カテゴリー「安保・紛争」の67件の記事

2018年8月19日 (日)

◆トルコ・ショックが意味するもの 2018.8.19

 米国とトルコの対立を引き金に、トルコ経済の混乱が深まりリラが急落。その影響が世界に波及して新興国経済を揺るがしている。 NATO同盟国だったはずの両国の亀裂は、地域安保や中東情勢も揺さぶる。トルコ・ショックは世界が直面する様々な課題を浮かび上がらせる。

▼深まる対立

 米・トルコの対立がのっぴきならぬ状況になったのは7月末から。その後3週間の経緯は以下の通りだ。

・7月末 トルコが拘束している米牧師の解放を巡る交渉が決裂。
・8月1日  米国が制裁第1弾。トルコの閣僚の資産凍結など。
・4日 トルコが対抗措置。
・6日 トルコ・リラが下落。1ドル=5.2リラ水準に。
・10日 トルコが中期経済計画発表。中身は具体性を欠く。
    リラが一時前日比2割下落(1ドル=6.8リラに)。
    エルドアン大統領が国民にリラ買い支え要求。
    トランプ米大統領が制裁の第2弾(鉄鋼・アルミ関税上乗せ)発表
・13日 リラが一時1ドル=7.2リラまで下落。
    中銀・当局が銀行の準備金引き下げ。先物取引規制強化などの措置
    米がF15の売却禁止
・14日 ラブロフ・ロシア外相がトルコ訪問。
・15日 トルコが報復第2弾を発表。米からの自動車、ウィスキー関税強化など
    カタールがトルコに資金支援(150億ドルの投資) 
    エルドアン大統領が独メルケル首相と電話会談
・16日 エルドアン大統領が仏マクロン大統領と電話会談
    ムニューシン米財務長官が追加制裁示唆
    トルコが拘束していたアムネスティの事務局長、ギリシャ兵士解放
・17日 トルコ裁判所が牧師解放申請改めて却下
    S&P、ムーディーズがトルコ国債格下げ(投機的の中で一段下げ)
・18日 トルコ大型連休入り

 さながら報復が報復を呼ぶチキンレースの様相だ。強烈な個性の2人の指導者の争いは、劇ならば面白い。しかし世界の平和と安定をゆるがすようなら、冷笑しているわけにもいかない。。

▼新興国経済への波及

 トルコ・リラ下落の影響は新興国経済に波及した。主な事例は以下の通りだ。

・アルゼンチン ペソが下落。8月13日に40%→45%に利上げ。
・インドネシア ルピアに下落圧力。8月15日に利上げ。今年4回目。
・インド: ルピーが下落。8月1日に利上げ。

 米国は2017年に3回の英上げを実施した後、2018年も3月。6月に利上げを実施。さらに年内に1-2回の利上げが見込まれる。米利上げ加速の観測を背景に、新興国から資本流出の圧力が強まっている。

 そんな地合いのなかでトルコ・ショックが起きた。影響はまず、経常赤字が多額であるなど経済条件の弱い国を直撃。アルゼンチンやインドネシア、インドの通貨が下落した。

 中国の人民元は、米中貿易戦争激化への懸念もあり下落基調が続いている。世界経済への影響とおいう面では、この動きも不気味だ。

 世界経済はここ数年、3%台の成長を実現。「適温経済」とも呼ばれてきた。このバランスを崩すシナリオとして懸念されてきたひとつが市場の混乱だ。貿易戦争激化による経済減速も懸念される。

 混乱は今のところ、一部新興国に限定されている。しかし、トルコ・ショックは、世界経済がそうしたリスクを抱えている現実を改めて浮かび上がらせた。

▼安全保障への影響

 トルコ・ショックの影響は経済にとどまらない。地域の安全保障や中東の枠組みへの影響も重要だ。

 米トランプ政権が今回、トルコに対して強硬姿勢を崩さないのは、中東戦略全体の一環というより、11月の中間選挙をにらんだ面が大きい。拘束(自宅軟禁)されている牧師は、米福音派。選挙で支援を求めるためには、強い姿勢が必要との判断だ。しかし、その影響は(多分)意図に反して広範囲に拡散する。
 
 2011年のアラブの春以降の中東情勢は複雑に動いた。シリア内戦、「イスラム国」の台頭、イラク戦争後の同国情勢の変化、イラクやシリア、トルコのクルド人の自治拡大の動きなどがあり、それぞれが微妙に川見合う。こうした中で米国はイラクからの戦闘部隊撤退など関与の縮小を進めた。

 トランプ政権の発足後はイスラエル寄りへの傾斜、対イラン強硬姿勢などを鮮明にした。しかし、中東への関与縮小の流れは変わらない。

 トルコとは対「イスラム国」では共闘したが、クルド人への姿勢などでは立場が異にする。ただ米国とトルコがNATO加盟国である事実は重いはずえだ。

 そうした微妙なバランスだったところに、今回の亀裂の表面化。今後の手打ちの行方も見えない。中東情勢は今後どんな方向に転んでもおかしくなく、不確実性は一段と高まった。

▼中ロの中東戦略とトルコ・欧州関係

 行方は読みがたいが、注目すべきポイントはいくつかある。

 一つはロシアや中国だ。ロシアはシリア内戦の仲介などを通じ中東への影響力を拡大する姿勢を見せている。シリア問題ではトルコやイランと一部で協力している。今回もラブロフ外相をトルコに派遣し、米国の姿勢を批判した。トルコに接近する姿勢を隠さない。

 中国は中東各国と経済面でのつながりを強化し、影響力の拡大を狙っている。今後トルコと米国の関係が冷えれば、その隙間を狙いトルコとの関係強化に動くのは自然だ。

 もうひとつは欧州との関係だ。トルコのエルドアン政権が2010年代以降強権色を強めたのに対し、EUは人権侵害を批判。EUとトルコの関係は冷却化した。トルコのEU加盟交渉も完全にストップした。

