カテゴリー「中東」の58件の記事

2020年8月11日 (火)

◆爆発事故が曝け出したレバノンの混乱 2020.8.9

 レバノンの首都ベイルートの港湾地区で大規模な爆発があり、多大な被害があった。事件の全容はいまだ不明だが、同国の混乱が改めて伝わってくる。

▼凄まじい被害

 港湾地区で大量の硝酸アンモニウムが爆発したと伝えられる。多数の死者、負傷者が出たほか、25万人が住む場所を失ったをいう。現地から流れて来る映像は、爆発の凄まじさを物語る。今のところ、テロなどの事件ではなく、事故の可能性が大きいという。

 今回の事故で改めて浮き彫りになったのが、同国の混乱だ。

 同国は面積1万平方キロ(四国の半分程度)、人口700万人の小国。民族はアラブ系を中心にアルメニア系などが住む。ここにイスラム教やキリスト教の各宗派の人々が入り組んで暮らすモザイク国家だ。

 歴史的に早くから開け、古代フェニキア人の拠点として地中海世界に進出。カルタゴをはじめ多くの植民都市を作った事でも有名だ。ビジネスや芸術などの分野で才覚を発揮する人も輩出してきた(現在ではラルフ・ネーダー、ポール・アンカ、カルロス・ゴーンなどがレバノン系として有名)。

▼レバノン内戦

 民族の通り道と言われる場所に位置し、民族紛争や抗争に翻弄されてきたのも歴史の一部だ。

 特に1975-90年にはレバノン内戦を経験。イスラム教、キリスト教各派が抗争を繰り広げた。イスラエルやシリアなど外国も介入。国土は徹底的に破壊された。中東のパリと言われたベイルートは廃墟と化した。

 レバノン内戦は、1970年にPLOの本部がヨルダンからベイルートに移ったことも切っ掛けの1つになっている(1970年にヨルダンがPLOを追放した)。ここにも、中東情勢に翻弄されたレバノンの歴史が映される。

▼権力構造が硬直化

 1990年に和平が成立し、内戦は終了した。政治的な均衡を維持するため、大統領や首相、国会議長などのポストは18の宗派で分け合う形になった。大統領はキリスト教マロン派、首相はイスラム教スンニ派などという具合だ。

 この結果、権力構造と利権が硬直化し、腐敗も拡大した。

 内戦終了後、戦闘は止み、ベイルートなど街は復興した。しかし経済などの改革は進まず、放漫財政が続いた。

 2019年秋には携帯電話への税引き上げなどをきっかけに大規模な反政府デモが起き、ハリリ前首相の政権が退陣に追い込まれた。2020年1月にディアブ首相の政権ができたが改革は進まず、3月には対外債務の支払い延期(デフォルト)宣言に追い込まれた。

▼経済の悪化

 経済は急速に悪化が進み、レバノンポンドは実勢ルートは2019年秋以来約5分の1に下落。インフレ率は昨年10月の1%台から、2020年4月には46%、6月には90%に上昇した(同国統計局による)。経済の破綻寸前という状況だ。

 各勢力は海外勢力の影響を受ける。イスラム教シーア派過激派のヒズボラは、イランの影響を強く受ける。

 同国は食料など生活必需物資を、輸入に頼っている。北と東は内戦の続くシリア、南はイスラエルに接しており、陸路での補給は難しい。海路の貿易に頼るが、今回の爆発で設備が甚大な影響を受けた。今後の生活必需物資確保や、物価などに影響が出る可能性がある。足元では新型コロナ禍も加わる。今後、益々混乱が拡大する懸念もある。

▼国際情勢が翻弄

 国際情勢や中東の地域情勢に翻弄される形で、混乱が続くレバノン。多様性はいい面ではなく、悪い面ばかりが表れているのが近年の現状だ。

 内戦時代には失敗国家に陥ったが、今またその危機に瀕していると言ってもいいかもしれない。

 大規模爆発は、レバノンの矛盾と問題点を白日の下に曝け出した格好だ。

◎ 爆音で先送り矛盾白日下
◎ 街破壊 内戦の悪夢蘇る
◎ モザイクが崩れる絵巻夏の悪夢(夢)
◎ 多様性対立だけが出る国よ

2020.8.9

 

 

2020年7月12日 (日)

◆アヤソフィアの運命ーー歴史に揺れる遺産、トルコのイスラム化 2020.7.12

 トルコがイスタンブールにある歴史的建物「アヤソフィア」をモスクにすると決めた。同国を代表する歴史的遺産で、東西文化交流の象徴ともいえる建物。決定からは、トルコのイスラム化の印象を受ける。

▼キリスト教とイスラム教様式が並存

 アヤソフィアはローマ帝国時代に境界として最初の建物をし、東ローマ(ビザンチン帝国)時代の537年に再建された建物が土台。1453年にオスマントルコがコンスタンチノープル(現在のイスタンブール)を征服すると、モスクに転換された。

 キリスト教境界時代の建築様式が残り、その上にイスラム風の様式が加わった異例の建物。内装も、キリスト教風とイスラム様式が並存する。キリスト教時代のモザイクの上に、イスラム時代のデザインが上塗りされている場所も多い。世界に例のない「多層な文化」の建物になっている。

