会で党首選に出馬しない述べ、党首退任を表明した。首相は2020年5月の任期まで続けるとしている。同氏はかねて、党首と首相は同一人物が務めるべきと述べていたが、言動を覆した。

 辞任決断のきっかけは、10月に行われた地方議会選での与党の敗北だ。14日のバイエルン州議会選で、与党(姉妹党のCSU)が歴史的な大敗を喫した(得票率は2013年の48%→37%)。続く28日のヘッセン州議会選でも、CDUは38%→27%に大幅に議席を落とした。

 メルケル氏がCDU党首になったのは2000年。18年の経歴に幕を閉じる。

▼難民問題で批判

 地方選敗北の重要な理由が難民問題だ。メルケル氏は2015年の欧州難民危機の際に、難民受け入れに寛容な姿勢を示し、前後で100万人を上回る難民を受け入れた。これが難民・移民に反対する勢力の攻撃の的となり、極右や反移民政党の台頭を許すことになる。

 2016年の総選挙で極右のAfDは第3党に躍進。10月のバイエルン州議会選でも10%(前回はゼロ)、ヘッセン数議会選では13%(前回比9%増)と大きく得票を伸ばした。

 与党内でも極右などへの対抗上、より厳しい難民・移民政策を求める声が拡大。メルケル首相を公然と批判する動きも目立ち始めた。6-7月にはCSUのゼーホーファー党首との対立から連立政権(CDUとCSU、社民党の大連立)崩壊の危機に直面した。メルケル首相はこうした動きを押さえ政権の枠組みを維持するため、党首辞任のカードを切った模様だ。

▼欧州のアンカー役

 党首辞任でメルケル氏の求心力低下は避けられないとの見方が多い。欧州のメディアは、「メルケル時代の終わり」と表現するものもあった。

 メルケル氏は過去10年余り、欧州の政治をリードしてきた。同氏が首相に就任したのは2005年。フランスとの「独仏協調」を基本に親EU路線を貫き、重大局面での意思決定に決定的な役割を果たしてきた。

 2008年のリーマン・ショック後の金融危機対応や、2010年からのユーロ危機では、金融機関救済や金融システム安定策の決定に寄与。2008年のジョージア(グルジア)危機や2014年のウクライナ危機では、欧州を代表してロシアのプーチン大統領らとやり合った。2015年のイラン核合意でも大きな役割を果たした。

 EUの政策決定は首脳会議や閣僚理事会で決まるが、重要な案件の場合は独仏の調整などで決まる。特にメルケル氏が認めなければ何も決まらない、というのは欧州ウォッチャーの常識だった。メルケル氏は非常時の政策決定のアンカー役を担った。だからこそ「欧州最強の政治家」や「欧州の女帝」と言われたし、メディアのカメラもメルケル氏に集中した。

▼欧州・EUへの影響甚大

 メルケル氏の政治力を支えるのが、ドイツの経済力であり、国内的な政治基盤の安定だった。党首辞任で政治基盤の安定が揺らぐ。それが深刻なものとなれば、欧州やEUへの影響は甚大だ。

 欧州が抱える問題は多岐で深刻。難民・移民問題は各国の利害が対立し、極右・反移民政党の台頭に歯止めがかからない。英国のEU離脱問題は交渉大詰めの時期に来ても先が見えない。米トランプ政権との関係はギスギスし、関係再構築は喫緊の課題だ。イタリアはバラマキ型の予算案を作成し、EUとの対立が表面化しつつある。ギリシャなどの財政改革は遅れ、ユーロ危機再燃の懸念は常にくすぶる。ロシアとの関係はいつ何があってもおかしくない。中東の混乱は続いたままだ。

 こうした問題に適宜対処するとともに、EUとしての新たな政策や改革を打ち出していくには、強力なリーダーシップが不可欠で、アンカー役が求められた。メルケル氏の影響力低下は、こうした役割を担う政治家が見当たらなくなる懸念がある。