 しかし2015年の欧州難民危機以降、状況に変化が生じている。EUはこの問題でトルコの協力を仰がざるを得ず、事実2016年に難民問題で合意をまとめた。人権問題などでトルコ批判をしつつ、水面下では手を握る複雑な関係だ。

 今回もメルケル独首相やマクロン仏大統領がエルドアン大統領と電話協議して協力を確認。関係維持の姿勢を見せつける。トルコ側も、スパイ容疑で拘束していたギリシャ兵を解放したり、アムネスティ・インターナショナルの事務局長を釈放するなど欧州への配慮を示した。

 米牧師の釈放という一つの問題から、各方面に展開を見せてる今回の動き。中東情勢、世界経済、難民危機、米国と中ロ、欧州の国際戦略など、大きな課題が複雑に絡み合う構図を示す。

◎ 通貨危機? 牧師の話だったのに
◎ 個性派のケンカといつまで笑えるか

2018.8.19

2018年6月18日 (月)

◆米朝首脳会談と世界 2018.6.17

 トランプ米大統領と金正恩北朝鮮委員長が12日シンガポールで会談した。首脳会談は1950年代の朝鮮戦争以来初めてで、米朝関係は新たなステージに入った。アジア情勢、世界情勢との脈略でどうとらえたらいいのか。

▼歴史的な会談

 米朝首脳会談は、色々な意味で歴史的だった。両国は1950-53年に朝鮮戦争を戦い、戦争は今なお終結してない。現在は休戦状態だ。両国間の国交はなく、米国は北朝鮮をテロ支援国家に指定している。

 1990年代に北朝鮮の核開発問題が浮上して以来、米国は同国に対し「圧力と対話」の政策を繰り返してきた。1990年代の核合意や2000年代の6カ国協議などが行われたが、合意はいずれも一時的な効果に留まり、北朝鮮の核やミサイル開発を阻止できなかった。

 米国が直接対話を避けてきた背景には、北朝鮮の体制がいずれ崩壊するとの判断もあった。今のところそれは外れている。

 今回の首脳会談は、直接対話なき60年以上を経て、初めて実現したもの。世界の関心も大きく、会談内容は一挙手一投足に至るまでテレビ中継された。メディアはほぼ例外なく「歴史的」という表現を使った。

▼非核化など約束、具体性は欠く

 会談後、両首脳は共同声明に署名した。A4で2枚程度にまとまる内容。主な内容は、(1)金委員長は朝鮮半島の非核化を約束、(2)トランプ大統領は北朝鮮の体制保証を約束、(3)4月末の南北朝鮮の板門店宣言を再確認、(4)共同声明の内容実現のため高官の協議を進める、など。

 非核化の具体的な進め方や目標期限、朝鮮戦争の終結宣言などは盛り込まれなかった。また、米国が求めていたCVID(完全かつ検証可能で非可逆的な非核化)は盛り込まれなかった。その意味では共同宣言は総論に留まる。ただ非核化や体制保証などの原則を約束した意味は軽視すべきでない。

▼不透明な今後

 今後の行方には、多くの不透明要素が残る。当面はポンペオ米国務長官と北朝鮮側による高官協議の開催が焦点になるが、その日程は不明だ。

 非核化には技術的に難しい問題が多数残る。トランプ大統領は首脳会談後の記者会見で、完全な非核化には技術的に時間がかかると指摘した。

 北朝鮮はこれまでも、国際公約を反故にする行動を繰り返してきた。今回の共同声明や4月の板門店宣言が順守される保証もない。今回の米朝首脳会議を、米国の圧力をかわず時間稼ぎという見方もある。

 北朝鮮の真意も、米国の真意も本当のところは分からない。今後の協議の過程で予期せぬことが起きるのも自然だ。行方は不透明であることを、まずは基本認識として抑えておくべきだろう。

▼大きな変化

 一方で、過去6カ月にそれまでの予想をはるかに超える大きな変化が起きた事実も重要だ。

 2017年には北朝鮮が断続的に核実験やミサイル発射を実施。米国は周辺海域に空母を派遣し、経済制裁を強化するなど圧力を強めた。事態は一触即発の状況にあった。それが変わったのは、2018年の年初からだ。

 金正恩委員長は年頭所感で、対話路線への転換をにおわせる発言を発信。これに韓国が応じ、南北対話→2月の平昌五輪への北朝鮮参加、南北合同チームの発足へと進んだ。

 それが11年ぶりの南北朝鮮首脳会談開催と初の米朝首脳会談へと結びついた。

 米朝首脳会談には曲折があった。トランプ大統領がいったん中止を表明する場面もあった。しかし、ポンペオ国務長官の秘密訪朝(3月、5月)や、2度目の南北朝鮮首脳会談(5月末)などを通じ、開催にこぎつけた。

 金正恩書記長は3月末と5月上旬の2度にわたり中国を訪問。冷却していた中朝関係を改善した。ロシアとの交渉も進めた。

 それまで動かなかった様々な回線が通じ、朝鮮半島を巡る事態が動き出した。

▼期待と疑問

 首脳会談後の会見でトランプ大統領は、北朝鮮との対話継続中は米韓軍事演習を中止すると表明した。

 北朝鮮は5月、拘束していた米国人3人を解放。首脳会談では、朝鮮戦争時の捕虜や行方不明者の遺体収容を約束した。

 金委員長は会談に先立ち、核実験を今後行わないと表明。北東部の核実験場を破壊した(どこまで本格的に破壊したかは不明)。

 口先だけでない実体を伴った動きがあるのも事実だ。

 北朝鮮の核問題や米朝関係の動向には、改善を期待できる要素と疑わしい動きがある。予断は禁物だ。

▼アジア巡る米中関係

 北朝鮮問題は核兵器が伴うだけに、単独でも重要だ。しかし、アジア情勢全体を見る場合には、米中関係を基本に据えて考えるのが自然だろう。

 第2次大戦後のアジアの秩序は、米国の覇権の下で保たれてきた。ここに中国が挑戦しているというのが、目下の大きな構図だ。

 米国は中国の対米貿易黒字はもちろん、先端技術での追い上げを警戒。米朝首脳会談の3日後の15日には、総額500億ドルという巨額の対中制裁関税発動を発表した。中国はこれに報復関税で応じ、米中貿易戦争の懸念が高まっている。