▼「世俗主義の象徴」の終わり

 1920年代に近代トルコを建設したアタチュルクは、政教分離と世俗主義を国是とした。アヤソフィアについては「宗教的に中立的な博物館」とすることを決定した。閣議の決議を経て、1935年に博物館とした。

 トルコではその後1990年代まで世俗主義が国是として守られた(軍医よるクーデターの頻発という問題もあった)。アヤソフィアは「宗教的中立」の象徴だった。また「多文化主義」「異なる宗教の共存」の象徴ととしても位置付けられた。

 今回のエルドアン大統領の決定で、アヤソフィアは世俗主義の象徴から、イスラムの施設に戻る。トルコの変化を映す象徴的な動きともいえる。

▼イスラム色強めるエルドアン政権

 エルドアン氏は1990年代のイスタンブール市長時代から、イスラム勢力の支持を背景に政治基盤を強化。2000年代初頭に首相として権力の座についてからは、イスラム色の強い政策を鮮明にした。

 一時はEU加盟を最優先課題に位置付け、欧米流の民主主義を尊重する姿勢も前面に出した。しかし、その後EU加盟は当面の目標から事実上降ろし、イスラム重視の姿勢が目立つようになった。岩盤の支持層であるイスラム保守派を意識した言動だ。

▼強権化

 2010年代に入ると、エルドアン政権は強権色も強めていく。2014年には大統領に就任。2017年には国民投票で憲法改正を実現し、大統領権限を強化した。

 新型コロナの流行後は、一層強権職を強める姿勢を出している。

▼アヤソフィアが見てきた歴史

 2000年代初めまでトルコは、欧米社会と中東のイスラム諸国を結ぶ橋渡し役を期待された。今では、そうした認識は後退した。

 現在の建物ができてから約1500年、アヤソフィアは幾多の歴史を目撃し、建物の位置づけも代わってきた。建物に投影される価値観も、キリスト教、イスラム教、多文化主義、特定の文化至上主義など、移り行く。今回も新たな変化は、1000年単位の歴史で見たらどんな風景に映るのだろうか。

◎ 多文化もイスラムも見てきた1000余年
◎ アタチュルクの夢が消えてく100年後
◎ 内向きの時代の多文化、受難なり

 

2020.7.12

2019年11月 4日 (月)

◆IS指導者殺害と中東情勢を眺める姿勢 2019.11.3

 米国が「イスラム国」(IS)指導者のバクダディ容疑者を殺害した。トランプ大統領が27日発表した。

▼世界を震撼

 ISはシリア、イラクの混乱の中から生まれてきたテロ組織。バクダディ容疑者は元々アルカイダ出身で、ISの指導者となりカリフを自称した。2014年にはイラクのモスルを制圧。バクダッドまで迫るかという勢いを見せた。一時はシリアからイラクに広大な地域を支配した。

 中東や世界各地から志願兵を募り組織を維持した。残虐な行為を繰り返し、捕虜を斬首する映像など拡散。世界を震撼させた。

▼IS後も消えないテロの温床

 中東情勢で利害対立を続けてきた国際社会も、まずはIS打倒で一致。シリア、イラク政府軍や米国など国際社会の反攻で、2017年までにISの主要拠点を奪還した。容疑者の死亡でISの活動は一つの転機を迎える。

 ただし、中東の混乱が続き、テロを生む構造は変わらない。ISは新しい指導者の下で活動をPRする。各地でテロ組織が活動を続ける状況は変わりがないし、第2、第3のIS登場の可能性も消えない。

▼米国のクルド人への裏切り

 IS打倒ではシリアの反政府勢力のクルド人組織(SDF)が大来な役割を果たした。米国はSDFをを支援してきた。しかし、ここにきてSDFと敵対するトルコがシリア北部で軍事行動に出てSDFを国境地帯から排除。米国はトルコの行動を黙認する姿勢をとった。

 トランプ米大統領は中東からの撤退、配備縮小を優先させる。しかしクルド人勢力からすれば米国の裏切りにしか映らない。中東における米国への不信は募る。

▼敵味方の構図が変化

 米国やイスラエル、サウジとイランの対立は激化する。ロシアは中東での影響力拡大を狙う。サウジの石油施設への攻撃など新たな脅威も現実のものとなった。敵味方の構図がくるくる変わり、偶発的な紛争のリスクも増えているように見える。

▼少ない正面からの議論

 トランプ米大統領はバクダディ容疑者殺害の様子を自慢げに米国民に報告した。あたかも「悪い奴をやっつけた」という西部劇風の感じだ。それに対し米国の少なからぬ国民が喝采を叫んだのも事実だ。

 民族や宗教、歴史が複雑に絡み合う中東問題。その問題点や対応策を真剣に論じるより、バクダディ殺害のような出来事をお祭り騒ぎのように取り上げる現実。米国や世界の現状を映す風刺画風の縮図にも見える。

◎ 中東も西部劇と見る超大国  
◎ 「悪者を殺った(やった)」の喝采に「ちょっと待て」

2019.11.3

 

2019年10月13日 (日)

◆トルコのイラク北部攻撃と中東の混乱拡大 2019.10.13

 トルコがシリア北部に攻撃を開始した。クルド人勢力を攻撃するもので、中東の戦火がまた一つ広がった。背後には、米国の中東における存在感が低下し、力の空白が各地に生じている事情もある。