▼新時代

 メルケル氏は旧東独の出身。元々科学者だったが、ベルリンの壁崩壊を受けて政治の世界に身を投じた。政治思想や哲学を積極的に語ることは少なく、世界観は広く知られてなく、未知数の部分がある。難民受け入れに寛容的だったのは、社会主義体制下で生活した経験が影響しているとの見方がある。トランプ米大統領のメルケル氏に対する姿勢は極めて悪い。

 英FT紙は党首辞任のニュースを受けて、「ドイツは新時代に直面する」(Germany confronts new era sa Merkel calls time on leadership)と位置付けた。同紙社説はメルケル氏がドイツと欧州のために良い働きをしてきたと評価したうえで、「ドイツは欧州のために強さを維持するべきだ」(Germany needs to keep strong for Europe's sake)と評した。

 メルケル氏はなお首相の座にはとどまる。しかし従来に比べ不確実性は高まった。新時代への移行=メルケル時代の終わりの始まり=に直面し、同氏の存在感の大きさと力量を改めて認識する。

◎ メルケルに安心した日々早や10年
◎ いつの間にかドイツが決めてるヨーロッパ
◎ 節目のたび 課題に嘆息 欧州の地

2018.11.4

 

2018年7月 1日 (日)

◆EU首脳会議と欧州の難民問題 2018.7.1

 EU首脳会議が6月28-29日に開催。難民問題を協議したが、亀裂が改めてあらわになった。

▼くすぶり続ける問題

 欧州は2015年に100万人を超える難民が流入。難民危機を迎えた。その後トルコとの難民管理協定締結などで減少したが、いまだに北アフリカや中東から年間数十万人単位で流入が続く。

 EUは難民問題対処のため、加盟国に応分の受け入れを求める案をまとめた。しかしハンガリーなどは受け入れを拒否。十分に機能していない。

 EUのルールでは、難民の審査は最初の受け入れ国が担当することになっている。結果、流入の多いイタリアやギリシャなどの負担が重くなっているのが現状だ。

 イタリアでは6月、ポピュリストと極右の連立政管が誕生。同月には新政権が北アフリカからの難民船の受け入れを拒否し、人道も絡む問題として全欧州の関心事となった。難民問題は形を変えてくすぶり続ける。

▼行き詰まり感
 
 首脳会議でイタリアのコンテ首脳は、他国の負担増を求め、事務局が用意した案を拒否。難民問題での合意がなければ、他のあらゆる合意への拒否権をちらつかせた。

 調整は9時間の徹夜協議に及んだ。その結果、何とか合意文書をまとめたが、内容は玉虫色で具体性を欠く。会議決裂を避けるのが精いっぱいだった。

 何より、首脳会議に及ぶ調整を見ていて、何かブレークスルーがありそうな動きを感じさせなかった。行き詰まり感が否定できなかった。

▼反移民政党の台頭とドイツの政治危機

 難民問題は欧州各国で極右政党や反EU政党の台頭を招き、欧州政治を揺るがしている。

 欧州のリーダーであるメルケル首相のおひざ元でも、連立相手のCDS(キリスト教社会同盟)が規制強化の要求を強め、メルケル首相からの離反も辞さない状況。ドイツの政治危機→メルケル退陣となれば、EUは最大の調整役を失うことになりかねない。アンカーなき欧州に陥る懸念がある。

▼Brexitより大きな問題

 EUは2015年の難民危機以来、様々な検討を重ねてきた。しかし打ち出せた対応はその場しのぎに留まる。根底は、EUや欧州を支える基本理念に関わる問題だからだ。

 野放図な難民流入容認は、社会の安定を崩壊させる。さりとて単純に締め出すことは、欧州が掲げてきた人道主義や、基本的人権の尊重という原則に反する。これは、EUの理念とも根っこの部分で重なる。

 難民にはイスラム教徒が多く、欧州のキリスト教社会との融合が可能かという問題も突き付ける。「文明の衝突」的な問いだ。貧富の格差の問題、過去の植民地支配の責任、旧共産党体制かの人権弾圧といった歴史的な問題にも関係する。

