カテゴリー「中南米」の6件の記事

2018年4月23日 (月)

◆キューバ指導者交代と同国が問うもの 2018.4.22

 キューバのラウル・カストロ国家評議会議長が引退。新指導者にディアスカネル氏が選ばれた。ラウル氏は兄のフィデル・カストロ氏やチェ・ゲバラ氏とともに1959年のキューバ革命を主導した人々の1人。一方ディアスカネル氏は革命後の生まれ。革命世代→革命後世代へのバトンタッチになる。

 指導者交代を機にキューバに注目すると、日本や米国経由の情報は限定的で偏っていることに改めて気付く。

▼反米・米国追従でない60年

 米国の裏庭といわれる中南米(西半球)で、同国は革命以来約60年に独自の国づくりを進め、反米あるいは米国に追従しない立場を取ってきた。中南米にはキューバ以外にも反米政権が成立したが、崩壊したり(チリのアジェンデ政権など)、経済困難に陥った(ベネズエラなど)ケースが多い。これに対しキューバは、問題を抱えながらも国の安定を維持してきた。

 冷戦時代は東側に組みし、1963年には米ロ核戦争の直前に至るキューバ危機の舞台になった。社会主義的な政策は経済停滞を招く一方、医療費の無償かなど国民の生活に役立つ内容も多い。

 冷戦終了後は米国との関係改善などに動き、オバマ米大統領時代の2015年には54年ぶりに国交を回復した。しかし米国はトランプ米大統領時代になり政策を転換。対キューバ強硬色を強め、行方は波乱含みだ。

 ちなみに経済はサトウキビなどの農業、観光などの比重が高い。1人当たりのGDPは7500ドル前後だ。

▼社会主義体制維持の今後

 ディアスカネル氏は米国との関係改善や経済改革を訴えながら、社会主義体制の維持を強調した。対米追従でも昔の社会市議でもない、どんな路線を打ち出していくか。注目だ。

 世界で抱かれるキューバのイメージと言えば、革命とゲバラ、カストロ、野球、観光地(カリブの真珠)、陽気な人々、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ、さとうきびなどだろうか。情報が限定的なことにも改めて気付く。

 米国はトランプ時代に入って自国優先を強め、世界の警察官の役割を縮小している。米欧を先頭にした発展モデルでは、世界を語り尽くせない。各国の独自の発展やユニークな試みから学ぶべき点も多い。キューバを行方はそうした視点からも要注目、と改めて感じる。

◎ 世代超えカリスマいまだ地に落ちず
◎ 米州で非米を問うて60年
◎ 大国の圧力かわす意地と知恵

2018.4.22

2017年8月 9日 (水)

◆ベネズエラ混乱の読み方 2017.8.6

 ベネズエラでマドゥロ大統領の政権が制憲議会(議会とは別)の選挙を強行。与党の与党統一社会党が全議席を獲得した。大統領は制憲議会開催→憲法改正→任期延長・長期政権を目指す構え。野党は反対運動を展開。欧米などは制憲議会選を独裁的と批判し、対ベネズエラ制裁強化に動く。混乱の拡大は必至だ。ベネズエラ情勢をどう見ればいいのか。

▼選挙を強行

 制憲議会選実施はマドゥロ大統領が5月1日に発表した。

 ベネズエラは2015年12月の総選挙で与党が敗北。議会で多数を占めた野党と大統領が激しく対立した。今回の動きの前段として、2017年3月には大統領派の最高裁が議会の立法権を剥奪。国際社会の批判を浴びて撤回した経緯がある。

 制憲議会選実施に野党は激しく反発。選挙をボイコットした。欧米など国際社会の多くも選挙を批判した。しかし、マドゥロ大統領は選挙を強行した。

▼政治混乱拡大

 野党がボイコットしたため、与党が545の全議席を獲得した。投票率は42%、人口約3000万人のうち800万人が投票したという。マドゥロ大統領は直ちに勝利を宣言した。ただし不正があったという指摘が野党や国際社会から出ている。