▼クルド人攻撃

 トルコによるシリア北部の攻撃は9日に始まった。この地域にいるクルド人勢力のSDFに対し空爆などを実施。多数の死傷者が出ている。

 トルコは国内に1000万人以上のクルド人を抱え(全人口は8000万人)、国外のクルド人との連携を警戒している。SDFに対しても過激派と決め付け、敵対関係にある。

 シリア内戦によりトルコには約400万人の難民が流入している。トルコはシリア北部に安全地帯を作り、ここに難民を移送する計画を持っている。今回の攻撃も、こうした構想の中で行われた。

▼エルドアン・トランプの電話会談

 攻撃に先立つ6日、米国のトランプ大統領とトルコのエルドアン大統領は電話会談。シリア情勢などを協議した。トランプ米大統領は翌7日、「部隊を帰還させる時が近づいた」とシリア北東部からの撤退を示唆する情報をツイッターで発信した。これに対し米政府高官が、撤退ではなく配置交換と修正するなど、説明は混乱した。

 トルコの攻撃開始後、エスパー米国防長官は10日、トルコ国防相に攻撃中止を要求した。しかし、何より目立ったのは米国の中東政策の混乱だ。

▼米国の迷走

 米国のシリア政策は、2011年に同国で内戦が始まってから迷走し続けてきた。オバマ大統領はシリアのアサド政権が化学兵器を使用すれば攻撃に踏み切ると公約していたのにも関わらず、2013年に介入を見送った。

 2014年以降に「イスラム国」(IS)が台頭した後、米国は対ISでクルド人主体のシリア民主軍(SDF)を支援してきた。しかし、ISが2017年にシリアの拠点を失った後に、支援の姿勢は曖昧になっている。

 トランプ米大統領は基本的に中東からの撤退を実現したい立場。2020年に大統領選をにらんで実績を目に見える形で示したい意欲も強く、撤退に前のめりになりがちだ。今回のトルコによる攻撃に際しても、そうした姿勢が浮き彫りになった。

▼複雑な関係

 攻撃されたシリアのクルド人(シリア民主軍=SDF)は、対IS(イスラム国)で米国が支援してきた組織。SDFにしてみたら、米国に裏切られた感じがしてもおかしくはない。

 シリア情勢は、ロシアやイランがアサド政権を支援。一方の反体制派は寄合所帯で、米国やサウジが支援しているものの、その本気度や距離感は情勢によって変化している。トルコはアサド政権と対立する一方、反体制派陣営の一部のSDFとは敵対してきた。事情は複雑だ。

▼中東の紛争

 中東で現在戦闘や衝突が続いているのは、イエメン内戦、パレスチナ、シリア、リビア、レバノンなど。ここにイランとサウジやイスラエルの対立や各国国内の対立、アルカイダやISなどの過激派の活動などが加わる。敵と味方が複雑に絡み合い、構図がすぐに変化する。

 背後につく外国の立場も流動的だ。ロシアや米国、欧州諸国、中国などが自国利益の拡大を狙い関与する。

 表に出ている情報がすべてを語っているわけではない。知られていないことが多数ある事も常に意識しておく必要があるだろう。それにしても、中東が世界の火薬庫であることを改めて想起させる。

2019.10.13

2019年9月22日 (日)

◆サウジ石油施設攻撃の衝撃 2019.9.22

 サウジアラビアの石油施設が14日攻撃を受け、大規模な被害を受けた。事件により中東の緊張が一気に高まっている。

▼石油の心臓部を攻撃

 攻撃を受けたのはサウジ東部にあるアブカイクとクライスにある石油施設。事件後に公開された情報によると、原油から不純物を取り除く施設などが被害を受けた。被害は深刻で、専門家によれば復旧まで数か月かかるとの見方が多い。

 両施設はサウジの石油施設の心臓部。攻撃により同国の石油生産は半分がストップした。全世界の生産量の5%に当たる。

▼米はイラン批判

 攻撃直後にイエメンの反政府組織フーシがドローン10機による実行を表明した。しかし関係者の情報では、攻撃はイエメンのある南方からではなく、北方から飛来したドローンやミサイルにより行われたという。

 米国はイランの関与を主張。トランプ大統領もツイッターで「イランがきっと関与した」などと表明した。

 イラン国内の強硬派は、米国との対決を強調。対話を模索する穏健派の動きを封じようとしている。強硬派が穏健派潰しの狙いも込めて攻撃した、というのが「イランによる攻撃」を主張する人々の見立てだ。

 5-6月にはホルムズ海峡付近で日本を含む外国籍のタンカーが攻撃を受けた。これもイラン強硬派による行為とする見方が、米国内では強い。ただし、明確な証拠が示されたわけではない。

 イランはいずれの攻撃への関与も否定する。真相は今のところ、分からない。

▼首脳会談の可能性後退

 米トランプ政権はイラン核合意から離脱。同国への経済制裁を復活するなど、イランとの対決姿勢を強めてきた。しかし、一方でイランとの戦争や軍事衝突は避ける姿勢を貫いてきた。

 8月のフランスでのG7サミット以降、トランプ大統領はロウハニ大統領との首脳会談実現に前向きな姿勢を示すようになった。9月末にNYでの国連総会の場を利用し、両国首脳会談が開催されるとの見方も強まった。しかし、可能性も後退したように見える。

