カテゴリー「社会」の13件の記事

2017年9月19日 (火)

◆自動車・スマホの革命と世界 2017.9.18

 中国がガソリン・ディーゼル車禁止の方向を打ち出した。英国やフランスが2040年禁止を打ち出したのに続く動き。自動車は20世紀初頭以来のガソリン、ディーゼル車中心で発展してきたが、大転換点を迎える。

 一方、スマホは発売から10年を経過し、「次の10年」が始まる。アップルは新製品「iPhoneX」を出した。行方から目を離せない。

▼相次ぐガソリン禁止

 現在世界の自動車保有台数は12.6億台強(2015年)。生産・販売台数は年間9400万台程度だ。ガソリン車やディーゼル車が主体で、EVなどエコカーは年間260万台と全体の3%以下だ(ハイブリッドカーは除く。カリフォルニア州は2018年モデルからハイブリッド車をエコカーの対象外にする予定)。

 しかし英仏や中国の政策もあり、今後急速にEVや他のエコカー化が進むと見るのが妥当だろう。

 主役も変わる。現在の自動車産業は、独VW(フォルクスワーゲン)、トヨタ、GMとルノー・日産連合が1000万台前後を生産。約300万台以上生産しているグループが10以上ある。

 しかしEVとなれば、主役が劇的に変化する可能性がある。EVで躍進するテスラや、グーグル、アマゾンなどのIT大手が絡んでくるのは確実だ。

 EVが本格的に登場してきたのは10年ほど前。欧州などで、半分試験的にプラグインEVの利用が始まり、徐々に普及した。テスラがEV車を投入し本格的に市場に参入したのは2008年。その後販売を拡大し、いまやそれほど珍しい存在ではなくなった。

▼自動運転とカー・シェリング

 自動車業界のパラダイム変化をもたらす動きは、他にもある。一つは自動運転、そしてもう一つはシェアリングエコノミーの動向だ。

 自動運転技術は各国、各社で実験が進み、高速道路などで実現するのはそう遠い将来の話ではない。

 カーシェアリング今や世界の新たな潮流になっている。ウーバーはもちろん、各社が新しいサービスを提供、普及に弾みをかけている。国により状況は異なるが、自動車を考えるキーワードがが「保有」から「利用」に変わっているのは外せないポイントだ。

▼スマホ10年

 9月12日にアップルがiPhoneの新機種「X」(テン)を発表した。誕生から10年を経過したスマホの、今後の発展を期した製品だ。

 アップルⅡが発売され、パソコンの時代が始まったのが40年前の1977年。1995年にはWindows95が登場しインターネットの時代に入った。その後の変化は加速度的だ。主なものを掲げれば以下の通りだ。

1998 グーグル創業
2001 アップルがiPod発売。音楽配信の革命
2004 グーグル上場、Web2.0の時代
2005 ユーチューブがサービス開始
2006 FBがサービス一般公開
2007 スマホ(iPhone)発売、アマゾンがキンドル発売、世界の携帯普及50%超
2010 iPad発売(タブロイド普及)
2011 アップル時価総額世界1に
2014 FB10年、Gメール10年、アリババ上場

▼社会に大きな変化

 スマホの出荷は2011年には通常の携帯(ガラ携)を抜き、2016年の出荷は15億台弱。現在世界では半数近い人がスマホを持ち、「携帯コンピューター」として検索やEコマース、決済などで使っている。
 2015年夏の欧州難民危機の際には、荒れ海をボートで渡る難民にドイツのNGOがスマホで安全航行の情報を提供していた。NYやロンドンの地下鉄で、乗客はスマホでニュースやメールチェックを行っている。ジャカルタやマニラの青空市場では、売り子がシマホを眺め時間を潰す。スマホ所有者は常にネットで世界とつながり、スマホに依存した生活を送るようになっている。

 今日では、「スマホのない生活」を想像するのは困難。スマホは社会の必要欠くべかざるインフラの一部となった。わずか10年前の「スマホのない世界」を想像するのは、だんだん難しくなっていく。

 過去20-30年あまりのIT革命の主役を(一時的に)演じたPCや携帯電話は、販売数字から見ればすでにピークアウトした。スマホの行方も明確ではない(たとえば衣服や身体組み入れの機器などができるかもしれない)。行方には要注意マークを外せない。

 技術革新が経済、社会に大きな変化をもたらす時代。自動車、スマホのニュースに、そうした流れを再度実感する。

◎ ガレージに車を入れてた時代あり
◎ SFに確かになかったガソリン車
◎ 10年でスマホの虜 便利だが

2017.9.18

2016年6月 6日 (月)