 制憲議会は4日に始動。国会を廃止し、新憲法制定に動く見通しだ。マドゥロ大統領の任期は2019年までだが、憲法改正すれば長期政権が可能になる。

 野党は制憲議会を認めず、徹底構成の姿勢を崩していない。全国的に抗議活動が拡大し、死者も多数出ている。混乱は加速する。

 欧米など国際社会の多くは大統領の動きを批判。制裁強化などに動いている。ただ、ロシアや中国などは政権への理解を示し、必ずしも一枚岩ではない。

▼国を2分

 ベネズエラの現在の政治対立は、1999年のチャベス政権成立にさかのぼる。同国は石油資源に恵まれながら、富を一部の富裕層や米国資本が独占。貧富の格差が大きかった。チャベス氏は貧民救済と反米を前面にカリスマ性を発揮。反対派に対しては強権的な姿勢で臨み、独裁的な体制を築いた。2013年3月に死亡するまで大統領を続けた。

 同氏の後継者としてチャベス路線を継承したのがマドィロ大統領だ。基本的な姿勢は反米・貧民救済・社会主義的な姿勢だ。

 これに対し野党は経済改革を重視。米国との関係改善など国際協調を打ち出して対立した。

 同国社会はチャベス派と反チャベス派に二分され、混乱は加速度的に拡大している。米国など他の国でも社会の分断が指摘されるが、ベネズエラの程度はその比ではない。
 
▼壊滅的な経済
 
 経済は壊滅的だ。原油価格の低迷もあり、同国経済は2015年以降大幅なマイナス成長に陥った。2016、2017年は2桁のマイナス成長の見通し(統計の正確さも疑問だが)。

 インフレ率は500%に達し、1000%に跳ね上がるとの見方もある。通貨ボリバルは大幅に下落。経済悪化で国債や国営石油会社の債権のデフォルトの懸念が膨らんでいる。

▼崩壊に向かう社会

 社会の混乱は深刻だ。治安が悪化する中、犯罪率は急上昇。殺人率は人口数千万人以上の大国では世界最悪だ。年間の殺人件数は推定3万件以上。人口が3分の2ほどのシリア(約2000万人)の民間人の殺害数(年間1.5万人程度)よりも多い、という見方もできる。

 食料不足から食料不足から飢餓に直面する人も増えている。動物園ではライオンなどに十分にえさを与えることができず、がりがりに痩せた映像が流れている。

 同国からの難民も増加。コロンビアにはすでに15万人以上が流出した。ブラジルなど他の国にも難民流出が続く。医師など専門家は、すでに多くの人が同国に見切りをつけて脱出した。

 このまま政治的な対立が進み、混乱がさらに拡大すれば行きつくところまで行ってしまうリスクもある。社会自体お崩壊の危機、国の失敗国家化も切実な問題として迫っている。
 
▼根深い歴史的・構造的問題 

 それにしても、なぜこんな状況になってしまったのか。

 背景には植民地時代からの支配体制、大土地所有、第2次大戦後の米国支配、膨大な貧富の格差、民主主義の未発達など歴史的・構造的な問題がある(この辺は、中南米職に共通する)。

 ベネズエラは世界有数の産油国で、埋蔵量は世界トップクラス。石油ブームの2014年まではその恩恵にあずかり、経済改革も遅れた。原油価格下落で、そのツケが一気に表面化した。

 チャベス氏-マドゥロ氏と続く現在の政権は、基本的に革命政権だ。革命政権であれば、既存の秩序にはとらわれない。政治・社会的な課題も「革命の貫徹」で解決しようというのだから、既存の法秩序を重視しないのもおかしくない。欧米など先進民主国と同じ尺度では、同国の動きは理解できない。

 常識的にマドィロ氏の狙いが成功しそうには見えない。混乱がさらに拡大し、社会が揺らぐリスクは大きい。

 ベネズエラをはじめとする中南米には、現代の世界が抱える問題が凝縮されて表れている面もある。根の深い問題だ。

◎ 3年前、国も石油もあったのに
◎ 革命の理想の後の生地獄
◎ 世界(よ)はデフレ随所に4桁インフレぞ

2017.8.6

2016年10月11日 (火)