 米国は、サウジ石油施設攻撃を受けてイランへの制裁を強化。20日には同国中銀などを制裁対象に加えた。

 イランは反発し、最高指導者のハメネイ師は米国との当面の対話を否定する発言をした。

▼偶発的事件発生の懸念

 当面対話が進まないとなれば、緊張軽減の機会は期待しにくい。米国、イランのいずれも戦争や軍事衝突は望まないが、ボタンの掛け違いによる重大事態発生の可能性はある。

 攻撃者が誰であるにせよ、タンカーへの新たな攻撃やサウジの石油施設への新たな攻撃の懸念が消えない。

 1週間前に比べはるかに危険な状況になった。全体像が見えない緊張が続き、偶発事件発生の懸念が高水準で推移する。

▼サウジ増派

 米国はペルシャ湾でのタンカー防衛に有志連合形成を表明。7月には関係国への説明会を開いた。しかし調整事項は多く、なお本格的に動き出していない。緊張の高まりを受けて、改めて有志連合結成を急ぐ構えだ。

 米国は同時にサウジ防衛の支援を強化。エスパー国防長官は20日、ミサイル防衛部隊の増派を表明した。

 トランプ大統領の政策は、対外派兵の縮小が大原則。しかしこれを貫通できるほど、中東情勢は甘くない。今回の動きはそんな現実をも映し出す。

▼世界経済に悪材料

 経済への影響も大きい。サウジの原油生産減少で、原油価格は一時急騰するなど乱高下した。地政学リスクの高まりも強く意識されるようになった。

 世界経済は米中貿易摩擦や、米国の金融緩和に端を発する新興国市場の不安定懸念の高まりなどで減速懸念が強まっている。中東の緊張増加で不安材料がまた一つ増えた。

2019.9.22

 

2019年3月24日 (日)

◆ゴラン高原、イスラエルの主権容認のインパクト 2019.3.24

 中東情勢の争点の一つであるゴラン根源について、米国がイスラエルの主権を容認した。既存の国際秩序を一方的に覆す決定。地域に新たな不安定の材料を生み、グローバルガバナンスの基本をも揺るがす恐れがある。

▼第3次中東戦争で占領

 イスラエルの主権容認は、トランプ大統領が21日ツイッターで表明した。ボルトン大統領補佐官もツイッターで「イスラエルの立場を支持する」と応答。イスラエルのネタニヤフ首相は謝意を返した。

 ゴラン高原はイスラエルとシリアの国境にある地域で、レバノンとも接する。1973年の第3次中東戦争でイスラエルがシリアから奪い、占領を続けている。

 国連は1967年の決議でイスラエルに対し占領地からの撤退を求め、イスラエルの主権を認めていない。しかしイスラエルは1981年に一方的に併合を宣言していた。

▼新イスラエル・反イラン

 この時期に主権容認を表明した背景には、いくつかの理由が考えられる。

 一つは現地情勢。ゴラン高原周辺では、シリアのアサド政権と近いイランが勢力を拡大していると(主に米メディアなどにより)伝えられる。また、アサド政権やイランに近いイスラム原理集団のヒズボラも活動を活発化しているという。

 トランプ政権の中東政策の基本は、親イスラエル(とサウジアラビア)で、対イラン強硬スタンスだ。今回も親イスラエル・反イランを鮮明にした。

▼国内支持基盤強化

 イスラエルが4月9日に総選挙を予定していることも影響した可能性がある。ネタニヤフ首相は汚職疑惑を抱え、逆風が吹いている。ゴラン高原の主権容認は、協力関係にあるネタニヤフ政権を側面支援になる。

 さらに米国内の事情だ。対イスラエル支援強化は、支持基盤であるキリスト教福音派の支持確保につながる。ロシア疑惑などの問題を抱える大統領にとって、支持基盤の再強化は優先課題だ。

▼既存国際秩序を無視

 既存の国際秩序を無視する形で、突然、一方的に重要政策を変更するのは、いかにもトランプ流だ。2017年末に突然、駐イスラエル米大使館のテルアビブからエルサレムへの移転を決定した時もそうだった。この時は、国連総会による批判決議を全く無視する形で、翌年、実際に大使館を移した。

 イランの核合意離脱、パリ協定離脱なども突然かつ一方的な判断。トランプ大統領の行動パターンに従来の常識が通用しないことは改めて明確になった。

▼世界の基本理念揺さぶる

 問題はその影響だ。ゴラン高原についてイスラエルの主権を容認するのは、武力による国境の変更を認めるのに等しい。しかし、国連の決議に反しての決定だ。

 2014年のロシアによるクリミア併合などを、国際社会は容認せずに非難してきた。背後にあるのは、武力による国境変更を認めないという基本認識だ。これは現代の世界秩序の基本理念だ。

 超大国米国の大統領であるトランプ大統領は、こうした理念をいともあっさり捨てているようにも見える。それは中東情勢など地域の問題にとどまらず、世界の在り方そのものに問いを投げかける。

◎ 覇権国 作ったルールを「チャラにする」
◎ 呟き(ツイート)が 何万の民をもてあそぶ

2019.3.24

2018年8月19日 (日)