 Brexitは欧州の枠内で対応できる問題だ。それに対し難民問題は、欧州の枠内では対応できない。西洋文明の根本を突く問題と言ってもいい。

▼欧州の基本理念を突く

 移民問題に直面する米国は、トランプ大統領の強引な規制強化という、単純な方向に動いている。しかし強大な1国が対応を考える米国と違い、欧州には政治制度も言葉も異なる30以上の国が集まる。難民の流入源もアフリカ、中東など様々で、問題は米国寄りはるかに複雑だ。

 現在の枠組み内では、決定的な対応は難しいようにも見える。時間稼ぎをしているうちに、2015年に続く次の深刻な難民危機が再来する可能性も小さくない。

 安易な回答はないように見える。難民問題が突き付ける問いは、現在の世界のあり方をも問う。

◎ 難民に人権の歴史が揺らぐ夏
◎ 危機過ぎて虚脱の4年を空費する
◎ 首脳の集い寛容の言葉が消えていく

20180701

2017年10月12日 (木)

◆カタルーニャ住民投票の余波 2017.10.8

 スペイン・カタルーニャ自治州で独立を問う住民投票が行われ、有効投票の9割以上が独立に賛成した。スペイン政府はこれを認めず、協議にも応じない強硬な構え。混乱の拡大が懸念される。

▼独立志向

 カタルーニャはスペインと異なる文化や言葉を持つ(文化ではピカソやミロ、ダリ、ガウディなどを生んだ)。歴史的にはスペイン内戦で大きな傷跡を残し、フランコ将軍統治下では厳しい弾圧を受けた(スペイン内戦のルポとしてはジョージ・オーウェルのカタロニア賛歌が有名)

 経済的にはスペインの中でも豊かで、同地で徴収される税金が他の地域で使われる構造だ。こうした事情を背景に独立意識は強い。2014年には法的拘束力のない住民投票を実施。独立賛成が8割を占めた。

 今回の投票はそれに次ぐ動き。投票についてスペインの憲法裁は憲法違反と判断。ラホイ首相率いる中央政府も実施禁止を打ち出した。投票日前には警察官を派遣し、投票所の封鎖に動いた。このため各地で衝突が起き、流血事態にも発展。世界にショッキングな映像が流れた。

▼独立賛成大多数?意見2分?

 投票結果は、有権者530万に対し投票者数228万人(43%)。有効得票の92%が独立に賛成だった。ただ、棄権した人は独立に反対の人が多いと言われ、住民全体では意見が2分されたとの見方も有力だ。住民の気持ちも単純ではない。

 プチデモン州首相は当初、独立賛成が多ければ直ちに独立宣言をすると語っていた。しかし、ラホイ首相は独立宣言をすれば自治権を縮小するなどと発言。フィリペ6世国王も、独立に反対の声明を出した。

 州首相はEUに仲介を期待したが、そのEUは「スペインの国内問題」と突き放す。背後には、EU内の地域独立運動に火が付くことを警戒する。EUはスペインのバスク、英国のスコットランド、ベルギーのフラマンなど地域独立の問題を抱えている。

▼住民投票の難しさ

 住民の意思と国の一体のバランス。住民投票が行われるのは、これまで問題が放っておかれたから。そこを投票で問うのは、民主制など面がある。一方、複雑な物事を白黒の2分法で問うのは、ポピュリズムに繋がるの危険性もある。複雑に絡み合う利害や感情。問題の根は深い。

 カタルーニャの首都のバルセロナでは、8月に大規模なテロがあり世界の視線を浴びたばかり。事件は世界がテロに常に直面している実態を新たえて突きつけた。

 それから1カ月半後。今度は住民投票で世界の注目を集め、国のあり方や民族自立などの問題を突きつけるている。

 前週には、イラクのクルド人自治区で住民投票があり、やはり賛成多数で独立が支持された。これに対しイラク政府や、周辺のトルコやイラン(同様に国内にクルド人を抱えている)はクルド自治政府に対し事実上の封鎖を実施。問題は緊張を強めている。

 どちらも展開は予断を許せないが、楽観はできない。

◎ ピカソ、ミロ、ダリが育てる地の誇り
◎ 投票は最後の切り札だったはず

2017.10.8

2017年10月 4日 (水)