◆コロンビア和平の否決とノーベル賞 2016.10.9

 半世紀続いた内戦に終止符を打つと期待されたコロンビアの和平案が、国民投票で否決された。その数日後、ノルウェーのノーベル委員会は和平を推進したサントス大統領にノーベル平和賞の授与を発表した。

▽寛容より罪の責任

 コロンビア内戦の和平交渉がようやくまとまったのが8月末。1960年代から続いた政府と左翼ゲリラの内戦は、麻薬栽培のマフィアなども加わり泥沼化。22万人の死者が出たといわれる。半世紀の争いを経て、ようやく戦いが止まると思われた。

 それから1か月あまり、10月2日投票の国民投票は僅差で和平案を否決した。国際社会は、ローマ法王も含めて和平案への賛成を求めた。しかし結果は逆。英国のEU離脱を問う国民投票で、国際社会の希望とは逆に離脱になったのと似ている。

 和平案は、誘拐や殺人を行ったゲリラでも重く罪を問われない可能性がある内容を含む。合意のために妥協が必要だった。これに家族を殺害された人などが反発した。

 和平案反対の先頭には、2000年代に大統領を務めたウリベ氏が立った。「寛容」より、過去の罪の責任を求める姿勢だ。

▽憎しみの内戦、半世紀

 元々内戦の始まりは、格差拡大に対する貧しい人たちの不満がきっかけで、政策面での大義もあった。しかし、途中から麻薬栽培のマフィアなども参加。ゲリラの手法も、誘拐や殺人など通常の戦争の範疇を超えたものになった。半世紀の間に、争いは憎しみが憎しみを生む仁義なき戦いに陥った面がある。

 和平を巡っては、法治など統治の大原則をどこまで守るのか、妥協してでも戦闘の中止を優先するかなど様々な考え方が交錯した。過去の罪をどこまで問うのか、許すのかなど、問題は理屈だけでは割り切れない面を持つ。

 内戦には米CIAや旧ソ連、キューバなども様々な形でかかわったとされる。事実関係も確認されていない面が多々ある。そうした中で、サントス大統領は和平を追求し、左翼ゲリラFARCのロントニョ司令官と和平案に合意した。国際社会ではノルウェーやキューバなどが協力した。

 しかし国民は10月2日、そうした和平案を否定した。

▽ノーベル委員会「和平を促したい」

 国民投票から5日後、ノルウェーのノーベル委員会はサントス大統領にノーベル平和賞を授与すると発表した。国民投票の結果が出た直後だけに、欧米メディアなどは意外感をもって受け止めた。委員会は、「すべての関係者に和平を促したい」という趣旨の声明を出している。

 大統領は反対派のウリベ前大統領などと協議を開始。合意内容の若干の修正などで和平実現を目指す。大統領は2018年の任期切れまで和平に向けた努力を捨てないと強調する。

▽中南米的混沌

 米国の裏庭だった中南米は第2次大戦後、軍事独裁政権、左翼ゲリラの活動、クーデターなど政治的な動乱が続いた。背景は不明な事も多く、外から見て「不条理」ともいえる動きは少なくない。「いかにも中南米的な」と一言で片づけるのが適切でないことはもちろんだが、独自の政治・社会風土を感じることは否定できない。

 コロンビアといえば、人口は4700万人とアルゼンチンより多く南米で第2位。そしてガルシア・マルケスを生んだ国だ。

 今回の動きは確認できていない事柄も多いが、世界にとって重要なメッセージを提供するのは間違いない。「何も知らない」と虚心でニュースを受け止めた方が理解できるかもしれない。

◎ 憎しみが理性凌いで半世紀
◎ 「よいこと」に民意の反乱この地でも 
◎ マルケスの混沌書中にとどめたし

2016.10.9

2013年3月17日 (日)