 安全保障面で、米国は中国の南シナ海での支配領域拡大を様々な手段でけん制しようとしている。さらに中国によるサイバー攻撃などにも対抗策を強化する。

 北朝鮮問題も、背後には米中の対立や関係が絡む。

▼急変する世界情勢

 世界に目を転じれば、米国は5月にイラン核合意から離脱した。同じ核問題で、北朝鮮と対話を進めようとする一方で、イランには強硬策を強めている。イスラエルでは大使館をエルサレムに移転した。こうした米国の新政策が、中東の混乱を深めている。

 北朝鮮核問題は先行き読みにくく、何が起きてもおかしくない。確実なのは、従来にない変化が起きつつあり、しかもそれが国際情勢に波及していく事だ。月並みだが、冷静に見つめていく必要がある。

◎ 首傾げ個性派役者の握手見る
◎ 予期できぬ2人が会って世が動く
◎ アジアの地パイプの修理はやや進む

2016.6.17

2017年12月11日 (月)

◆エルサレム首都承認とトランプ大統領の1年 2017.12.10

 トランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都として承認した。国際社会のコンセンサスに挑戦するかのような決定で、中東情勢を不安定にするとの懸念も強い。ただ、この決定は突然出てきたものではなく、トランプ政権の過去1年弱の政策の延長線上ともいえる。トランプ政権のこれまでを整理してみる。

▼常識を覆す決定

 トランプ大統領が実施した主な政策を並べると以下の通り。移民規制、パリ条約からの脱退などそれまでの常識を覆すような決定が多い。ロシアゲート疑惑や政権の内紛も繰り返す。一方で、トランプ相場の継続など新聞の大見出しにはならない出来事もある。

・2016.1.20 トランプ大統領就任
・1.23 TPP離脱、NAFTA再交渉を表明
・1.25 NYダウが2万ドル突破。トランプ相場
・1.27 イスラム7カ国からの入国禁止令。入国規制問題がこの後争点に。
・3.24 共和党オバマケアの代替案撤回。共和党内の分裂。
・4月  北朝鮮情勢緊迫。朝鮮半島近海に空母派遣。
・5.9  コミーFBI長官を解任。ロシアゲート疑惑深まる。
・5下旬 欧州訪問。NATO首脳会議など。欧州との亀裂が明白に。
・6.1 パリ協定離脱表明 
・7.28 フリーバス首席補佐官解任(後任ケリー氏)。ホワイトハウスの内紛深刻。
・8.12 シャーロッツビル事件。トランプ氏の人種発言に批判。
・8.18 バノン氏解任。
・9月  政権と与党が30年ぶりの現在案を提案。法人税35→20%。議会で法案作成へ。
・10.12 米ユネスコ脱退表明
・11.20 北朝鮮をテロ指定国家再絞め
・12.6 エルサレムをイスラエルの首都として認める。

▼通商2国間、外交は一貫性を欠く

 主だった政策を政策分野ごとに分けてみる。通商政策は選挙戦の公約に挙げられた中国への高率関税などは実現していないが、2国間主義を前面に出す。外交は一貫性を欠き、読みにくい。

(1)移民規制
・就任早々にイスラム圏からの入国制限などを打ち出すが、裁判所の差止めなどで実現は一部のみ。
・Visa波及などは厳格化している。
・メキシコ国境への壁設置は進んでいない。

(2)通商
・TPPからの脱退、NAFTA再交渉を公約通り実現。
・中国やメキシコに対する高率関税の導入は進んでいない。
・多国間→2国間交渉への傾斜を進める。保護主義への懸念は強い。

(3)経済政策
・当選以来のトランプ相場で株高。背景に減税や公共投資への期待がある。
・減税改革案を議会が審議中。法人税35%→20%など。上下院で別々の法案成立、今後調整に。
・大規模なインフラ投資計画は財源問題から進展せず。
・オバマケア改革は共和党内で代替案がまとまらず、棚上げ状態。
・パリ協定から離脱。概して環境よりエネルギー産業重視の政策。

(4)社会政策
・大統領は8月のシャーロッツビル事件で人種主義者に甘い発言。批判を浴びる。

(5)外交
・対中:当面良好。北朝鮮問題で圧力を期待。ただし中国が米要求に応えているとは言い難い。
・対ロ:当初改善模索の動きがあったが、ロシアゲート疑惑もあり進まない。
・対アジア:明確な戦略見えない。
・北朝鮮問題:概して強硬姿勢。具体的な行動は揺れる。
・対欧州:移民規制、通商、環境問題などで亀裂。エルサレム承認では欧州首脳が明確に批判。
・中東:サウジのバックアップ、イラン批判など従来路線を変更。

▼混乱・先行き不透明

 1年近くを経過してなお不明な点が多いが、明確になってきた点を挙げれば、(1)米国第1が基本。世界全体の利益より米国の利益を優先させる場合が多い、(2)オバマ政権の政策否定が基本。それのみならず、既存エスタブリッシュメントが築いたシステムや政策体系を否定しがち、(3)政策が明確でなく、行き当たりばったり、などがあるだろう。

 国内的には、政権基盤は安定せず、連邦政府の人事もまだ空席が多く残る。すでにこれまでに何度も政権内部の権力闘争が表面化し、高官が政権を去った。最近ではティラーソン国務長官の辞任報道が重ねて流れる。