◆トルコ・ショックが意味するもの 2018.8.19

 米国とトルコの対立を引き金に、トルコ経済の混乱が深まりリラが急落。その影響が世界に波及して新興国経済を揺るがしている。 NATO同盟国だったはずの両国の亀裂は、地域安保や中東情勢も揺さぶる。トルコ・ショックは世界が直面する様々な課題を浮かび上がらせる。

▼深まる対立

 米・トルコの対立がのっぴきならぬ状況になったのは7月末から。その後3週間の経緯は以下の通りだ。

・7月末 トルコが拘束している米牧師の解放を巡る交渉が決裂。
・8月1日  米国が制裁第1弾。トルコの閣僚の資産凍結など。
・4日 トルコが対抗措置。
・6日 トルコ・リラが下落。1ドル=5.2リラ水準に。
・10日 トルコが中期経済計画発表。中身は具体性を欠く。
    リラが一時前日比2割下落(1ドル=6.8リラに)。
    エルドアン大統領が国民にリラ買い支え要求。
    トランプ米大統領が制裁の第2弾(鉄鋼・アルミ関税上乗せ)発表
・13日 リラが一時1ドル=7.2リラまで下落。
    中銀・当局が銀行の準備金引き下げ。先物取引規制強化などの措置
    米がF15の売却禁止
・14日 ラブロフ・ロシア外相がトルコ訪問。
・15日 トルコが報復第2弾を発表。米からの自動車、ウィスキー関税強化など
    カタールがトルコに資金支援(150億ドルの投資) 
    エルドアン大統領が独メルケル首相と電話会談
・16日 エルドアン大統領が仏マクロン大統領と電話会談
    ムニューシン米財務長官が追加制裁示唆
    トルコが拘束していたアムネスティの事務局長、ギリシャ兵士解放
・17日 トルコ裁判所が牧師解放申請改めて却下
    S&P、ムーディーズがトルコ国債格下げ(投機的の中で一段下げ)
・18日 トルコ大型連休入り

 さながら報復が報復を呼ぶチキンレースの様相だ。強烈な個性の2人の指導者の争いは、劇ならば面白い。しかし世界の平和と安定をゆるがすようなら、冷笑しているわけにもいかない。。

▼新興国経済への波及

 トルコ・リラ下落の影響は新興国経済に波及した。主な事例は以下の通りだ。

・アルゼンチン ペソが下落。8月13日に40%→45%に利上げ。
・インドネシア ルピアに下落圧力。8月15日に利上げ。今年4回目。
・インド: ルピーが下落。8月1日に利上げ。

 米国は2017年に3回の英上げを実施した後、2018年も3月。6月に利上げを実施。さらに年内に1-2回の利上げが見込まれる。米利上げ加速の観測を背景に、新興国から資本流出の圧力が強まっている。

 そんな地合いのなかでトルコ・ショックが起きた。影響はまず、経常赤字が多額であるなど経済条件の弱い国を直撃。アルゼンチンやインドネシア、インドの通貨が下落した。

 中国の人民元は、米中貿易戦争激化への懸念もあり下落基調が続いている。世界経済への影響とおいう面では、この動きも不気味だ。

 世界経済はここ数年、3%台の成長を実現。「適温経済」とも呼ばれてきた。このバランスを崩すシナリオとして懸念されてきたひとつが市場の混乱だ。貿易戦争激化による経済減速も懸念される。

 混乱は今のところ、一部新興国に限定されている。しかし、トルコ・ショックは、世界経済がそうしたリスクを抱えている現実を改めて浮かび上がらせた。

▼安全保障への影響

 トルコ・ショックの影響は経済にとどまらない。地域の安全保障や中東の枠組みへの影響も重要だ。

 米トランプ政権が今回、トルコに対して強硬姿勢を崩さないのは、中東戦略全体の一環というより、11月の中間選挙をにらんだ面が大きい。拘束(自宅軟禁)されている牧師は、米福音派。選挙で支援を求めるためには、強い姿勢が必要との判断だ。しかし、その影響は(多分)意図に反して広範囲に拡散する。
 
 2011年のアラブの春以降の中東情勢は複雑に動いた。シリア内戦、「イスラム国」の台頭、イラク戦争後の同国情勢の変化、イラクやシリア、トルコのクルド人の自治拡大の動きなどがあり、それぞれが微妙に川見合う。こうした中で米国はイラクからの戦闘部隊撤退など関与の縮小を進めた。

 トランプ政権の発足後はイスラエル寄りへの傾斜、対イラン強硬姿勢などを鮮明にした。しかし、中東への関与縮小の流れは変わらない。

 トルコとは対「イスラム国」では共闘したが、クルド人への姿勢などでは立場が異にする。ただ米国とトルコがNATO加盟国である事実は重いはずえだ。

 そうした微妙なバランスだったところに、今回の亀裂の表面化。今後の手打ちの行方も見えない。中東情勢は今後どんな方向に転んでもおかしくなく、不確実性は一段と高まった。

▼中ロの中東戦略とトルコ・欧州関係

 行方は読みがたいが、注目すべきポイントはいくつかある。

 一つはロシアや中国だ。ロシアはシリア内戦の仲介などを通じ中東への影響力を拡大する姿勢を見せている。シリア問題ではトルコやイランと一部で協力している。今回もラブロフ外相をトルコに派遣し、米国の姿勢を批判した。トルコに接近する姿勢を隠さない。