◆ローマ法王情報メモ 2013.3.17

 新しいローマ法王に13日アルゼンチン出身のフランシスコ1世が選ばれた。前法王ベネディクト16世の存命中の退位が異例(約600年ぶり)なら、新法王が米州出身、イエズス会出身なのも初めてだ。

 法王やカトリック教会を巡る問題は奥が深く、世俗的な視点からだけの表面的な分析はかえって本質を見誤らせる恐れがある。それでも今回の一連の動きからは、ローマ教皇やカトリック教会を巡る情勢変化や課題が見えてくる。情報を整理する。

▽新旧法王

 前法王ベネディクト16世(85)は265代目。ヨハネ・パウロ2世の死去を受けて2005年に就任した。独出身の法王は950年ぶり。今年2月に高齢を理由に辞任を表明し28日退位した。法王の存命中の退位は1415年のグレゴリオ12世以来約600年ぶり。

 新法王となったフランシスコ1世(76)は266代目。本名ホルへ・マリオ・ベルゴリオ氏で、ブエノスアイレス大司教を務めていた。両親はイタリア移民。大学で化学を学び、イエズス会に入会して聖職の道に入った。米州出身の法王は初めてで、イエズス会出身の法王も初。欧州出資以外は1300年ぶりという。

▽コンクラーベ

 新法王を選出するコンクラーベ(法王選出選挙)には80歳未満の枢機卿115人が参加。無記名投票で3分の2の表を集めると決まる。ただし、特定期間を過ぎた後には上位2人の決選投票などに切り替える。20世紀に置きなわれたコンクラーベは8回。2-3日で決まることが多かった。

▽信者数

 新法王の選出は、カトリック教会を取り巻く環境変化を抜きには語れない。全世界のカトリック信者12億人の地域的分布は、中南米が最大で4.8億人。次いで欧州の2.8億人、アフリカ2億人弱、アジア1.5億人、北米1億人弱などと続く。中南米は最大の信者を抱えるだけでなく、その伸び率も高い。

▽保守とリベラルの対立

 カトリック教会内部では、キリスト教の原理を忠実に追及すべきだとする保守派と、現代社会に即した行動を主張するリベラル派が対立してきた。1960-70年代には中南米で実践を前面に出した解放の神学が広がった(教会との関係は単純ではないが)。近年においても、保守対リベラルの対立は重要な問題点になっている。

▽他宗教との和解

 ヨハネ・パウロ2世(1978-2005年)時代から他宗教との対話・和解を推進した。同法王は就任後、プロテスタント諸会派との会合や東方正教会をの和解を推進。ユダヤ教のシナゴークも訪問した。2000年にはエルサレムを訪問し、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の和解に向けた姿勢を示した。こうした動きは他宗教・宗派からも一定の評価を受け、距離が縮まった。

 ベネディクト16世も和解を目指したが、2006年にイスラム教のジハードを批判する(と受け止められる)発言をし、イスラム諸国の反発を招いた。この影響もあり、イスラムとの対話促進は進まなかった。

▽スキャンダル

 カトリック教会内の権力闘争やスキャンダルはしばし表面化している。

 最近のスキャンダルで注目されるのは、カトリック聖職者による幼児の性的虐待スキャンダル。アイルランドやドイツ、米国などで表面化した。教官の威信を揺るがした。

 2012年には強硬あての告発文書がリークされる事件(バチリークス・スキャンダル)が発生。バチカン内の権力闘争を垣間見させた。

▽黒いカネ

 中でも深刻なのは、黒い資金を巡る問題。バチカンとカネの問題は古くから指摘され、1982年代にはバチカンの資金管理を行うアンブロシアーノ銀行の頭取がロンドン・テムズ川のブラックフレイアーズ橋で首吊り死体で発見される事件があり、世界の注目を浴びた。ヨハネ・パウロ2世時代にバチカンの資金がポーランドの連帯支援などに流れていたという疑惑もある。

 その後もマネーロンダリングの疑惑は消えず、近年は米国などが名指しで批判。海外銀行もバチカンとのATM取引を中止するなど問題が広がった。前法王に対しては、こうした問題に十分対処できていないなどの批判も出ていた。