 ロシアゲート事件は、フリン元補佐官の起訴や罪状を認めたことで、12月に入り新たな段階に入った。混乱は収まらない。政権発足以降、一貫して明らかなのは「先行き不透明」という事だ。

▼米国の影響力後退と世界の不安定化

 米国はオバマ政権の時代に、すでに「世界の警察官でない」と明言していた。トランプ政権下でその傾向はさらに強まっている。

 大統領は「米国第一」の公約の下、米国の利益を世界秩序維持に優先させる姿勢を明確にする。米国はこれまで多くの局面で世界のアンカー役を果たしてきた。いまやそれは望むべくもない。

 それどころか、米国自身が世界秩序の破壊者になっている。パリ協定離脱やTPP離脱、事前予告もない移民規制の強化などは、世界を揺るがし混乱をもたらした。

 中東政策の変更は、サウジアラビアの過激な行動を促す結果に繋がった。その影響は、サウジとイランとの緊張拡大やイエメン情勢の悪化、サウジとカタールの対立表面化などに及んだ。これが地域の不安定を増幅させている。

 アジアでは、フィリピンなどが対米不信感を拡大。その間隙をぬうかのように、中国が影響力を広げている。ASEAN諸国は南シナ海の領土問題などを巡り、対中批判を明らかに後退させている。

▼エルサレムの首都承認

 今回、エルサレムをイスラエルの首都として認めた方針転換も、延長線上にある。イスラエル・パレスチナ問題は過去何世紀もの歴史を背景にしたこじれにこじれた案件。エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地であり、その帰属問題は問題の核心の一つだ。

 ちなみにエルサレムにはユダヤ教の聖地の嘆きの壁、キリストが十字架を背負って歩いた悲しみの道(ヴィア・ドロローサ)、イスラム教の聖地岩のドームなどがある。

 国際社会がたどり着いたコンセンサスが、エルサレム問題を当面棚上げし、その帰属は和平交渉の中で解決するという知恵だった。だからこそ世界の各国はエルサレムをイスラエルの首都として認めず、大使館をエルサレムでなくテルアビブに置いてきた。

▼中東・欧州の反発

 トランプ大統領の決定は、こうした過去の経緯をあっさり覆すものだ。ここまでイスラエル寄りの姿勢を明らかにすると、仲介者としても機能しにくくなる。トランプ大統領は中東和平の新アプローチと強調するが、事態はかえって悪い方に動くとの見方が多い

 パレスチナやアラブ諸国は当然反発。激しい抵抗運動を広げている。欧州諸国も英国のメイ首相、ローマ法王などがはっきりと批判した。

 大統領は、落としどころを見据えたうえで新政策を打ち出したのか?そう受け取っている人は極めて少ない。むしろ、ロシア疑惑などで国内基盤が揺らぐ中、中核の支持層を固めるために決断したとの見方が多い。落としどころのない破壊、と言えるかもしれない。

▼新しい現実

 トランプ大統領が当選した2016年11年以降、米国の内向き化、保護主義、世界的な反グローバリズムなどのが繰り返し指摘された。世界は先行き不確実になり、不安定になる、との心配も強まった。それから1年を経過し、そうした懸念の少なくとも一部、現実のものとなっている。

 エルサレム承認問題は、そうした課題や懸念を改めて突き付けた感じだ。それを演じているのはトランプ大統領だ。しかし、同氏を選んだのは米国民である事実もまた重い。

◎ 聖地とも 流血の地とも エルサレム
◎ 「タブーなし」と 責任とらずに 言われても
◎ 法王も 友国も気にせず トランプ流

2017.12.10

2017年4月10日 (月)

◆米国のシリア攻撃が投げかけるもの 2017.4.9

 米国がシリアに対してミサイル攻撃を実施した。シリア政府の化学兵器使用疑惑に、何はともあれ行動することを選択。トランプ大統領は内外に「必要なら行動を取る」というメッセージを発した。ただ、シリア情勢の混迷は一段と拡大する可能性がある。

▼2日間の決断

 攻撃の前段になったのはシリア政府軍による4日の反体制派攻撃。北部の反体制派拠点を空爆した際に、科学兵器を使ったとの疑いが広がった。現地からは、呼吸困難に苦しみながら死を迎える子供らの様子が流れ、世界にショックを与えた。
 
 トランプ大統領がシリア攻撃に踏み切ったのはそのわずか2日後。地中海の駆逐艦から、シリア中部の軍事基地にミサイル59発を発射した。一部は軍事施設を破壊。米国によれば化学兵器の一部を使えなくしたという。

 トランプ大統領はシリアが化学兵器を使用したと断言して攻撃を命令した。ただし、強い疑惑があるとはいえ、シリア政府が化学政府を使った証拠が明らかになったわけではない。国連安保理の決議もなく、米国単独の攻撃だ。

 しかも、米政府高官によれば攻撃を継続する計画を今のところなく、単発にどろまる見通し。大統領の決断には、必要なら行動を取る」とのメッセージを送る示威行為的な側面もあるように見える。

 攻撃の先にシリア和平などのシナリオを描いた、計算ずくの行動とは到底思えない。

▼多くの疑問

 そもそも一連の動きには不明な点が多く残る。シリア政府が化学兵器使用に踏み切ったとすればなぜか。シリア内戦は昨年末に政権側が反体制派の拠点だったアレッポを奪回し、情勢は政権側に傾いている。そんな時に化学兵器を使って、国際社会を敵に回すのは通常考えたら利点がない。

 アサド大統領が米国など国際社会の出方を読み間違えたのか。それとも政権内に対立があるのか。政権側有利に傾いているという分析そのものが、言い過ぎなのか。不明な点は多い。