◆独総選挙の意味と影響 2017.10.1

 ドイツの総選挙が行われ、与党CDU/CSUが第1党の座を確保し、メルケル首相の4選が確実になった。しかし与党は議席を減らし、逆に極右のAfDが初めて初めて議席を確保するなど左右のポピュリズム、反グローバリズムの勢力が力を増した。選挙の影響は多岐に及ぶ。

▼2大政党後退

 選挙でCDU/CSUは33%を獲得たが、前回(2013年)の42%から大きく後退した。第2党で現在大連立を組む社民党も、26%→21%に後退。独の2大政党がそろって大幅に議席を減らした。独の選挙制度では、得票率がほぼ議席に反映される(少数政党乱立を防止する仕組みがある)。

 逆に議席を伸ばしたのが中堅の4党。極右のドイツのための選択肢(AfD)が13%を獲得し第3党となり、連邦議会で初の議席を維持。リベラルで経済界をバックにした自由民主党(FDP)が11%で、4年ぶりに議席を回復した。極左で旧共産党の流れをくむ左派党が9%、環境政党の緑の党が9%で続いた。

 2大政党の得票率は3分の2(67%)→半分(54%)に低下。中堅4党の合計は4割を超えた。

▼左右のポピュリスト政党の躍進

 中でも衝撃的だったのは、極右のAfDの躍進だ。同党は反移民・難民や反EUを掲げる極右政党。ポピュリスト政党の色彩も強い。ナチスを評価するかのような発言で注目を浴びたこともある。

 独で民族主義政党が議席を獲得するのは1990年の統一後初めて。旧西独時代を含めても、第2次大戦後の混乱期以来、約60年ぶりだ。その意味で衝撃は大きい。

 同党への支持が強かったのは 旧東独地域だ。この地域は過去、旧西独に比べて経済発展が遅れていたし、統合後も2党市民として差別されてきたと意識がの強い。AfDへの投票率が旧西独で約10%だったのに対し、旧東独では20%を超え、社民党をしのいで第2党だった。ドレスデンなどを抱えるザクセン州では27%を獲得し、第1党だ。

▼反移民・反難民の波

 ドイツの経済は好調で、失業率は3%台と完全雇用常態にある。その経済は選挙の大きな争点にならず、焦点になったのは、難民問題だった。

 欧州には2015年にシリアなどから大量の難民が流入し、メルケル首相は結果的に100万人の受け入れを決断した。しかしその後、難民による犯罪なども表面化(2015年大みそかにケルンで起きた暴行事件がとくに有名)。メルケル首相の寛容な政策への非難も強まった。

 AfDはこうした人々の不満の受け皿になった。社会的に不満を抱える人々の要求に応えようというのは、左派党も同じ。反グローバル的な姿勢や、人々を扇動するポピュリズム的な手法でも一致する。しかし、左派党は難民には寛容な姿勢だった。ここにAfD躍進との差があるとの指摘がある。

▼欧州へのインパクト

 反移民・難民や反グローバリズム、ポピュリズムの伸長は世界的な潮流だ。2016年の英Brexitや米トランプ政権誕生を支えたのもこうした動きだし、2017年の仏大統領選では国民戦線のルペン党首が決選投票に進出した。オランダ総選挙でも極右が存在感を見せつけ、ポーランドやハンガリーでは政権が民族市議・排他主義的な色彩を強める。

 そうした中で欧州最大の経済大国であるドイツは、ポピュリスト政党の勢力拡大に歯止めをかけてきた。安定した政治の下に経済改革を推進(現在の経済を支える改革は、シュレーダー前政権=社民党=が実現した点も見逃せない)、欧州の核としての存在感を示してきた。

 その流れに変化が生じる懸念がある。FT紙のGideon Rachmanは、"The end of German exceptionalism"(ドイツだけが例外なのは終わり)と書いた。 独の安定感が失われれば、それは欧州全体に影響し、世界に波及する。

▼メルケル首相の存在

 選挙の結果、メルケル首相の4選は確実になった。しかし社民党は下野を宣言。首相は自民党・緑の党との連立を目指すことになった。3党の政策は異なり、連立交渉は難航が予想される。仮に連立が実現した場合も、メルケル首相の政策を縛ることが増えそうだ。