 中国は中東各国と経済面でのつながりを強化し、影響力の拡大を狙っている。今後トルコと米国の関係が冷えれば、その隙間を狙いトルコとの関係強化に動くのは自然だ。

 もうひとつは欧州との関係だ。トルコのエルドアン政権が2010年代以降強権色を強めたのに対し、EUは人権侵害を批判。EUとトルコの関係は冷却化した。トルコのEU加盟交渉も完全にストップした。

 しかし2015年の欧州難民危機以降、状況に変化が生じている。EUはこの問題でトルコの協力を仰がざるを得ず、事実2016年に難民問題で合意をまとめた。人権問題などでトルコ批判をしつつ、水面下では手を握る複雑な関係だ。

 今回もメルケル独首相やマクロン仏大統領がエルドアン大統領と電話協議して協力を確認。関係維持の姿勢を見せつける。トルコ側も、スパイ容疑で拘束していたギリシャ兵を解放したり、アムネスティ・インターナショナルの事務局長を釈放するなど欧州への配慮を示した。

 米牧師の釈放という一つの問題から、各方面に展開を見せてる今回の動き。中東情勢、世界経済、難民危機、米国と中ロ、欧州の国際戦略など、大きな課題が複雑に絡み合う構図を示す。

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◎ 個性派のケンカといつまで笑えるか

2018.8.19

2018年8月12日 (日)

◆中東の新・リスク相次ぎ表面化 2018.8.12

 中東が揺れている。前週には(1)米国のイラン制裁が復活。(2)米・トルコ関係が急激に悪化し、トルコ経済に影響、(3)サウジアラビアとカナダの軋轢が突然表面化、という動きがあった。同地域では昨年「イスラム国」が拠点を失ったものの、シリアやイエメンの内戦、サウジとイランの対立など不安定の材料が尽きない。そんなところに、突然のように新たなリスクが表面化する。

▼対イラン制裁復活

 米トランプ大統領がイラン核合意からの離脱を表明したのが5月。その後米国は制裁復活の準備を進め、8月6日にトランプ氏が大統領令に署名。7日制裁を復活した。第1弾は自動車などの取引を禁止する内容。米企業だけでなく、欧州や各国に停止を求める。違反した企業には、米国内の金融決済から締め出すなどの罰則を科す。

 11月に予定している第2弾では、原油や石油製品の取引禁止を盛り込んでいる。イラン経済の生命線ともいえる分野の締め付けだ。

 制裁はイラン経済に影響し始めた。仏トタルは新規投資プロジェクトを中止。デンマークのマースクは石油輸送取引の中止を決めた。イランの通貨リアルは連日のように史上最低値を更新。

 イラン経済は2015年の核合意後発展を速め、2016年は2桁成長を実現している。自動車や鉄鋼の生産も拡大した。そんなとこ後に突然の逆風だ。この先、ボディブローのように効いてくる制裁に対し、どこまで耐久力があるか。当面問われるポイントだ。

 政治的には国内で恐慌派が発言力を拡大。「米国はやはり信用できない」という主張が支持を得やすくなっている。革命防衛隊はホルムズ海峡封鎖の演習を実施した。サウジやイスラエルなど周辺国との一触即発のリスクも高まっている。

▼トルコ・米国関係の悪化

 トルコと米国の関係悪化が進み、経済に影響を及ぼしている。

 米・トルコ関係悪化の理由はトルコによる米国人牧師の拘束。トルコ政府は2016年のクーデター未遂に牧師が関わったとして拘束していた。米国は解放を求めてトルコと交渉を続けたが。7月に決裂。これを受けて米国は対トルコ制裁発動に踏み切った。トルコも対抗措置を講じた。

 両国は以前も批判合戦などをしたことがある。しかしNATO同盟国内の制裁合戦はこれまでにない事態だ。

 米国との緊張が高まる中、トルコ経済は悪化。通貨リラは年初から30%も下落した。6月の消費者物価上昇率は前年比15%増と、過去10年で最悪になっている。

 エルドアン大統領は7月に2期目に就任。改正憲法の下で、強権色を益々強めている。経済では中銀の独立性に異議を追う仕立て、政策介入の姿勢を見せている。中東情勢を巡っては、ロシアや中国と接近するそぶりも見せている。この先どんなサプライズがあってもおかしくない。

▼サウジ・カナダの軋轢

 サウジアラビアとカナダの対立は突然表面化した感がある。

 きっかけはサウジによる女性の権利拡大を求める活動家(サマル・バダウィ氏)拘束に対するカナダ外相の解放要求。これに怒ったサウジが、謝罪供給やカナダ大使の国外追放、サウジ航空機のカナダ乗り入れ中止などの策を相次ぎ打ち出し、対立はエスカレートした。

 サウジはムハンマド皇太子の下で「脱石油依存」を目指して経済改革を進めている(その成果はなかなか上がらないのが現実)。

 政治・外交綿では強硬姿勢を進めている。イエメンの内戦に介入。昨年6月にはイランとの関係を維持するカタールと断交した。政策の基本にあるのは、イランへの対抗。ただし、政策は極端で唐突なことも多い。