 米国が軍事的にシリア情勢をどう分析しているのか。「イスラム国」打倒優先の姿勢は、どこまで強いのか。化学兵器の問題がなければロシア主導の和平をかなりのところまで受け入れるつもりだったのか。疑問のオンパレードだ。

▼混迷

 シリア情勢を巡っては、米ロ接近の動きもあった。しかし今回の攻撃で少なくとも一時的な関係悪化が避けられないとの見方が多い。差し当たり利するのは「イスラム国」、などということにならないのか。

 イスラエル、イラン、サウジアラビア、トルコなど周辺国はどう動き、シリア情勢にどう絡んでくるのか。

 確実なのは、シリア情勢の混迷が当面再び増大しそうなこと。そして真相はなかなか明らかになってこないこと、などだろう。

 国連難民高等弁務官事務所によれば、シリアからの難民は2011年の内戦開始から2017年3月30日までに500万人を超えた。国難避難民は630万人と予想される。同国の人口は2000数百万人。内戦による死者は32万人を上回るとされる。

 内戦6年目の現実は重い。そして、子供の被害者の映像や、ミサイル攻撃でもなければ、シリアの悲劇が世界のニュースのヘッドラインにならなくなっているのも、厳しい現実だ。

◎ この地にも国があったか6年前
◎ 半数の民が流民を正視すべし
◎ シナリオがなくても攻撃、いつか見た?

2017.4.9

2016年12月18日 (日)

◆アレッポ陥落が映す新しい現実 2016.12.18

 シリアの反体制派の拠点だったアレッポを、政府軍が制圧した。ロシアやイランの支援を受けた政府軍が、何カ月にも及ぶ包囲の結果拠点を奪い取った格好だ。

▽5年の内戦

 2011年に始まったシリア内戦は、すでに40万人以上が死亡し、人口2200万人のうち1000万以上が家を失った。アサド政権側にはロシアやイラン、反体制派はサウジなど中東諸国や米欧が支援し、代理戦争と化した。そこに過激派の「イスラム国」(IS)が入り込み、秩序は崩壊した。街は破壊され、自爆テロが日常化している。

 アレッポはそうした凄惨な状況を映す象徴。その映像でも世界に伝わり、内戦の様子を世界に伝えた。

▽米欧の影響力崩壊 

 人道的な立場で見れば改めて怒りをふつふつとさせるのみだが、冷徹な国際情勢からも今回の事態を見つめる必要がある。

 アレッポ陥落は、5年続いたシリア内戦でも節目の出来事と位置付けるべきだろう。政府軍の優位が決定的になり、今後はアサド政権側有利で情勢が推移する可能性が大きい。また、今後の和平や調整は、ロシア主導になるとの見方が強い。

 米欧の後退は明白。英Financial Time紙は社説で「アレッポ陥落は米欧の影響力の崩壊を意味する」と指摘したが、的を射た表現だろう。

▽厳しい現実

 そもそもシリア内戦を振り返ると、アサド政権の圧政に反対するのは大義がある。しかし、反体制派は寄り合い所帯で、政権に変わる統治の受け皿になる図式は描けなかった。しかも、反体制派には過激派が紛れ込んでいた。米欧の戦略は、当初から落としどころがないものだったと言われても仕方がない。

 5年の内戦の結果は、少なくとも当面はアサド独裁政権の継続と、中東における米欧の後退。そして国の荒廃。数百万人の難民、ISなど過激派の跋扈などを生んだ。

 トルコやヨルダンなど周辺諸国には、百万人単位で難民が流出する。欧州難民危機が発生し、初めて欧州や先進国が事態の深刻さに、正面から本気で向き合うようになった。

 不条理に溢れ、やりきれない気持ちになる話だ。しかし、これが「新しい現実」だ。

 世界が一方的に悪くなっているなどという気はさらさらない。しかし、世界の一部の地域では情勢は人間としての最低限の生活ができないほど悪化している。アレッポはそんな状況を映している言わざるを得ない。

◎ 人道の言葉が空しいシリアの地
◎ 殺戮の地、米欧の秩序崩れ行く
◎ まず直視 新しく厳しい 新世界

2016.12.18

2016年9月13日 (火)

◆北朝鮮の核実験を見る視点 2016.9.11

 北朝鮮が再び核実験を実施した。国際的な批判を覚悟の強硬な行為だ。同国は核実験に加えミサイル発射、SLBM(潜水艦発射ミサイル)発射などの動きを加速しており、核兵器の実戦配備にまた一歩近づいたとの見方が多い。

▼核実験とミサイル発射

 北朝鮮の強硬姿勢は、2011年末に金正恩氏が最高指導者の地位を継承してから一段と強まっている。核実験は2013年2月、2016年1月に実施しており、金正恩体制下では今回が3回目。中距離ミサイルの「ノドン」「ムスダム」などの発射も繰り返している。米国や国際社会に対する挑発的な発言もしばしばだ。

 北朝鮮の強硬姿勢の理由としては、米国を2国間対話に引き出す狙い、国内体制の引き締め狙いなど様々な見方が指摘される。「瀬戸際外交」の一環として捉えるのも一つの見方だ。

▼国際社会の効果は限定的

 北朝鮮の動きに対し、国際社会は国連安保理などで非難する一方、経済制裁などを課してきた。しかし、決定的な効果が出ているとは言い難い。かつて北朝鮮の核問題の対話の場だった6カ国協議も休眠状態に入ったままだ。

 今回の実験に対しても、国際社会は北朝鮮を強く批判した。国連は北朝鮮非難の報道声明(Press Statement)を出し、安保理で追加制裁などを協議している。東アジア首脳会議も北朝鮮非難の声明を出した。米国、日本、韓国などは独自の追加制裁も検討する。