 例えば緑の党は、ガソリン・ディーゼル車の早期(2030年ごろ)の販売停止を求める。これは親ビジネスの自民党とは相いれない。自民党は、厳格な財政規律などを求め、EU統合の方法で仏マクロン大統領の主張と対立する。

 メルケル首相は2005年に首相の座についてから12年を経過。ドイツの首相としての立場のみならず、EUの運営でも大きな影響力を発揮する。「欧州最大の政治家」という評価も定着しつつある。ドイツの国力はもちろん、首相個人の政治力がなければこうした状況は実現しない。

 同首相の人物像には公表されていない点やナゾも多いが、人生の半ばまでを旧東独の独裁政権下で過ごした経験抜きには語れない。

▼世界お注目

 世界は難民問題と、反グローバリズムやポピュリズムという課題に直面する。それは、リベラル・デモクラシーの行方という大命題にもつながる問いかも知れない。

 メルケル首相がどんな指導力を発揮し、ドイツがどう動くか。EUはどうなるのか。問題意識を整理したうえで、見つめていく必要がある。

2017.10.1
 

2017年6月25日 (日)

◆Brexitから1年の世界 2017.6.24

 世界をあっと言わせた英国のEU離脱決定から1年が経過した。この1年間、世界の風景は大きく変わった。

▼ポピュリズム・反グローバリズム

 Brexitをきっかけに、世界ではポピュリズムや反グローバリズムの動きが過熱した。

 米国では2016年11月の大統領選でトランプ氏が当選。米国第一の政策を打ち出した。欧州では一時極政党の台頭が勢いを増し、オランダやフランスでは政権奪取や国内政治に強力な影響力を持つ状況になる、との懸念が強まった。

 欧州のポピュリズムは、5月の仏大統領選のマクロン氏勝利で一服した。しかし、ポピュリズムの背景にあると指摘される格差拡大や人種差別など問題が解消したわけではない。課題はくすぶり続ける。

▼不透明な英離脱交渉

 英国のEUからの離脱交渉の行方は定まらない。英国のメイ首相の政治基盤は、総選挙敗北で弱まった。6月19日に始まった交渉は、まずはEU住民の権利保護など離脱条件の決着を目指すことで合意したが、具体的な展開は見えないままだ。

 英国では再度の総選挙や首相交代があってもおかしくない。EUは新たなユーロ危機防止や統合再強化戦略の構築を急ぐが、具体像を描くのは並大抵ではない。先行きを示す言葉としては、依然不透明や不確実が似合う状況だ。

▼米国の平和の終了

 トランプ米政権は迷走している。ロシア疑惑は政権にボディブローのように効いている。問題は尾を引き、政権の政策推進能力に悪影響を及ぼし続けそうだ。

 TPPやパリ協定からの離脱など、一部で保護主義(あるいは相互主義)的な政策が明確になってきた。オバマケアの修正など重要政策は実現のめどが立たない。外交政策は行き当たりばったりの感をぬぐえない。

 明確なのはやはり「不確実性の拡大」。そして、「パックス・アメリカナの終焉」だ。

▼各地で混乱

 サウジとイランの対立深刻化など、中東の混乱やリスク拡大している。米国の同地域での影響力低下が一因だ。ロシアや中国は、感激を縫って勢力の回復や拡大に努める。世界的に先行きが見えにくく、混乱が予想される。

 1年前の世界は、すでに遠い過去のものとなり、世界はより複雑で埠頭目になった。そんな印象を強くする。

2017.6.24

2017年6月19日 (月)

◆コール元独首相の死去と冷戦終了約30年 2017.6.12

 コール元独首相が死亡した。東西ドイツ統一を実現した宰相。冷戦終了期の欧州政治をミッテラン仏大統領らと共にリードし、マーストリヒト条約をまとめてEC→EUの設立や、ユーロ誕生(通貨統合)の道筋をつけた。