▼複雑な対立構図

 中東にはもともと、複雑な対立構図が絡み合う。情勢は不安定だ。イラク戦争後のイラク情勢は混とんとしたまま。シリアは内戦が続く。「イスラム国」は領土を失ったとはいえ、依然テロ組織として活動を続ける。イスラム教スンニ派とシーア派の対立を背景にサウジアラビアとイランの対立は深刻化。イスラエルとイランの関係も緊張が高まる。トルコのエルドアン政権は強権職を強める。サウジでは経済改革+強権化が並立して進む。行方は不透明だ。

▼米トランプ政権登場で混乱に拍車

 こうした混乱に拍車をかけるのが、米トランプ政権の政策だ。同政権はイラン核合意からの離脱やイスラエル大使館のエルサレム移転を強行。新たな対立の材料を生み出している感じだ。

 米中東政策の傾向を示せば、親イスラエル、反イラン、一貫性の欠如、コミットメントの軽減などが挙げられよう。一貫性を書くから、具体的な動きは当然予測しがたい。

▼キーワード

 中東の動きにかかわるいくつかのキーワードを挙げれば、強権化(トルコ、サウジ、エジプトなど)、イランとサウジの対立、イランとイスラエルの対立、経済悪化の懸念、シリア内戦、イエメン内戦、代理戦争(イエメン、レバノンなど。イランとサウジなどの代理戦争の色彩)などがある。

 世界の安全保障にとって最も不安定な地域が中東いう指摘は多い。アラブの春(2011年)や「イスラム国」の勢力縮小(2016年)など”好ましい”動きもあった。しかしそれが変化の本流となることはなく、この地域では「何が起きてもおかしくない」状況が続く。世界が中東発のサプライズに揺れすケースは、今後も繰り返されるだろう。

◎ 春到来「いいね」と押した日懐かしい
◎ 混乱にトランプ・ドミノも加わった

2018.8.12

2018年5月21日 (月)

◆新世界無秩序 2018.5.20

 中東情勢や通商問題など、既存の秩序を覆す変化が連鎖反応的に進んでいる。震源地は米トランプ政権。イラン核合意からの離脱、イスラエルへの大使館移転、中国に対する多額の関税決定などを引き金に、様々な枠組が変わっている。現状をどう見たらいいのか。

▼核合意離脱:国際協調から対イラン姿勢に

 中東情勢が揺れている。問題の一つは米国のイラン核合意からの離脱だ。トランプ大統領は5月8日に離脱を表明。同時にイランに対する制裁を再開する大統領令に署名した。

核合意はイランとP5+ドイツの間で2015年に成立した。イランが核濃能力の削減などを通じ、核兵器開発の可能性を少なくする一方、米欧などはイランに対する経済制裁を撤廃する内容。中東における安保上の懸念の一つを緩和するものだった。

 トランプ政権は合意内容が不十分で、イランが約束を十分に順守していないなどと批判。合意から離脱し、制裁再開を決めた。イランや英独仏など欧州、ロシア、中国などは離脱を批判。イランとEUは米国に気でも合意の枠組みを維持するよう協議を始めた。

 一方、イスラエルやサウジアラビアは米国の判断を支持・歓迎する。両国はイランと敵対する。オバマ政権時代に米国の中東戦略は、国際協調とイスラエルに対し距離を置く姿勢を基軸にしていた。これがトランプ政権で逆転した。

▼危険なドミノ

 インパクトは強烈だ。イランとEUは枠組み維持を模索するが、容易ではない。逆にトランプ政権は、21日に対イラン新戦略を発表すると表明した。これにイランが理解を示すとは思い難い。

 米国の対イラン制裁再開は、イランとの直接取引に留まらない。同国との取引を行う欧州などの企業にも及ぶ。このため、仏トタルやエアバスは、イランでのプロジェクト中止や輸出停止に追い込まれる可能性がある。核合意で再開したイランとのビジネスが停止状況になりかねない。

 ビジネス中止が避けられなくなれば、イランが再び強硬姿勢に転じる懸念がある。そうなれば、核開発の再開→中東での核開発のドミノや、新たな紛争・戦争の勃発につながるリスクが生じる。極めて危険なドミノが始まりかねない。

▼エルサレム大使館のインパクト

 5月14日はイスラエルの建国記念日だ。しかしパレスチナ人にとってその日は、大惨事(ナクバ)の日になる。1948年のイスラエル建国の際に、70万人のパレスチナ人が故郷を追われた。パレスチナ紛争はその後も解決の方向が見えないまま、中東紛争の火種であり続ける。

 イスラエル建国70年に当たる今年の5月14日、米国は大使館をテルアビブからエルサレムに移転した。トランプ政権は昨年末、エルサレムをイスラエルの首都として認める決定をした。

 過去数十年にわたり、パレスチナ和平の基本となる考え方がイスラエル、パレスチナの2カ国共存。そしてエルサレムを双方の首都とする案だった。1990年代に一時、和平ブームを高めたオスロ合意も、こうした考えに沿うものだ。イスラエルがエルサレムを首都として既成事実化する事態を避けるべきだというのは、国際社会のコンセンサスだった。