▽海外メディアのコメント

 海外有力メディアのコメントは様々だ。

 新法王への期待はもちろん大きい。新法王の名前の元となった聖フランシスコは、貧しい人々を助け平和を愛した聖人。BBCはPope Francis wants "poor church for the poor"(新法王は貧しい人のための貧しい教会を望む)と評価した。

 NYタイムズは"With Blessing, Pope Shows an Openness to Other Faiths"(他の信念に寛容差を見せた)と他宗教との和解などに期待を示した。

 一方で、教会の改革は容易でないとの認識もうかがわせる。英FTは”A Pope in scandals to lead the Church"という社説で、New way pope faces old forces (新しいやり方を目指す法王は旧勢力と直面する)と指摘。貧困対策などに取り組むことが、スキャンダルに焦点が当たる現状の打開につながるとの見方を示した。

 英Economistは”Rejigging the colleage of cardinals, a thirs of whome are Italian、should be a priority"(枢機卿の改革が優先課題であるべき)と指摘した。

 問題の広がりは大きく、世界への影響も大きい。

2013.3.17

2013年3月10日 (日)

◆チャベス大統領の死去と中南米情勢 2013.3.10

 ベネズエラのチャベス大統領が死亡した。中南米の左翼反米政権の代表格で、国際的存在感も大きかった人物。その死去は、中南米情勢にも影響を与える。

▼様々な反響

 チャベス大統領は昨年10月の大統領選で4選された後、ガンが悪化。キューバで治療を受けた後、自国に戻って入院治療を受けていた。この間、マドゥロ副大統領を事実上の後継者に指名した。3月5日に死亡した。

 同氏死亡のニュースは様々な反響を呼び起こした。大統領支持派は追悼の集会などを繰り返した。キューバは3日間、喪に復した。8日に行われた葬儀には、ボリビアのモラレス大統領など近隣左派政権を率いるぼ指導者に加え、イランのアフマディネジャド大統領、ベラルーシのルカシェンコ大統領など友好国の首脳が参加した。

 一方、敵対してきた米国のオバマ大統領は「ベネズエラと建設的な関係を発展させる用意がある」などと表明。欧州諸国もチャベス後をにらんだ“外交的”なコメントが多かった。

▼左翼・反米の象徴

 チャベス氏が政治の表舞台に登場したのは1992年。陸軍中佐時代にクーデターを起こした時だ。この試みは失敗したが、国民に向けた声明などが貧困や格差の拡大、腐敗に苦しむ国民の気持ちをとらえた。

 1998年の大統領選で当選。その後国民投票で大統領再選を可能にする憲法改正(1999年と2012年)を行い、2000年、2006年、2012年の大統領選で再選を果たした。この間2002年には軍部のクーデター(背後には米国の関与が指摘される)で一時拘束されたが、国民の支援デモなどを背景に2日で復帰した。

 チャベス氏は石油資本などの国営化を断行。豊かな石油収入を背景に貧困対策を推進した。これにより、貧困層からは絶大な支持を得た。大統領はこうした政策を「21世紀の社会主義」と表現した。

 一方、国際的には反米主義を公然と主張。国連総会でも米国公然と批判する演説を実施した(2006年)。キューバと緊密な関係を築き、近隣の左派勢力に対しては石油を供与するなど支援した。こうした行動を通じ、1国の指導者にとどまらず、中南米の左派・反米指導者の象徴として存在感を拡大した。

▼割れる評価

 評価は当然割れる。国内では貧困層などからカリスマ的指導者として支持を受ける一方で、経済界などからは激しい反発を招いた(それが2002年のクーデターに結びついた)。

 国際的には反米の中南米の左派勢力やイランやベラルーシなどと緊密な関係を構築。一方で米国とは対立し、欧州とも冷たい関係が続いた。

 評価の言葉も様々だ。カリスマ的指導者という好意的な評価の一方、ポピュリスト、独裁者などの批判も多い。

▼軍事独裁から中南米左派まで(中南米の動き)