 中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)所属。当初は前任者の社会民主党・シュミット首相に比べ愚鈍などの批判もあった。しかしベルリンの壁が崩壊し冷戦が終了。欧州が動乱の時代に入る中、指導力を発揮した。

 米ロや仏英首脳との交渉で、東西ドイツの統一、旧東ドイツのNATO加盟などを実現。同時に、ミッテラン仏大統領と協力し、マーストリヒト条約をまとめた(マーストリヒト条約で独マルクを捨てて欧州単一通貨導入を認めたのは、東西ドイツ統一容認の代償としてフランスに譲歩した側面もある)。

 その過程では様々な取引や妥協もあり、批判も残る。しかしドイツ統一の実現と欧州安定の核としてEUの統合強化を進めた実績は消えない。コール氏ら指導者の適切な対応がなければ、東西冷戦の終了が平和裏に進み、その後の欧州の混乱が一定の範囲内に収まったことはあり得ない。

 冷戦終了期の主役たちのうち、ゴルバチョフ・ソ連大統領やブッシュ(父)米大統領はなお健在だが、欧州の強烈な個性3人(コール氏、ミッテラン氏、サッチャー英首相)は鬼籍に入った。冷戦終了から30年近くが経つ。

◎ 30年(みそとせ)過ぎ 統一の宰相歴史びとに
◎ 平和裏の革命演じた国の顔
◎ 大変動の時代が生んだ個性たち

2017.6.19

2017年6月12日 (月)

◆英総選挙の衝撃―混迷拡大は必至、EU離脱交渉に暗雲 2017.6.11

 英総選挙でメイ首相率いる保守党が過半数割れとなり敗北した。政権基盤強化を目指した首相の目論見は外れ、逆に指導力は低下。英国のEU離脱交渉も迷走する恐れが強まった。

 英国の政治的混乱は避けられない。これが欧州全体の不安定要因になる懸念も払しょくできない。

▼屈辱的敗北

 総選挙(全650議席)の結果は、与党保守党が選挙前の330→過半数割れの318議席に減少。逆に労働党は229→261議席に増やした。以下、スコットランド独立党(54→35)、自由民主党(9→12)、北アイルランドの民主統一党(8→10)、その他(20→13)と続く。

 メイ首相が総選挙に打って出た4月18日の時点では、保守党の大勝が予想された。メイ首相は政権基盤を固めた上でEUとの離脱交渉に臨む腹積もりだった(メイ首相のスタンスはEU単一市場からも離脱するHard Brexit)。

 しかし世論はその後50日あまりの間に変化する。世論調査では当初20%ポイント近くあった保守党と労働党の支持率の差は、1桁にまで縮小。選挙の結果も世論調査の通り、保守党が伸び悩んだ(世論調査は2015年総選挙と2016年のEU離脱の国民投票では外れたが、今回は当たった)。

 保守党敗北の理由として、メイ首相が打ち出した社会保障会改革(高齢者に負担増)が不評で、しかも世論の反応を受けて修正したことが影響したと言われる。メイ首相がTV討論に応じなかったことも批判される。同時に、労働党が掲げる鉄道の再国有化や富裕層への課税強化が、若者中心に予想以上に支持を得た点も見逃せない。

 メディアはメイ首相の敗北をhumiiatedと表現している。

▼混乱の予想

 メイ首相は選挙後直ちに、政権を維持する考えを表明。北アイルランドの保守政党で、EU離脱に賛成する民主統一党(DUP)と連携することで大筋合意した。閣外協力を求めたい方針。ただし、両党はEU離脱の考え方などで異なる点があり、行方は流動的だ。

 首相はまたはモンド蔵相、ジョンソン外相、デービスEU離脱担当相など主要閣僚の留任を発表。新状況下でも何とか政権を維持する姿勢を示した。

 しかし、保守党内でも首相の求心力低下は避けられない。退陣を求める声も少なくない。メディアでは、首相の早晩の退陣を予測する見方もある。

 基盤の弱い政権ではEU離脱交渉など重要問題に的確に対応できず、政治的な混乱が拡大するとの見方も強い。早期の再選挙が不可避との報道もある。英国の政治的混迷は深まり、危機になる可能性も否定できない。