◆ムハマド・アリ氏の伝説 2016.6.5

 ムハマド・アリ氏が74歳で死亡した。ボクシングでスポーツ史に残る「キンシャサの軌跡」を演じたのはもちろん、公民権運動や反戦運動にも多大な影響を与えた人物。繰り返される報道は、改めて同氏の偉大さを感じさせる。
▼キンシャサの軌跡
 スポーツ雑誌などが、歴史上の「偉大なボクシング選手」のアンケート調査を実施すると、アリ氏は常に上位1-2位に入る。
 ローマ五輪金メダルからプロ入り。世界ヘビー級チャンピョンに就き19回の防衛した。業績はそうした数字面にとどまらない。巨漢が打ち合うスタイルだったヘビー級の世界に、「蝶のように舞いハチのように刺す」スピード感にあふれた新しいスタイルを持ち込み、新時代に導いた。
 そして1974年の「キンシャサの軌跡」。圧倒的に不利な予測の戦いで、象をも倒すといわれた強豪ジョージ・フォアマンを一発逆転でリングに沈めた。ボクシング史の最高の試合という評価も多い。その興奮と熱狂は、40年を経過した今日でも映像からよく伝わってくる。
 蛇足だが、当時キンシャサがこうした世界的な試合を開催できる状況にあったという事実も興味深い。コンゴ民主共和国は当時モブツ大統領独裁の下でザイールという国名だった。その後90年代に内戦に陥り、モブツ政権は崩壊。多数の難民流出や殺戮が繰り返され、現在も不安定な状況が続いている。
▼公民権運動の象徴
 しかし、アリ氏の存在はスポーツを超えていた。1960年、ローマ五輪直後に五輪の金メダリストになりながら黒人であるがゆえにレストランへの入場を拒否されることを経験。金メダルを川に投げ捨てた。このエピソードは人種差別の状況を今にも伝える。こうした行動で、アリ氏は公民権運動の象徴になっていった。
 1960年代後半にはベトナム戦争従軍を拒否し王座をはく奪され、4年間のブランク経験した。ベトナム反戦運動の事例として有名な話だ。
 アリ氏がキング牧師に次ぐ偉大な黒人と言われることがあったが、これも社会の不正義との闘いを実践したためだろう。
▼生きる姿
 同氏はマルコムXの影響を受けてイスラム教に改宗。カシアス・クレイからアリに改名した。
 1980年代からはパーキンソン病を患い、身体が不自由になった。その姿で1996年アトランタ五輪の聖火を点火するなど公の場に登場した。
 特に宗教をめぐる問題は、米社会でもまだ十分に咀嚼されたとは言い難い。しかし、生きる姿を晒し、人生と闘う姿勢を示し続けたことのインパクトは最後まで大きかった。
▼伝説
 2008年にオバマ氏が米大統領になったのは、アリ氏が金メダルを投げ捨ててから約半世紀後。アリ氏はどう感じたかなどを考えてしまう。トランプ氏が反イスラム的な発言をしたことに対しては、直接的な表現ではないものの開会する情報を発している。
 超一流のスポーツ選手は、言葉でなく行動で人々に感動を与え、思想や問題意識を伝える。アリ氏はそれをリング上ばかりか、社会とのかかわりの中でも示し、伝説になった。
 生ける伝説から歴史上の伝説に変わり、今後人々にどんなメッセージを伝えていくのだろうか。
◎ 蜂のごと世の不条理にパンチ刺す
◎ 動乱の報に想起すアリの奇蹟
◎ 捨てて問うメダルと王座の欺瞞性
2016.6.5

2016年4月10日 (日)

◆世界を揺るがすパナマ文書 2016.4.10

 パナマの法律事務所から世界の政治指導者らの節税実体を示す文書が流出。国際社会を揺るがしている。

 ICIJ(The International Consotium of Investigative Journalists=国際調査報道ジャーナリスト連合、本部ワシントン)を通じて流れている資料は1000万件を超える。

▼世界各国首脳の名

 法律事務所のモサック・フォンセカには1万を超える金融機関などからペーパー・カンパニー設立などの依頼があり、パナマやバージン諸島など21カ国・地域に設立した21万社のパーパーカンパニーにお金が流れていた。ここで節税などのほか、マネーロンダリングなどが行われていた可能性がある。

 取引が明らかになった各国首脳には、アイスランドのグンロイグソン前首相(今回の事件で辞任)、英国のキャメロン首相、アルゼンチンのマリク大統領、パキスタンのシャリフ首相周辺、中国の習近平主席の親族、ロシアのプーチン大統領の友人などが上がっている。

 表面化下情報は氷山の一角。今後どんな情報が出て来るか、現時点では予想がつかない。

▼英国民投票に影響も

 これら政治主導者の取引が違法とは限らない。しかし、道義的責任や自らが進めている政策との矛盾を指摘する声が各地で湧き上がっている。

 キャメロン英首相の場合、亡父が資産運用しており、首相が就任前に売却した。しかし、その事実を表明するまでに数日間曖昧な姿勢を取った。

 首相は企業などによる「税逃れ」を批判し、その対策を進めようとしている。こうした情勢下の事件だけに、当然批判は強い。政治指導力に影響しそうだし、英国が6月に控えるEU離脱を巡る国民投票にも影響しかねない。

 予期せぬ情報の暴露が世界を揺さぶる事件としては、2010年のウィキリークスによるアフガン文書などの暴露、2013年のスノーデン事件などがある。これらは政府による機密文書の暴露が中心だった。今回は、個人や企業による隠されていた取引の暴露である。また、ICIJのジャーナリストにより、情報の信ぴょう性や公共の利益とのバランスなどが検討されている模様だ。

 影響は今のところ予想がつかない。

▼批判を呼ぶ土壌

 企業による税逃れなどを批判し、その対策を強めているのは英国だけでない。欧州諸国やEUがアップルやグーグル、フェイスブックに対する税制優遇の問題を指摘、納税を拡大する動きも出ている。米財務省はM&Aによる節税への規則を強化、その結果大手製薬ファイザーはアイルランドの大手、アラガンの買収を断念した。

 国内では国民への課税逃れ防止を強化し、税制再建策を強めている。政治指導者による課税逃れなどの動きは、国民の激しい反発を呼ぶ土壌にある。

 中国では習近平国家主席が綱紀粛正の運動を進めている。主席周辺のスキャンダルは、反発する勢力への追い風になりかねない。途上国では事件一つで政権が交代しかねない国が少なくない。

▼問われる正統性

 指導者への信頼性、モラル、政策の理念、国家の体制。世界の枠組みを支える正統性が、機密文書で崩されることは、歴史上にも珍しくない。目が離せない。

 パナマ発 正義の虚構 揺さぶられ
 一束の 紙が揺るがす 国・体制
 改革も 俺は例外 さもありなん

2016.4.10

2015年6月19日 (金)