 軍事面での対抗策もある。米日韓はミサイル防衛網などの協議を続ける。米国と韓国は共同演習など軍事協力を強める。

▼繰り返される動き

 こうした動きは、北朝鮮が核実験やミサイル発射を行うたびに繰り返されてきた。こうしたオーソドックスな対応は、もちろん重要だ。しかし、効果が限定的であることも直視する必要がある。

 国際世論(特に日本)では「北朝鮮ケシカラン」論が高まるのも繰り返されてきたことだ。ただし、感情的に北朝鮮批判の声を高めるだけで問題が解決しないのも言うまでもない。

▼問題を眺める視点

 問題を取り巻く状況を、いま一度レビューしてみたい。不確定要因は多いが、次のような視点が欠かせないように見える。

 第1に、北朝鮮が「核を使える状況」に一歩一歩近づいているという事実だ。
 ただし、仮に実戦配備しても、米国の核戦力とは比較にならない。北朝鮮が仮に核を使用することがあれば、報復を受けて北朝鮮の体制が直ちに崩壊する。そのことは自明に理として、北朝鮮の指導部にも理解されている。

 第2に、「外交と軍事」「対話と圧力」がやはり対応の基本になるという視点だ。

 第3に米国は依然最大の影響力を保持しているが、同国の指導力は低下しているという事実。

 第4に、この問題ではやはり中国の影響力が重要、という視点だ。
 一時に比べ、北朝鮮に対する中国の影響力は小さくなっていると指摘される。それでも、北朝鮮が経済的に中国に依存しているのは否定できないし、北朝鮮に対し最も圧力をかけられる国は中国だ。

 第5に、北朝鮮の意思決定のプロセスが不透明であるという事実だ。
 同国の動きは金正恩第一書記の意向に左右されるが、第一書記がどんな判断に基づき、どんな狙いで決定しているかは不明だ。国際社会は、北朝鮮問題の「不透明性」「不確実性」と付き合っていかなければならない。

▼世界にとってのリスク

 世界にとっての「リスク」の観点から、この問題を見るのも重要だ。

 「北朝鮮崩壊のリスク」は抑止的される。経済制裁などであまり同国を追い込みすぎると、国家崩壊につながるという見方だ。それは周辺国への難民流出など次の問題を引き起こしかねない。

 「核拡散リスク」も軽視すべきではない。世界にはイスラム過激派などのテロ集団も拡散している。核テロを含めた核拡散は、世界に確率は小さくても極めて影響が大きいリスクだ。

 騒ぐのでなく、問題を正面から見つめることが重要だ。

2016.9.11

2016年7月19日 (火)

◆トルコ・クーデター未遂の影響 2016.7.17

 トルコでクーデター未遂が発生した。軍の一部による動きは、1日あまりで鎮圧。その後政権は、兵士のみならず反体制派6000人余りを拘束した。エルドアン大統領はここ数年、強権的な姿勢を強化しているが、事件を機に一層強まる可能性がある。

▽1日で鎮圧

 クーデター未遂の真相はいまだ不明だが、軍の一部が政権に対し不満を持ち行動を起こしたのは間違いない。クーデター派はHPで、大統領の強権政治を批判した。

 クーデター派はイスタンブールとアンカラの主要地点を占拠し、国営放送を把握した。これに対しエルドアン大統領は、休暇先からスマホの動画を通じて国民にクーデターに対抗するように呼びかけ、大統領支持派がそれに従った。結果、クーデターの試みは短時間で失敗した。

▽反体制派を拘束

 事件後、大統領は兵士3000人余りに加え、反体制派の裁判官などを含め合計6000人を拘束。さらに事件の背景に、もともと大統領支持だったがその後決裂したイスラム運動の「ギュレン運動」があると主張し、米国に滞在する指導者ギュレン師の引き渡しを要求した。

 反体制メディアの閉鎖などにも動いている。事件を機に、大統領は基盤をさらに強化しようとしているように見える。

▽強権職
 
 エルドアン大統領は2003年に首相に就任。もともと強い指導力で経済成長を率いてきたが、ここ数年は強権的な姿勢を強めている。

 2013年にはイスタンブールの都市開発計画に端を発する反政府運動を武力で鎮圧(その結果、2020年の五輪誘致は失敗)。エルドアン支持から対立するようになったギュレン運動を批判し、反体制の政治家やメディアに弾圧を加えている。2014年に大統領に就任した。

 クルド労働者党に対しては対話路線から対決に転じ、2015年には戦闘が再開。大統領権限を強める憲法改正を目指し、元朋友のギュル元大統領らとも袂を分かった。今年5月には改憲に新潮だったダウトオール前首相を事実上解任した。

▽テロや難民の課題

 もちろん、エルドアン氏が強権的な姿勢を強めているのには事情もある。

 トルコ周辺ではシリア内戦が都築「イスラム国」(IS)が勢力を拡大。ISやクルド人過激派によるテロが頻発している。シリアからは大量の難民が流入し、その数は250万人を超える。

 こうした危機に対応するためには、強い指導力が欠かせない。

▽地域安定の要

 欧州や米国も、エルドアン氏の強権姿勢は批判しつつも、同氏の力に頼らざるを得ないのが現実だ。

 トルコは人口約7500万人の地域大国。NATO加盟国で兵力は50万人を超え、米欧を中心とした安全保障体制には欠かせない。エルドアン体制になってからイスラムの色彩が強まったとはいえ、周辺国に比べれば世俗主義・民主主義の伝統もある。対ISの空爆でも協力は欠かせない。

 欧州にとっては、難民問題でトルコとの協力関係は死活問題だ。欧州には昨年、シリアなどから120万人の難民が流れ込んだ。多くがトルコ経由だった。

 今年に入り、トルコに対する支援拡大と引き換えに難民管理の強化を求めることで合意。結果、流入数は減少している。エルドアン政権は、安全保障上からも難民問題の観点からも欠かせない状況だ。