▼EU離脱交渉の不透明感拡大

 EU離脱交渉の行方は一層不透明になった。

 メイ首相はHard Brexitを打ち出している。しかし選挙で政権基盤を固め、強い態度で交渉に臨む狙いは外れた。

 保守党内には、元々反欧州派と親欧州はが混在する。労働党には新欧州的で、国民投票でEU離脱が決まった後はEUとのつながりをなるべく残すSoft Brexitの立場だ。スコットランド独立党も親EU。世論も各政治勢力の主張も割れている。

 そもそも2016年の国民投票でEU離脱を決めた際にも、国民に対し具体的な選択肢を問うた訳ではない。離脱派はEU離脱により移民政策などを英国が取り戻せる一方、EU単一市場へのアクセルから得るメリットは継続できるがごとくの幻想を振りまいた。

 メイ首相のHard Brexitは、「いいとこ取り」はできないという現実に即した一つの戦略だ。その路線が、強い支持を得ることに失敗した。英国のEU離脱戦略は抜本から揺らぐ。

 英FTは社説で、メイ首相が明確に述べていることは人の自由移動や欧州司法裁判所の決定を
受け入れないことと、EU単一市場から離脱するということだけで、それ以外は具体的に言っていないと指摘。そのメッセージは「私を信頼してくれ。何とかする」ということだと論じた(6月10日)。それが否定されたことになる。

▼無秩序な離脱の懸念

 英国はすでに3月末にEUに対して離脱を通告。交渉期限2年の時計は動き出している。

 ただでさえ時間が足りない中、当事者の英国の戦略がぐらつく事態。もともと2年で交渉が終了すると見ていた関係者は少ないが、時間切れの可能性は一層高まった。そればかりか、内容のある交渉があまり行われない懸念もある。

 その場合、無秩序な離脱になるのか。それとも英国が負担金の支払いなどで譲歩をしたうえで、交渉期限の延長になるのか。行方は見えない。

 一つ確実なのは、交渉の行方に一層暗い暗雲が漂ったこと。それはEUにとっても負担になるし、英国にとってはさらに深刻な影響を与えることになるとの見方が多い。

▼地域問題は当面回避?

 選挙の結果、スコットランド独立党は議席を減らした。スコットランド独立の動きは当面収まる可能性がある。これは英国の政治にとって短期的な安定材料にはなる。

 一方、DUPはアイルランドとの国境での自由な人の移動を主張している。英国のEU離脱を実現する際に、アイルランドとの国境管理は難問の一つ。ここをこじらせて「アイルランド問題」が再燃するようなことになれば、問題は経済的な影響にとどまらない。

▼ガバナンスの低下

 2016年の国民投票にしろ、今回の総選挙にしろ、英国の時の首相は賭けに出て敗北した。敗北は必然がもたらしたわけではなく、キャンペーンの稚拙さがもたらした面があることでも共通する。

 また、失敗した場合の対応策(出口作戦)が練られていたわけでなく、場当たり的な対応に迫られているように見える。危機管理も含めた統治能力の低下とも言える。

 これは、トランプ大統領を生み出した米国、ユーロ危機以来のEUの危機や、ポピュリズム・極右の台頭を生んでいる欧州各国にも共通する面があるかもしれない。

▼欧州・世界への影響

 選挙の結果を受け、英国が(混乱を経て)結果的にSoft Brexitに舵を切らざるを得ないとの見方もある。政治危機とEU離脱交渉の混迷が、英国経済に深刻な打撃を与えるとの見方もある。英国の統治能力低下な明白になり、世界における影響力減退に拍車がかかるとの意見もある。

 Bexitが世界の大きな不確定要因のひとつである状況は変わらないが、混迷は一層深まった。予想外の展開が起きる可能性も少なくない。

◎ 対EU ハードな離脱に弱い声
◎ 混迷に昔の栄光叫ぶ政治家(ひと)
◎ 場当たりをシェークスピアならどう描く

2017.6.11

2017年6月 4日 (日)