 中南米の歴史は、国際情勢や米国との関係に翻弄される形で動いてきた。20カ国以上に及ぶ中南米各国を動きを一つにまとめるのは無理があるし、特に小国では理屈では説明できないような対立や混乱が続く。それでもあえていくつかのトレンドをまとめれば、以下の整理が可能かもしれない。 

(1)社会主義政権の発足と軍事独裁政権の樹立
・1950-70年代。東西冷戦を背景にキューバのカストロ政権、チリのアジェンデ政権などが発足した。
・これに対抗する形で米国の支援で軍事政権が発足。チリではクーデターでピノチェト政権が成立した。
・チリ、グアテマラなどの軍事独裁政権化では多数の反対派が殺害された。

(2)クーデターの頻発
・1964年のブラジル、73のチリ、76年のアルゼンチンなど、ほとんどの国でクーデターや未遂を経験する。

(3)政治的混乱と内戦
・1960-80年代中心。軍事独裁政権と左翼組織(ゲリラなども)の対立などで内戦が起きた。
・グアテマラ、エルサルバドル、ニカラグア、コロンビアなど。
・数年から20年余り続き、数万人単位の死者を出している。
・内戦終了後も心理的な対立などは残り、社会の傷になっている。

(4)民主化の実現
・ブラジル、チリ、アルゼンチンなどで1980年代以降民主化が実現した。
・東西冷戦の雪解け、解消などが背景にある。
・内戦経験のエルサルバドル、ニカラグアなども90年代以降、選挙による政府が実現した。
・しかし混乱が続き、民主化が順調に進んだとは言い切れない国も多い。

(5)奇跡の成長から失われた10年
・1960年代にはブラジルなどが奇跡の成長ともてはやされた。しかし70年代の石油危機を経て混乱した。
・1980年代には債務危機が表面化し、失われた10年を経験した。
・80年代末から90年代初頭にはハイパーインフレを経験。経済混乱は深刻だった。

(6)中南米ルネサンスとBRICsの時代
・90年代の改革で中南米ルネサンスと期待された。しかし、90年代末の通貨危機で再び混乱した。
・アルゼンチンはデフォルトを宣言し、その後経済が破綻した。
・一方ブラジルなどは乗り越え、2002年以降BRICsともてはやされた。

(7)地域統合
・1995年のメルコスル発足が代表。地域内の経済統合は徐々に進んでいる。
・2008年の世界金融危機後、アルゼンチンなどで保護主義的な政策も出ている。

(8)中南米左派
・2000年代に入ってからのキーワードの一つ。
・99年にチャベス氏がベネズエラ大統領に就任。その象徴的な存在になった。
・2002年にはブラジルにルーラ大統領が就任。穏健派だが左派色も帯びる。
・ボリビアのモラレス大統領(2005年)、エクアドルのコレア大統領(2006年)などが続く。
・資源の国営化、原住民の権利保護などが共通項。

▼中南米年表

 上記のトレンドを含む第2次大戦後の中南米の主な動きを年表にまとめれば、以下の通りだ。

・1953 キューバ革命。カストロ政権成立。
・1962 キューバ危機。
・1964 ブラジルで軍事政権(クーデター)。85年に民政移管。
・1970 チリ選挙でアジェンデ政権(社会主義)発足。
・1973 チリでクーデター。ピノチェト政権(軍事独裁)。89年に民政移管。
・1976 アルゼンチンで軍事政権。83年に民政移管。
・1980 エルサルバドル内戦(92年まで。死者7万5000人)。ニカラグア内戦(90年まで5万人死亡)
・1982 メキシコの債務危機が表面化。その後中南米全体の債務危機に発展。
     中南米は経済で失われた10年を経験。
・1982 フォークランド戦争でアルゼンチン敗北。軍事政権崩壊の引き金に。
・1989 冷戦終了。1991年にはソ連崩壊。
・80年代末 ブラジル、アルゼンチンなどでハイパー・インフレを経験。経済混乱深刻。
・1994 ブラジルがレアル・プラン。中南米ルネサンス。アルゼンチンはメネム政権下で経済改革。
・1995 メルコスル発足。
・1997-98 通貨危機。各国経済悪化。
・1999 ベネズエラでチャベス大統領就任(中南米左派の代表)
・2001 アルゼンチンがデフォルト。経済崩壊状態に。
・2002 ブラジルでルーラ政権発足。BRICsの時代
・2004 ボリビアにモラレス政権(左翼)。2006年にはエクアドルにコレア政権。
・2013 チャベス大統領死亡