▽究極のジレンマ

 エルドアン政権支持は、強権政治を黙認することにもなりかねない。しかし、中東の混乱や難民問題に対応するため、他の選択肢もなかなか見つからない。究極のジレンマともいうべき状況だ。それが世界の現実といえばそれまでだが、欧米が主導してきた民主主義の足元を揺るがす危機であるともいえる。

2016.7.17

2016年5月30日 (月)

◆オバマ氏広島訪問の意味 2016.5.29

 オバマ米大統領が広島を訪問した。原爆投下から71年。米大統領の被爆地訪問は始めてだ。

▼17分の演説

 大統領はまず原爆資料館を約10分訪問。原爆記念碑に献花し、その後17分演説した。

 演説は原爆の悲惨さについて改めて指摘するとともに、被爆者(日本人、朝鮮半島出身者、米国人捕虜)への哀悼の意を表した。被爆者は英語の表現ではなく、Hibakushaの言葉を使った。

 演説は人類の歴史を振り返りっても紛争が絶えなかった事実や、現在の世界がテロや抑圧に直面するなど厳しい現実を指摘。「核なき世界」が非常に難しい課題である認識を改めて示した。

 その上で、戦争が起き難い世界をつくる努力を強調。核保有国は核兵器のない世界を目指す勇気を持たなければならないと述べた。

 演説は現実を踏まえながらと理想主義を掲げ、歴史や哲学も踏まえた格調高いものだった。
 
 ちなみに原爆投下への謝罪はなかった。米国内には原爆投下が戦争被害を最小限に食い止めたと正当化する意見が現在も根強い。

 
▼抱擁の映像

 映像は印象的なものが残った。原爆ドームを背景に演説する米大統領の構図は、絵になった。被爆者と抱擁する写真は、ロイターなど通信社電を通じて世界に流れ、世界のメディアが繰り返し使った。

 きのこ雲、原爆ドームに比べるべくはないが、それに続く原爆関係の映像の記録に加わることは間違いない。

 広島と原爆関係のイメージが、今回の訪問を通じ改めて世界に広がったのは間違いない。

▼分かれる反応

 世界の反応は様々だ。訪問を評価する声は、欧米のメディアなどを中心に多い。一方で、オバマ政権下での核軍縮が進まなかった事実を指摘しつつ「核なき世界」が上滑りであるという批判もある。

 オバマ大統領が「核なき世界」を唱えた2009年のプラハ演説の後、世界の核情勢はむしろ悪化したとの見方もある。米ロの核軍縮の遅れに加え、テロリストなどへの核拡散の懸念が拡大し、北朝鮮は核実験を繰り返した(一方でイラン核問題の合意などもある)。広島訪問は、核管理にとってむしろマイナスとの指摘も米保守派などの間にある。

 ただ、いずれの立場も訪問が「歴史的」との認識では一致する。英FT紙は"Obama makes a hitoric visit to Hiroshima"と報じたが、シンプルかつ共通認識を示したものだろう。

 今回のオバマ演説の中からどの言葉が抜き出され、語り継がれるものになるか(あるいはならないか)は不明だ。メッセージがどう育つかは、もちろん今後の世界情勢の展開による。

 広島のドーム背後に理想問う
 原爆の年表に張る抱擁図
 HIBAKUSHAが世界語になる五月の夕

2016.5.28

 

2016年4月 3日 (日)

◆核安保サミットと核テロ懸念の時代 2016.4.3

 核安保サミットが開催された。オバマ米大統領が提唱し、2010年から2年ごとに開かれていた会議。今回は4回目で、最終回になる可能性が大きい。会議からは、世界の「核」を巡る現状がうかがえた。

▼核テロの懸念

 最大の問題は核テロ。先の「イスラム国」(IS)によるベルギーでのテロの際にも、原子力発電所襲撃や核物質奪取の計画があったと報道される。過激派による核テロは、絵空事ではない時代になっている。

 仮にそんな事態が発生すれば、大都市での核兵器使用→膨大な被害は避けれれない。それは、現代社会の秩序と仕組みそのものを変える可能性がある。一国の行方どころか、地球の将来を変える(地獄図にする)懸念がある。

 首脳会議は核物質の管理を国家の責任とし、その管理体制強化を訴えた。それは、当然必要な事だ。しかし、「これだ」という決め手があるわけではなく、むしろ、問題の「深刻さ」が印象付けられた。

▼核軍縮停滞

 第2の問題は、核軍縮と核不拡散が進まない現状である。核安保サミットはオバマ大統領の「核なき世界を目指す」というプラハ演説の延長として始まった。当初、米ロの核軍縮は進んでいた。

 しかし、ウクライナ危機を巡り米欧とロシアの対立は深刻化。軍縮の勢いはそがれ、むしろロシアは核強化を否定しない姿勢に転じている。プーチン大統領は今回の首脳会議を欠席した。

 北朝鮮による核実験の継続など、核不拡散の流れにも水を差す動きが相次ぐ。

▼トランプ氏の影

 オバマ大統領の記者会見で、質問は核問題より米大統領選に集中した。その大統領選予備選で共和党のトップに立つトランプ氏は、日本や韓国の核武装を容認する発言を繰り返す。明らかに「核なき世界」とは逆の方向だ。

 核安保サミットの始動以降、2015年のイランの核合意など前進もあった。しかし、そもそも核問題は一筋縄ではない問題であり、上手くいかない事が多いのは自然だ。「できなかった事」ばかりに焦点を当てるのはfairではない。

▼不安な構造

 それでも、「核テロの脅威」は重い。問題は地球の将来を左右する。

 今世紀に入り(2001年の9.11が一つの分岐点)、世界の安全保障はテロ戦争や非対称戦争、サイバー攻撃など伝統的なパラダイムとは異なる新たな時代に入った。しかし、核管理は冷戦時代のNPT体制の延長線上にある。「不安な構造」が続く所以だ。