◆FIFA疑惑のインパクト 2015.5.31

 米司法省が27日、FIFA(国際サッカー協会)の副会長らを14人を贈収賄やマネーロンダリングの疑いで起訴した。これまでもくすぶっていたFIFA疑惑は、一気に世界の注目を集める事項となった。今後の展開次第では、ワールドカップ開催を巡る不正が表面化する可能性もある。世界の人々が熱狂し、巨大ビジネスとなったサッカー界の疑惑は、国際情勢をも揺るがしている。

▼会長選を狙ったタイミング

 米司法省が起訴に踏み切った27日は、19日に予定していたFIFA会長選(臨時理事会)の前々日。FIFA幹部は占拠のため、スイスのチューリヒに集まっていた。容疑者の動きをとらえやすいタイミングを狙った動きとみられる。

 米司法省の起訴を受け、スイス司法当局は7人を逮捕した。さらに、スイス当局は2018年と2022年のW杯の開催地決定を巡る疑惑で捜査を始めた。

 動きは捕り物帳的だが、米国やスイス当局の本気度が伝わって来る。

▼くすぶり続けた疑惑

 FIFAの金銭を巡る疑惑はくすぶり続けていた。欧州サッカー協会(UEFA)はかねてブラッター会長の体制を批判してきたが、中南米とアジア、アフリカの支持をえる会長の体制は揺るがず、批判をはねつけてきた。

 起訴を受けて、UEFAは会長選の延期を要求。UEFAのプラティニ会長はブラッター会長の退陣を求めた。英国のキャメロン首相も同調して退陣を求めた。

▼会長5選

 しかし、ブラッター会長は29日選挙を強行。5選を果たした。欧州が反対したものの、アジアやアフリカ、中南米のかなりの支持を受けた。FIFAのメンバーは209で、ブラッター氏は1回目で133票を得た。

 選任後、会長は改革を強調した。しかし、金権体質改革の具体策を述べた訳ではない。課題はそのままで、多くは期待できないとの見方も多い。

▼ガバナンスに問題

 ブラッター氏は事務局長から1998年にFIFA会長に就任した。当初から中南米やアジア、アフリカを基盤として来た。W杯を2002年の日韓共催、2010年の南ア、2014年のブラジル、2018年のロシア、2020年のカタールと、アジア他アフリカの途上国で開催。サッカー市場を広げた。反面、金権体質は長く指摘される。

 複数の現役副会長の起訴というショックにもかかわらず、会長選では順調に5選。これも長らく指摘されているが、FIFAの自浄作用は機能していなく、FIFAのガバナンスに問題があると言うしかない。

 サッカーは今や巨大な産業となった。W杯のテレビでの観戦者数は2006年大会で延べ263億人と、2008年北京五輪の47億人を圧倒している。W杯が世界最大のスポーツイベントと言われるのは誇張ではない。そうした巨大スポーツを牛耳るのが、ブラッター会長を中心とする少数のメンバー。そして組織の運営や資金の使用は、不透明感の漂うまま。これが、サッカーの実態だ。

▼国際情勢にも影響

 サッカーは巨大スポーツであるばかりでなく、時には国際情勢や各国の社会・文化にも影響を与える。新興国での開催は、経済効果のほか、その地域にサッカーを普及させる役割がある。

 メッシやロナウドなどのスーパースターが子供たちに与える影響は絶大。欧州や南米ではサッカーはパブや人々の集まりの話題であり、その傾向はアジアやアフリカにも広がっている。メルケル独首相はW杯や欧州選手権に必ずと言っていいほど出かけ、首脳外交を展開する。

 そうした影響力を持つサッカーの国際組織の不正を、国際社会はこれまで放置してきた。世界の実態と言えばそれまでだが、改めて課題を突きつけ、教訓を提供している。

 米司法当局やスイスの当局も、動いた以上は本気にならざるを得ない。今後も様々な動きが続くのは必至。予想もできないような結末になってもおかしくない。

2015.5.31

2014年10月13日 (月)

◆マララ氏ノーベル賞受賞の意味 2014.10.12

 2014年のノーベル平和賞が、パキスタンの17歳、マララ・ユスフザイ(Malala Yousafzai)氏らに決まった。2012年、パキスタン・タリバンによる狙撃で一躍有名になった少女。その後も活動を続け、女性への教育機会の拡大や人権の領域で世界的なアイコンになっていた。授賞には多くの意味が込められ、インパクトは大きい。

▼インド・パキスタン同時受賞

 マララ氏への授賞は事前の本命ではなかったが、意外ではない。英国のブックメーカーなどの事前予想では、最有力はローマ法王フランシスコ。次いで、紛争下のコンゴ民主共和国で性暴力を受けた女性の治療に携わったデニス・ムクウェゲ医師が有力視され、その次にマララ氏や元CIA職員のスノーデン氏らの名が挙がっていた。

 意外感を持って受け止められたのは、マララ氏への授賞より、インドの児童労働問題でNGOを展開してきたサトヤルティ氏への授賞だ。同氏の知名度は国際的にはそれほど高くなく、事前予測も少なかった。結果はパキスタンのマララ氏とインドのサトヤルティ氏の同時授賞となった。

▼授賞効果と反響

 授賞の効果はすでに各方面で表れている。授賞発表と同時に、世界のメディアはマララ氏が11歳の時から匿名でブログにパキスタンにおける女性への教育の状況や「女性にも教育を」という主張を発信していたこと、そして2012年にイスラム原理主義のタリバン運動に射撃されたこと、その後英国に運ばれ、奇跡的に助かったことなどを繰り返し報じた。報道は当時のニュースを知る人には記憶を呼び起こさせ、知らなかった人には改めて事実を伝えた。