▼チャベス後の中南米

 2000年代に入り脚光を浴びる中南米左派は、貧富の格差拡大への反発、外国資本による富の収奪への反発などが背景にある点で共通する。しかし、各国の事情は異なる。膨大な石油資源を持つベネズエラの試みが各国にそのまま通用するものではない。

 ベネズエラの政治も中南米左翼も、チャベス氏個人に支えられて成り立ってきた面がある。チャベス氏はベネズエラの民衆の心をとらえるカリスマ性があったし、中南米左翼という理念を支える象徴的な存在だった。同時に石油を通じた支援も重要だった。

 ベネズエラでは10年以上にわたるチャベス氏独裁による硬直性も指摘される。中南米左翼諸国の指導者もその理念とともに、米国との関係改善など現実的な側面も持ち合わせている。ベネズエラも中南米も、チャベス後はこれまでと変わざるを得ないだろう。

2013.3.10
 

2008年3月15日 (土)

◆カストロのレガシー(遺産)(2008.2.23)

 キューバのカストロ氏が、国家評議会議長職からの引退を宣言した。約半世紀にわたりキューバを率い、国際的にも存在感の大きかった人物。引退は改めて、いくつもの問題を提起する。

 英Finacial Times紙は、読者向けのネットページに「カストロは米国に対峙した途上国のヒーローか、それとも自由への抑圧者だったか」と問うコーナーを設けた。これに象徴されるように、カストロ氏への評価は2分される。

 カストロ氏は約半世紀にわたり反米の象徴だった。超大国米国の圧力に屈せず独立独歩を守り抜いた姿勢は、中南米の政治に影響を与え続けた。米国がカストロ氏を社会主義者としてのみ位置づけたが、中南米国民にとっては同時に民族主義の代弁者であり、米資本の抑圧への反抗者に映ったのだ。

 近年ベネズエラのチャベス大統領やブラジルのルラ大統領が病床のカストロ氏と会談する姿を流したのも、なお衰えないカストロ人気を知っているからこそだ。

 国内では貧しい国民にも医療サービスや教育を提供する制度を樹立。世界の貧しい国に医者を派遣したり、米国の貧困層から医学生を受け入れたりする政策には、「平等」を重視する社会主義理念の良い面が表れている。

 一方で反対勢力の行動を抑圧。結果的に不満分子を米国に「難民」として送り出してきたことは否定できない事実だ。

 経済改革は遅れ、特に1991年のソ連崩壊後の苦境は隠しようがない。観光客の増加(およびそれに伴う商売の拡大)などで国民の格差は拡大した。経済グローバル化時代の展望は描けていない、と言うしかない。時代はキューバとカストロ氏にとって明らかに逆風だ。

 それでも国体安定は揺るがず、国民の求心力は維持されている。カストロ氏のカリスマ性を抜きには理解できないことだ。

 引退後は弟のラウル第1副議長らを中心とする集団指導体制になるとみられる。新体制が進む方向としては、政治的に社会主義体制を維持しながら経済自由化を目指す「中国・ベトナム方式」追及の可能性などがささやかれている。しかし現時点では不透明。「社会主義理念」にこだわるカストロ氏がどこまで容認するかも定かでない。

 英EcomomistやFinancial Timesは、キューバの改革を促すためにも米国に対し禁輸措置の停止を訴える。カリスマの引退を、半世紀のしこりを越えて新たな関係構築にしたいという主張だ。

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