 それに代わる体制作りが容易でないのも事実である。絶え間ない細心の注意が必要になっているのだけは間違いない。

2016.4.3

2016年3月27日 (日)

◆ベルギー・テロをどう考えるべきか 2016.3.27

 ベルギーのブリュッセルで22日、空港と地下鉄で連続テロが発生。30人以上が死亡し、数百人が負傷した。「イスラム国」(IS)が犯行声明を出した。昨年11月のパリ同時テロなどに続く事件で、両事件の犯人は結びついていた。

 事件は世界が常にテロの脅威に直面する時代にあることを改めて突きつけた。難民問題と共に、欧州社会と世界のあり方を揺るがしている。

▼「欧州の首都」でのテロ

 テロが起きたのはブリュッセル郊外の国際空港と、市中心部のEU機関が集まる地域にある地下鉄マルベーク駅。いずれも自爆テロで激しい爆発が起きた。実行犯はベルギー人の兄弟らで、3人が死亡。1人以上が逃走中とされる。

 ベルギー捜査当局はその後、事件に関わった容疑で数人を拘束した。ブリュッセルは戒厳下に置かれ、空港は未だ閉鎖されたままだ。

 ブリュッセルには北アフリカや中東出身者が多く、欧州におけるイスラム過激派の拠点になっていた。さらに同市は、EUやANTO本部のある「欧州の首都」。欧米を敵視するISにとっては、ここでのテロが存在感をPRする絶好の機会にもなる。

▼テロのネットワーク

 ISによるエロは、昨年1月のパリの新聞社など襲撃テロ、11月のパリで同時テロ、更にはトルコや北アフリカなど各地のテロに続くもの。今回の実行犯も、パリのテロを起こしたグループとつながりを待っていたことが判明した。

 犯人が欧州各国を動き回っていたことも分かった。「危険人物」との情報があったにもかかわらず放置したケースがあったことも判明した。各国間の捜査での連携が悪かったことが、改めて指摘された。

▼EUの対応、即効薬はなし

 テロを受けてEUはさっそく内相会議などを開き、対応を協議した。各国は国境管理強化、各国間の捜査協力などで一致した。しかし、即効性があるかとなると疑問符が付く。

 欧州内にはISなどの影響を受けたテロリストの予備軍が数千人いると推定される。そのすべてを炙り出し、捜査するのは不可能だ。決め手に欠ける。

▼いま認識すべきこと

 以上の点は新聞・テレビなどでも報道されている。ここではもう一度論点を整理してみたい。まず、今回のテロを踏まえて改めて認識すべき事実である。以下のような点がある。

(1)2001年の9.11以降、世界は「テロとの戦争」の時代に入った。それは従来の戦争とは違う「非対称戦争」ととらえるべきである。
(2)テロの背景には貧富の格差の拡大がある。また、キリスト教対イスラム教のような「文面の衝突」の可能性からも目を逸らせない。
(3)テロ防止には当面抜本解決はない。長期戦であることを覚悟すべきである。
(4)世界の在り方や安全保障、テロを考える際に、ネット・ICTの影響は欠かせない。
(5)欧州や世界各国で、内向き志向やポピュリズムが強まっている。背景にはテロ・リスク拡大のほか、や民問題や経済低迷などがある。

▼テロの当面の影響

(1) 欧州では域内国境の管理が復活し強化された。結果、EU統合の基本理念である自由移動が妨げられているが、安全対策を優先させている。
(2) 欧州の国境管理の強化は経済的にはマイナスの影響を及ぼす。しかし今は、それを甘受せざるを得ない。
(3) 欧米はトルコやロシアとの関係改善に動いている。両国は強権的姿勢を強めている。しかし欧米は、結果的に人権や民主主義などより、テロや難民対策を優先させる対応をとっている。
(4) 短期的には「イスラム国」空爆などハード面での対応にも力を入れざるを得ない。それは、目先の効果だけに限ればある程度の成果を生んでいる。

▼中長期的な視点

(1) 冷戦後の世界秩序形成の一つのモデルがEU統合だった。25年を経過し、EU統合もモデルチェンジ(バージョンアップ)が必要な時期に来ている。
(2) 欧州の在り方に関しては、英国のEU離脱を問う国民投票の影響は大きい。
(3) 中長期的には格差是正、教育などが重要であることはよく指摘される通りである。ただし、具体的見取図はなく、中長期的対応につながる短期の対応も見えない。どれだけ当てにできるかは不透明である。
(4) 中東諸国の指導者のほか、イスラム教指導者協力も(もし可能なら)重要だ。しかし、実現性となると覚束ない。
(5) ITを使った人々の行動の管理や安全保障強化も重要な要素になる。たとえば情報当局による活動だ。ウィキリークスやスノーデン事件で明らかになったように、こうした活動は幅広く行われている。極論としては、ICチップの埋め込みなど考えている人もいる。ただし、こうした議論は表に出て来なく、効果等も分からない。プライバシー保護との関係や行動の自由など、さらに大きな問題にも関連する。
(6) 世界にとって最悪の一つは、テロリストの手に核兵器が渡ることである。この問題も表での議論は少ない。

▼終わりなき戦い

 パリは未だに非常事態下にあり、ブリュッセルも厳重警戒下にある。空港は29日まで閉鎖され、地下鉄の駅も4割が閉鎖したまま。世界ではこうした状態は珍しくない時代になった。
 
 今回のテロが投げかけた問題は、パリ同時テロが投げかけた問いと大きく変わらない。9.11後、米大統領をはじめとする世界の指導者たちの繰り返し「テロとの戦いは長いものになる」と述べた。言葉の重みを改めて実感する。

 終わりなき戦いとなりて15年
 ベルギーの流血 問いはただ重い

2016.3.27

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