 パキスタンのシャリフ首相は授賞を歓迎する声明を発表。女性への教育に取り組む姿勢を示した。国際社会も授賞を歓迎し、マララ氏
の活動を支持する姿勢を示した。

 一方、パキスタン国内には保守派を中心に反発する声も上がっている。女性への教育はイスラムの教えに反する西洋流価値観の押し付け、などとする理屈だ。タリバン運動は、マララ氏が帰国したら再び射殺を試みるという姿勢を変えていない。
 
▼ノーベル委員会のメッセージ

 ノーベル平和賞は、政治的立場と無縁であるどころか、強いメッセージが込められている。過去には南アのアパルトヘイト廃止に貢献したマンデラ氏らや、パレスチナ和平を推進したラビン元首相らに授賞した。異例ともいえる就任初年の米オバマ米大統領への授賞は、核なき世界推進の後押しだった。

 マララ氏は史上最年少17歳でもあり、話題性は十分。女性への教育推進や女性の権利擁護を後押しするメッセージが明確に込められていると解するべきだろう。

 同時に、サトヤルティ氏への同時受賞には、ノルウェー・ノーベル委員会の深謀遠慮がうかがえる。

 マララ氏のみの授賞だと、彼女を射撃したイスラム過激派への批判が必要以上に表に出る可能性がある。それは、委員会の望むメッセージではない。むしろサトヤルティ氏との同時受賞により、女性の教育や児童労働という社会問題への焦点を明確にし、さらにインドとパキスタンの両国への応援を込めることが可能になる。このような見方は、たとえばFT紙掲載のGideon Rachman氏の解説記事”The Nobel committee gets it right”(10月10日電子版参照)などに示されている。

 ノーベル賞の受賞式には、インドのモディ首相とパキスタンのシャリフ首相が出席する見通しになった。ここにも、ノーベル賞効果が出ている。
 
▼マララ氏の活動

 それにしても、マララ氏が弱冠17歳にして世界に及ぼした影響に、改めて印象を深める。彼女が2013年に国連で行った演説は、「銃ではなくペン」「女性の教育を」と明快。ノーベル賞受賞決定後も、活動継続の決意を語った。また、発言や態度からは、そうした運動のアイコンになっている自分の立場をよくわきまえているとの印象を受ける。

 昨年の国連演説は、次のアドレスが分かりやすい。
 http://www.aljazeera.com/video/asia/2013/07/20137126351897418.html

 ノーベル賞の機能、特にネット時代の市民運動やNGO運動の広がり方という面からも、有意義な材料を提供してくれる。

2014.10.12

2013年8月11日 (日)

◆ワシントンポストの身売りとメディアの変化 2013.8.11

 アマゾン創業者のベゾス氏がワシントンポスト社の新聞部門を買収した。同紙はウォーターゲート事件の報道でも知られる同国を代表する新聞。新興ネット企業による買収は、メディア業界の変遷と主役交代を象徴する事はもちろん、メディアと権力の関係や世論動向にも影響する。

▼世界に波紋

 ワシントンポスト社はワシントンポスト紙のほかに外交専門誌のフォーリン・ポリシーや教育事業部門などを保有している。今回売却するのは新聞部門。買収価格は2億5000万ドル。ベゾス氏はアマゾンを通じてではなく、個人としてポスト紙を買収する。

 8月4日付のポスト紙は"Grahams to sell The Post"という見出しで売却を報道。ニュースは米国はもちろん世界に波紋を投げかけた。

▼調査報道の金字塔

 ワシントン・ポストは1877年創刊。1930年代からグラハム家が経営を握ってきた。1970年代初めのウォーターゲート事件報道は、ニクソン大統領辞任につながった。

 同事件巡っては、政権からの圧力を社主のキャサリン・グラハム氏らが退けて報道を継続。米調査報道の金字塔とも言われる。こうした歴史に支えられ、同氏はNYタイムズと並び米国を代表する新聞と評されてきた。世論形成への影響力も大きい。

 一方でネット化などの影響で部数は減少。90年代の70万部から最近は40万部台に落ち込んでいた。

▼ネットの雄

 アマゾン・ドット・コムはネット時代を代表する新興企業の1つ。1994年にジェフリー・ベゾス氏が設立した。ネットを通じた書籍の販売という新しい市場を開拓し、その後書籍以外の通販、電子書籍端末のKindleの発売などに事業を拡大した。

 アマゾンの登場により世界の書籍販売の市場は一変。人々の生活を変えた。同社ビジネスモデルを説くキーワードの一つであるロングテールという言葉も広く使われるようになった。1997年にはナスダックに上場した。

 ベゾス氏はアマゾン開始当初から数年間は利益を出せないことを見通し、その上で長期的視点から事業を成功させた。現在アマゾンがGoogleやアップル、フェイスブック、マイクロソフトなどと並びネット時代を先導する企業の1つになっているのも、同氏のビジョンとリーダーシップ抜きには考えられない。

▼メディアの風景一変

 米国を中心とする世界のメディアは、過去20年あまりで風景が一変した。原動力になったのは、IT・ネット技術の発展と事業の国際化だ。

 90年代半ばからのインターネットの急速な普及で、世界の情報の流れは革命的に変化した。それ以前のニュース報道はテレビや新聞が中心だったが、今では「ニュースはネットや携帯から」という人は多い。2011年のアラブの春は、フェイスブックなどのSNSやツイッターが起爆剤になった。ネット広告市場は先進国ではすでに新聞を上回った。

▼加速する再編

 変化の中で、メディアの再編は加速している。

 1990年代には米国中心にテレビ局と映画制作スタジオなどの統合が進んだ。バイアコムのパラマウント買収(93年)、ディズニーのABC買収(95年)、バイアコムのCBS買収(99年、その前の95年にウェスチングハウスが買収したのを再度買収)、2000年のAOLとタイムワーナーの合併などが代表だ。