◆米国のパリ協定離脱が映すもの 2017.6.4

 トランプ米大統領が地球温暖化対策のパリ協定からの離脱を表明した。国際世論を無視する形の「米国第一」の決断。ある程度予想されていた事とはいえ、現実のものになると衝撃は大きい。

▼法王の忠告も無視

 離脱発表のタイミングは、欧州などからの外遊から戻って間もなく。欧州では各国首脳のほか、ローマ法王もパリ協定の重要性を強調。離脱しないよう訴えた。しかしそうした要望も無視された形だ。

 大統領の表明を読むと、「米国第一」や「米国の利益」が頻繁に登場する。一方、地球環境全体について語った部分は少ない。「米国第一主義」が改めて、しかも明確に打ち出された。

 パリ協定離脱はトランプ氏が選挙戦時から公約に掲げていた政策。一部エネルギー業界や炭鉱産業従事者などの要望に応えるものだ。米国内には科学者にも、温暖化に否定的な見方がある。

 しかし産業界を広く見渡せば、多くはむしろパリ協定推進派だ。離脱の決定に多数の企業が遺憾を表明。政府の方針にかかわらず、産業界として温暖化削減に取り組む姿勢を強調した。産業界の大統領助言委員会のメンバーであるテスラなどのイーロン・マスク氏は、辞任を表面した。

 世論調査によれば、共和党支持者であっても半分以上はパリ協定離脱に反対だ。こうした状況の中で大統領は離脱を決めた。

▼石炭増加にはつながらず?

 シェール革命の進展などで、エネルギーの分野では石炭→天然ガスや再生エネルギーなどの動きが加速中だ。米国がパリ協定を離脱したからといって、石炭が消費が拡大に向かう情勢ではない。再生エネルギーの拡大、エネルギー効率の上昇というトレンドは、長期的には変わらないとの見方が多数だ(原発の行方については、先進国における脱原発の動きと新興国での原発利用拡大の動きがあり、複雑だ)。

 パリ協定離脱が石炭産業などの雇用増加に実際につながる可能性はそれほど大きくないと見るのが自然だろう。

 石炭転換が進まないのであれば、米国で今後温暖化ガスがどんどん増えていくという状況ではない。今回の離脱がそうした点まですべて織り込んだ決断だったかは不明だが、政治的な狙いが大きかった可能性がある。不明な点がなお多く残るのは、トランプ流といえばそれまでだ。

▼トランプ政権vs国際世論

 独仏伊首脳は共同で声明を発表。遺憾を表すとともに、協定の再交渉は拒否した。中国の李克強首相、英国のメイ首相なども協定推進を表明した。この問題では、トランプ政権vs世界の大多数、という構図が明確になった。

 国際情勢の観点から見れば、離脱表明によりトランプ大統領の「国際協調より米国第一」の姿勢が改めて明確になった。トランプ大統領が世界の指導者が共有する危機を共有していないこと、世界がこれまで積み上げてきた秩序を(たとえ代替案がなくても)躊躇なく否定することも再度露呈した。

 米国はこれまで世界の警察官として、グローバルガバナンスを総合的な視点でとらえてきた。しかし、最早状況は異なる。世界全体より米国の利益を優先。問題を総合的に関連付けて解決策を探るというより、個々の問題に時にはばらばらに取り組む。そして時には既存秩序の破壊も厭わない。世界は指導者なき時代(G0)に入ったとの感を新たにする。

▼技術革新

 一方で、10年単位で経済や技術革新を見ると技術革新を改めて認識することも多い。全世界的に地球の気候温暖化に関心が高まり、リオで地球サミットが開かれたのが1992年。その後温暖化ガス削減が全地球的な課題として認識され、省エネや再生可能エネルギーの開発が進んだ。シェール革命も起きた。

 電気自動車が本格的に登場したのは約10年前。今日では先進国の各地に電気スタンドが整備され、テスラやグーグルなど先端企業が次世代の自動車開発を加速する。

 パリ協定など温暖化防止の動きが、こうした技術革新を促している面も見逃せない。

◎反環境 協定離脱で名を残す?
◎また一つ、リーダーなき世界を実感す
◎トランプ時代 EVの風景日常に

2017.6.4

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