 21世紀に入ると、伝統的な新聞や報道機関を巻きこむ再編が加速した。2007年のニューズ社によるダウジョーンズ買収(ウォールストリートジャーナル紙発行)やトムソンによるロイター買収などが代表だ。

 米大手新聞社の経営危機が表面化し、シカゴ・トリビューン紙やロサンゼルス・タイムズ紙を発行するトリビューン社が経営破たんした。2009年のクリスチャン・サイエンスモニター紙に見られるように、紙の新聞発行を停止し、電子版だけにする動きも続いた。

 2010年代に入っても、この動きは基本的に変わらない。2013年からニュースウイーク誌は紙の発行を停止し、完全デジタル版に変わった。タイムワーナー社は出版子会社タイムの分離を発表した(実施は14年)。そして、今回のワシントンポストの売却だ。

▼体制は当面変えず

 2007年のニューズ社によるダウジョーンズ(WSJ)買収の際には、ニューズ社のマードック会長による編集介入などへの懸念が声高に叫ばれた。それに比べると、今回の買収への抵抗感などは少ないように見える。

 ドナルド・グラハムCEOはベゾス氏の人柄や手腕が決め手になったとコメント。ベゾス氏は買収後も当面ワシントンポストの経営や編集体制を変えず、編集に直接関与することもないとの姿勢を示した。

 一方で社員向けのメッセージで、「インターネットにより報道業界は様変わりしている」と指摘。時代の変化に応じた変革の必要性を訴えた。

▼EPIC2014の予言

 アマゾンと報道というテーマでは、10年前の2004年にネット上に公開された「EPIC2014」というビデオが話題になったことがある。このビデオは2014年から過去10年のメディアを解雇するという形をとったもの。

 その時には2008年にGoogleとアマゾンが合併して「Googlezon」が誕生。ニュース価値などまでを判断できるプログラムを開発し、優れたニュースサイトを作って市場を席巻していく。その結果、NYタイムズはネットの世界から撤退し、少数部数の紙媒体のみを発行するこじんまりとして存在になっている、という筋立てだ。

 ビデオの中では、SNSとネットサービスの発展、著作権、メディア再編など様々な問題が提起されている。そして何より「Googlezon」という言葉が、ネット時代の新勢力を象徴する言葉として広まった。

 実際の世界はビデオとは異なる展開になっているが、問いかけた問題の本質は変わっていない。

▼問われる報道機関の役割

 買収は報道の役割や国家と報道の関係という、古くて新たしい問題に改めて問いを投げかけた。

 買収決定後、ポスト紙オピニオン・ライターのEugene Robinsonは"Thanks, Graham family"と題する記事で同紙が果たした役割を強調。この他にもワシントンポストのこれまでの業績と、報道機関として求められる役割などに焦点を当てた記事がポスト紙をはじめ各紙に多数掲載された。

 「権力のチェック」という報道機関の伝統的かつ最重要の役割を語る上で、ウォーターゲート事件報道は欠かせない。スクープした記者、調査報道をリードした編集幹部はもちろん、権力との対立というぎりぎりの局面でリスクを負う決断ができた当時の社主キャサリン・グラハムが果たした役割は大きかった。

 ネット革命で情報の流れは変わり、報道機関の役割も問い直されている。アラブの春でみたように、いまやネットの世論形成力は時には新聞など伝統的メディアをしのぐ。しかしネットは情報の洪水になるだけのこともある。

 ネットと紙のコラボレーション、ビジネスモデルの組み替え、新しい企業形態--。伝統メディアは生き残りと時代に即した新しい役割を模索して試行錯誤している。

▼ネット時代のメディア

 従来想定外だった新たな問題も、次々に突きつけられる。米安全保障当局による個人情報の収集問題は、国家だけでなくネット企業やメディアに対しても「安全保障vs個人の権利」「個人情報管理」などの問いを突き付けた。2010年に起きたWikileaks問題も、本質は変わらない。

 中国などでは、ネット規制が一段と強まっている。サイバー攻撃はもはや一部専門家の話ではなく、皆の問題になった。問題意識は、ネット時代のメディア、ネット時代の社会という課題にも及ぶ。

 容易に答の出る問題ではない。買収は、そんなメディアを取り巻く実態や変化を改めて考えさせる。

2013.8.11

2013年3月17日 (日)

◆ローマ法王情報メモ 2013.3.17

 新しいローマ法王に13日アルゼンチン出身のフランシスコ1世が選ばれた。前法王ベネディクト16世の存命中の退位が異例(約600年ぶり)なら、新法王が米州出身、イエズス会出身なのも初めてだ。

 法王やカトリック教会を巡る問題は奥が深く、世俗的な視点からだけの表面的な分析はかえって本質を見誤らせる恐れがある。それでも今回の一連の動きからは、ローマ教皇やカトリック教会を巡る情勢変化や課題が見えてくる。情報を整理する。

▽新旧法王

 前法王ベネディクト16世(85)は265代目。ヨハネ・パウロ2世の死去を受けて2005年に就任した。独出身の法王は950年ぶり。今年2月に高齢を理由に辞任を表明し28日退位した。法王の存命中の退位は1415年のグレゴリオ12世以来約600年ぶり。

 新法王となったフランシスコ1世(76)は266代目。本名ホルへ・マリオ・ベルゴリオ氏で、ブエノスアイレス大司教を務めていた。両親はイタリア移民。大学で化学を学び、イエズス会に入会して聖職の道に入った。米州出身の法王は初めてで、イエズス会出身の法王も初。欧州出資以外は1300年ぶりという。

▽コンクラーベ

 新法王を選出するコンクラーベ(法王選出選挙)には80歳未満の枢機卿115人が参加。無記名投票で3分の2の表を集めると決まる。ただし、特定期間を過ぎた後には上位2人の決選投票などに切り替える。20世紀に置きなわれたコンクラーベは8回。2-3日で決まることが多かった。

▽信者数

 新法王の選出は、カトリック教会を取り巻く環境変化を抜きには語れない。全世界のカトリック信者12億人の地域的分布は、中南米が最大で4.8億人。次いで欧州の2.8億人、アフリカ2億人弱、アジア1.5億人、北米1億人弱などと続く。中南米は最大の信者を抱えるだけでなく、その伸び率も高い。

▽保守とリベラルの対立

 カトリック教会内部では、キリスト教の原理を忠実に追及すべきだとする保守派と、現代社会に即した行動を主張するリベラル派が対立してきた。1960-70年代には中南米で実践を前面に出した解放の神学が広がった(教会との関係は単純ではないが)。近年においても、保守対リベラルの対立は重要な問題点になっている。

▽他宗教との和解

 ヨハネ・パウロ2世(1978-2005年)時代から他宗教との対話・和解を推進した。同法王は就任後、プロテスタント諸会派との会合や東方正教会をの和解を推進。ユダヤ教のシナゴークも訪問した。2000年にはエルサレムを訪問し、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の和解に向けた姿勢を示した。こうした動きは他宗教・宗派からも一定の評価を受け、距離が縮まった。

 ベネディクト16世も和解を目指したが、2006年にイスラム教のジハードを批判する(と受け止められる)発言をし、イスラム諸国の反発を招いた。この影響もあり、イスラムとの対話促進は進まなかった。

▽スキャンダル

 カトリック教会内の権力闘争やスキャンダルはしばし表面化している。

 最近のスキャンダルで注目されるのは、カトリック聖職者による幼児の性的虐待スキャンダル。アイルランドやドイツ、米国などで表面化した。教官の威信を揺るがした。

 2012年には強硬あての告発文書がリークされる事件(バチリークス・スキャンダル)が発生。バチカン内の権力闘争を垣間見させた。

▽黒いカネ

 中でも深刻なのは、黒い資金を巡る問題。バチカンとカネの問題は古くから指摘され、1982年代にはバチカンの資金管理を行うアンブロシアーノ銀行の頭取がロンドン・テムズ川のブラックフレイアーズ橋で首吊り死体で発見される事件があり、世界の注目を浴びた。ヨハネ・パウロ2世時代にバチカンの資金がポーランドの連帯支援などに流れていたという疑惑もある。

 その後もマネーロンダリングの疑惑は消えず、近年は米国などが名指しで批判。海外銀行もバチカンとのATM取引を中止するなど問題が広がった。前法王に対しては、こうした問題に十分対処できていないなどの批判も出ていた。

▽海外メディアのコメント

 海外有力メディアのコメントは様々だ。

 新法王への期待はもちろん大きい。新法王の名前の元となった聖フランシスコは、貧しい人々を助け平和を愛した聖人。BBCはPope Francis wants "poor church for the poor"(新法王は貧しい人のための貧しい教会を望む)と評価した。

 NYタイムズは"With Blessing, Pope Shows an Openness to Other Faiths"(他の信念に寛容差を見せた)と他宗教との和解などに期待を示した。

 一方で、教会の改革は容易でないとの認識もうかがわせる。英FTは”A Pope in scandals to lead the Church"という社説で、New way pope faces old forces (新しいやり方を目指す法王は旧勢力と直面する)と指摘。貧困対策などに取り組むことが、スキャンダルに焦点が当たる現状の打開につながるとの見方を示した。

 英Economistは”Rejigging the colleage of cardinals, a thirs of whome are Italian、should be a priority"(枢機卿の改革が優先課題であるべき)と指摘した。

 問題の広がりは大きく、世界への影響も大きい。

2013.3.17

2012年7月29日 (日)

◆ロンドン五輪のメッセージ 2012.7.29

 ロンドン五輪が27日始まった。五輪はスポーツの祭典であるとともに、政治、外交、文化など様々なメッセージを発する場。ロンドン五輪のメッセージを探ってみる。

▼政治・文化のイベント

 7月27日の開会式は英国流の趣向を凝らしたものだった。エリザベス女王は映画「007」中の映像と二重写しになる形で登場。ベッカムやミスター・ビーン、ハリーポッターなどが登場し、ビートルズのポール・マッカートニーが締めるなど英国文化を世界に再発信した形。英国の歴史も映像で世界に示した。

 開会式に先立ってバッキンガム宮殿で世界各国首脳を招いた式典を開催。この機会を利用した首脳外交も繰り広げられた。ロンドンという場と英国の歴史、王室の影響力などを誇示した格好だ。

▼さまざまな五輪論

 4年ごとの定例ではあるが、様々な五輪論が語られている。開催地や開催国を巡る論争もかまびすしい。主なものには、以下のような視点がある。

▼五輪と世界劇場

 情報通信革命により情報が世界中に同時に送受信される時代になった。まずは1980年代に、TVによる「劇場型イベント」の時代が到来。湾岸戦争や9.11でその実態を見せつけた。

 いまでは世界の大イベントが「劇場型」で伝えられるのは常識。堅い話では、イラク戦争やアラブの春、米大統領選などの政治上のイベント(革命・戦争はそのハイライト)があり、災害などが大きな関心を集める。

 一方柔らかい話まで入れれば、五輪とサッカーのワールドカップは最大の集客力を持つイベント(それに続いてウィンブルドンのテニスなど)。この領域では、2位以下(たとえばアジア大会など)との格差はむしろ広がっている。五輪は「一人勝ちの状況」と謳歌しているといっていい。

 この状態が今後どうなるのか。長い目では変化はいつか訪れる。しかし短期的には、傾向がさらに進展する予感もする。

▼五輪と情報革命

 一つのカギになるのが、情報通信革命のさらなる進展だろう。情報の同時送受信は、テレビのようなマスメディアから、インターネットやSNSなどに移っている。情報機器もスマホ中心の時代が来ようとしている。

 ロンドン五輪は本格的なSNS時代、スマホ時代になってからの初の五輪。情報の流れという面でも、「次の時代」を予感させる動きが出てくるかもしれない。大いに注目したい。

▼五輪とグローバル化・愛国心

 経済のグローバル化んびともない、政治・社会・文化もグローバル化が否応なしに進む。その一方で、愛国心や国家への執着がむしろ強まる側面もある。

 五輪は(やはりサッカーのワールドカップなどと並び)愛国心高揚の一例。普段は国家の悪口を言っている国民がこの時とばかりに国旗を振り、代表を応援する。国家もメダルで愛国心を高めることに熱中する。その傾向は中国など新興国・途上国で特に顕著だ(冷戦時代には社会主義国でそうした傾向が強かった)。

 しかし、新たに国家や国民を問う事例も増えている。外国の有力選手に国籍を与えて自国代表としメダルを狙う傾向は、すでに十数年の動き。「グローバル化の矛盾」の好例ともいえる。今回も、どんな「先端の例」「おかしな例」が出てくるか。

▼五輪と女性

 ロンドン五輪にはサウジからも女性選手が出場し、200か国・地域のすべてに女性選手が加わった。これは五輪史上で初めてだ。ロゲIOC会長もその点を強調した。
 女性のスポーツ進出は先進国ではすでに言い尽くされた感もある議論。しかし、一部の国では依然信じられないような差別が存在する。五輪がそうした事実に改めて光を当てた。

▼スーパースター

 五輪は上記のように愛国心と絡むから、各国での報道は自国選手中心になる。自国では英雄でも、世界的には全く知られない金メダリストがほとんどだ。そうした中で世界に知られるスーパースターとなると、本当に限られる。

 過去には東京(64年)のアベベ、モントリオール(76年)のコマネチ、ロサンゼルス(84年)のカール・ルイスなどは文句なくそうした存在だった。メキシコ(68年)のチャスラフスカのように競技はもちろん、後の政治的活動も含めて歴史上のアイコンになった人もいる。

 今大会でスーパースターになるとしたら、100メートルのボルトなのだろうか。

▼五輪と経済

 五輪と経済も言い尽くさた感もするテーマ。戦後の五輪は、64年の東京や88年のソウル、2008年の北京など経済発展の証のような大会があった。coming-out event (先進国の社交デビュー儀式)と揶揄する分析もあるほどだ。

 一方で、五輪の肥大化とお金の無駄遣いへの批判もある。84年のロス五輪で問題意識はピークに達し、その後はコンパクトな五輪や環境にやさしい五輪が一つのキーワードになっている。今回のロンドン五輪でも、当然そうした問題意識が問われた。こうした問題意識は、ロンドン論とも絡んで議論される。

▼ロンドン論

 ロンドンでの五輪開催は1908年、1948年に続いて3回目。1都市で3回目の開催は初めてだ。

 今回の大会は、都市開発の観点からは環境の悪化したイーストエンドの再開発が進んだ。またコンパクトな五輪という観点からは、既存施設の利用(テニスのウインブルドン、サッカーのウエンブリー、ハイドパークなど)が注目された。

 世界の主要メディアは五輪委先立ち、様々な角度からロンドン論を展開した。ロンドンはかつて大英帝国に首都そして、世界の中心であり、今なお世界の重要都市。この点だけは、他の都市にはない特徴だ。

2012.7.29

2011年10月10日 (月)

◆米国デモの背景 2011.10.9

 9月中旬にNYで始まった米国の「反ウォール街デモ」が拡大している。6日には首都ワシントンでも行われ、これまでに100余りの都市に広がった模様だ。その派手な様子が注目されるだけでなく、米社会のあり方を問う事象になっている。

▼anti-Wall Street demonstration

 運動は反資本主義色の強い編集者の呼びかけで始まった。その後ネットなどで広がり1カ月近く続いている。主張は富裕者への増税、失業対策から環境問題と幅広いが、あえて共通項(キャッチフレーズ)を選べば反ウォール・ストリート。米メディアではanti-Wall Street demonstrationという表現が使われる。

 ネットによる呼びかけで参加者が広がっているのも特徴。これは、中東革命や中国の集会などとも共通する。

▼格差と高失業率

 運動の背景には、米国の抱える課題がいくつか透けて見える。

 1つは格差の拡大と失業率の上昇、そして反ウォール街感情だ。

 米国の格差は大きく、上位1%の富裕層が富の20%を独占している。格差拡大は新自由主義経済下で拡大したとの認識が強い(異論もある)。

 金融危機時に、破綻の危機に瀕した金融機関が多額の公的資金で救済された。それなのに金融機関の経営者は、高額報酬を受け続けている。これに国民の怒りは収まらない。

 一方で失業率は9%台に高止まりし、特に25歳以下の若年失業率は18%近い。怒れる若者の不満がデモに向かっている。

▼米社会の分断

 第2は米社会の分断だ。

 米社会の保守とリベラルの分断はここ30年ほど顕著になり、大統領選などでも民主党・共和党の獲得州(あるいは狭い地域)はほとんど固定化されている。この傾向が益々鮮明になっている。

 リベラル派はもともとウォール街のgreed(貪欲)が金融危機を招いたなどと批判的。今回のデモも基本的に支持の立場で、一部労組などは後からデモに加わっている。

 一方、保守強硬派は「社会の混乱を招く」などと反発。穏健派も、「ウォール街が米国の富を生み出している事実を無視している」と批判する。

 議論はほとんど噛み合わず、いがみ合う構図は変わらない。

▼読めない政治的影響

 デモの行方と政治的な影響は微妙だ。反ウォール街の運動が保守派の草の根運動Tea Partyの動きのように定着するかはまだ不明。

 運動の主張はオバマ大統領の目指す富裕層への増税の主張と近い。しかし、過激化すれば中間層の支持を失いかねない。その意味で、オバマ政権にとって追い風になるかマイナスになるかも分からない。

 1960年代の市民権運動や反ベトナム戦争運動の例を見るまでもなく、米社会は市民運動で大きく変わってきた歴史がある。今回の反ウォール街運動の行方も、社会を変えるきっかけにならないとも限らない。

2011.10.9

2011年7月18日 (月)

◆ニューズ社スキャンダルの問うもの 2011.7.17

 英国で発覚した盗聴スキャンダルの余波が拡大。マードック氏率いるニューズ・コーポレーションの経営を揺さぶっている。メディアのあり方、ジャーナリズムのあり方など投げかける問題も多い。

▼事件の経緯

 ニューズ傘下の大衆日曜紙、ニュース・オブ・ザ・ワールドの盗聴スキャンダルが発覚したのは2006年。その時点では盗聴は政治家や有名人のみとされ、事件は同紙の陳謝でいったん収まった。

 しかし2011年になって一般人にも盗聴をしかけていた事が判明。その中に殺人事件の被害者が含まれていたことも分かり、英世論の批判は沸騰した。また、ブラウン前首相の家族の健康情報などの情報も不正入試していたことが明らかになった。こうした情勢の中でニューズ社は同紙の廃刊を決定した。

 しかし英当局の捜査は続き、18日にはニューズ・オブ・ザ・ワールドの元編集長で英部門であるニューズ・インターナショナルのCEOを務めるレベッカ・ブルックス容疑者を逮捕。英議会はマードック氏を含む関係者の召喚を検討している。

▼BスカイBの買収撤回

 ニューズ社は英国最大の衛星放送会社BスカイBの完全子会社化を計画していた(現在の持ち株は39%)。しかしスキャンダルをきっかけにニューズ社への批判が拡大。議会は買収を求め内容政府に求める動きを表面化させた。ニューズ社はBスカイB買収を断念した。

 組織防衛のためにひたすら身を低くして、批判の嵐が通り過ぎるのを待つかのような姿勢だ。

 ニューズ社はスキャンダル直前にも2005年に買収したSNSのマイスペース社を安値売却したばかり。ネット戦略の失敗と見られている。相次ぐ痛手が、ニューズ社の経営に与える影響は大きい。

▼ニューズ社の発展:伝統的秩序破壊の革新性

 ニューズ・コーポレーションは豪州出身の新聞経営者、ルパード・マードック氏が一代で育てた帝国。1970年代から英国の新聞買収を加速。高級紙の代表とされたタイムズや大衆紙のサン、日曜大衆紙のニューズ・オブ・ザ・ワールドなどの買収でビジネスを拡大した。

 1980年代にはタイムズ紙で労働争議を制圧し、労働組合が強かった経営体制を一新。価格引き下げ競争でライバル紙との競争に勝ち抜き、一大勢力を築き上げた。18世紀以来の英新聞界の伝統的な秩序を破壊し、新時代の経営を取り入れたとも言える。

 その後事業をテレビや映画、コンテンツ作成などに拡大。米国ではFOXテレビを3大ネットワークに匹敵する第4のネットワークに育て、映画では20世紀フォックスを傘下に収めた。また英国では90年代、他社との衛星放送競争を痛み分けの形で生き抜き、BスカイBの39%の株式を把握。アジアでも衛星放送事業を育てている。

 2007年には米国でウォール・ストリート・ジャーナルを抱えるダウ・ジョーンズ社を買収。SNSなどネット事業にも果敢に乗り出し、世界を代表するメディア企業に育てた。本社は豪州から米国に移転、英国は子会社のニューズ・インターナショナルが担当する体制を整えた。マードック氏はメディア王と呼ばれる事がすっかり定着した。

▼ジャーナリズムよりビジネスの論理優先

 ただ、ニューズ発展に対する批判は従来から多い。代表的なのはジャーナリズムの論理からの批判だ。

 英国を代表する高級誌だったタイムズは、マードック氏の買収の後大衆路線辺の転換が進んだ。マードック紙の政治スタンスは保守的でありながら、政治状況に応じて勝ち馬に接近する姿勢が強い。権力へのチェック機能に欠けるとの批判は強い。アジアでの衛星テレビビジネスでは、中国政府への迎合的な姿勢を示した。概して権力を批判するより、権力に取り入る姿勢が強いといわれる。2007年のダウ・ジョーンズ買収の際にも、米国のジャーナリズムにとって打撃になるとの批判が表面化した。

 今回のスキャンダルも、ニューズ・オブ・ザ・ワールド独自の問題というより、ジャーナリズムの論理を軽視するニューズ社の体質に起因するとの指摘もある。

▼問われる20世紀の成功モデル

 ネット革命でここ数年のメディアの変化は著しい。グーグルなどの検索サービスは、既存のメディアから広告を奪い取り、SNSなどの新サービスが急速に発展している。2008-09年には米国や欧州で伝統的な新聞が何紙も廃刊に追い込まれた。

 2010年のウィキリークスによる情報公開は、新時代のメディアの機能に改めて問題を突き付けた。今年に入っての中東での革命は、ネットやSNSのもたらした力を示した。同時に中国での新たなメディア規制など、権力とメディアの関係も変わっている。

 マードック氏のニューズ社は、伝統的秩序の破壊と政治権力との新たな関係構築、ビジネス優先と割りきった新たな経営で、新たなビジネスモデルを示した。それは20世紀末の成功モデルと言えるかもしれない。しかし、今回の事件で状況は一変した。

 事件はニューズ社特有の問題であると同時に、21世紀のメディアのあり方を問う問題でもある。

2011.7.17

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