 トランプ政権はいとも簡単にそうした既存概念をひっくり返した。国際社会からは当然、大きな批判が湧き出た。国連総会が反対決議をしたのも一例だ。

▼パレスチナの動乱

 パレスチナのガザでは14日、大使館移転に反対する抗議デモが拡大。イスラエル治安当局と衝突し、50人以上の死者が出た。騒乱は各地に広がる。

 イスラエルvsアラブの対立構図が単純明快だった20世紀後半と異なり、今回の抗議活動はアラブ全土に広がったわけではない。サウジアラビアなどはイスラエルとの対立よりむしろイランとの対抗を重視し、今回の大使館移転に対する動きも、政府の言動としてはそれほど目立たない。

 それでも、今回の決定がパレスチナ和平の進展を益々難しくし、アラブ・中東地域での反米感情をまた一つ強めたのは否定できない。米国は中東における仲介者の立場というより、親イスラエル、サウジ寄りの色彩を一層濃くした。

▼米中貿易戦争

 トランプ政権は3月に入り正面でも強硬策を強めた。中国に対しては知的財産権侵害があるとして、500億ドルの制裁関税を表明。各国からの鉄鋼・アルミ製品への関税導入も決定した。一方的な措置であるともに、保護主義的な色彩の強い政策だ。

 米中はその後通商協議を開催。米国はここで両国間の貿易赤字の大幅削減などを求めた。交渉は今のところ進展が少なく、合意のめどは見えてこない。

 決裂となれば、相互に制裁関税を導入する事態にもなりかねない。貿易戦争の勃発だ。米中はじめ世界の経済は相互依存が進み、貿易や投資の自由が後退すれば経済にも悪影響が及ぶ。1920年代の保護主義→世界恐慌の再現を懸念する声もある。

▼トランプ政権の原点回帰

 トランプ政権は2017年1月の発足直後、TPPからの離脱、NAFTAの再交渉、中東からの移民規制、メキシコとの国境への壁建設などの政策を相次ぎ打ち出した。政策は選挙戦で打ち出したもので、「米国第1」を前面に打ち出しているところが特徴。既存の常識を覆すものだ。

 その後、動きはやや収まっていたが、この3月以降再び加速した。イラン核合意離脱、エルサラムへの大使館移転、対中など関税はいずれも選挙公約で掲げたものだが、インパクトは大きい。この時期には同時に、ティラーソン国務長官の解任・ポンペオ新国務長官の任命など人事も実施した。

 11月の中間選挙をにらみ、支持基盤を固めるために原点回帰したとの見方が強い。それが世界に多大な影響を与えている。

▼世界の枠組み変化

 第2次大戦後の歴史を振り返ると、実は10年単位で大きな地殻変動が起きている。1950年代のスエズ動乱やハンガリー動乱、米マッカーシズム。1960年代のキューバ危機や仏アルジェリア危機、ベトナム戦争、文化大革命、1968年の反体制運動。1970年代のニクソンショックや石油危機、ベトナム終戦。欧州の動脈硬化。1980年代のレーガン・サッチャー革命、チェルノブイリ原発事故、ベルリンの壁崩壊と冷戦終結、天安門事件。1990年代のソ連崩壊、インターネット革命、グローバル化の進展、アジア通貨危機。2000年代の9.11、イラク戦争、世界金融危機、中国の台頭。200年代のアラブの春、イスラム国、欧州難民危機といった具合だ。

 世界の枠組みは安定には程遠いし、枠組み変化は常に起きている。昨日までの常識が覆されることも常だ。

 ただ現在の変革は、覇権国米国の基本姿勢の変化に伴う点に留意する必要がある。米中間で覇権国と挑戦国のせめぎ合いが厳しくなっているのも現実だ。さらに、IT革命で世界の経済や社会の仕組みが根本的に変わり、世界的なテロなど過去の時代にはなかった要素も背後に存在する。

▼見取り図なき破壊

 トランプ政権は現状に不満を持つ米国の所得者などの支持を背景に成立した。背景には世界的な格差拡大、グローバル化への警戒、ポピュリズムの高まりなどがある。そしてトランプ政権の位置づけは、第2次戦後の世界秩序の再構築にあるとの指摘がある。

 再構築と言っても、次の方向が見えているわけでは全くない。覇権国の大統領という世界の最高権力者が、落としどころが見えないまま既存秩序を破壊している。それが、米国内政治である中間選挙対策上にあるところが厄介だ。

 英FT紙は月日付けの紙面で、”The World New Disorder”’(新世界無秩序)と書いた。世界の現状をよく表す表現だ。

◎ 覇権者が秩序破壊のドミノ押す
◎ しきたりも朝令暮改 新世界
◎ 「米国の平和」が過去になっていく

2018.5.20

2017年12月11日 (月)

◆エルサレム首都承認とトランプ大統領の1年 2017.12.10

 トランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都として承認した。国際社会のコンセンサスに挑戦するかのような決定で、中東情勢を不安定にするとの懸念も強い。ただ、この決定は突然出てきたものではなく、トランプ政権の過去1年弱の政策の延長線上ともいえる。トランプ政権のこれまでを整理してみる。

▼常識を覆す決定

 トランプ大統領が実施した主な政策を並べると以下の通り。移民規制、パリ条約からの脱退などそれまでの常識を覆すような決定が多い。ロシアゲート疑惑や政権の内紛も繰り返す。一方で、トランプ相場の継続など新聞の大見出しにはならない出来事もある。

・2016.1.20 トランプ大統領就任
・1.23 TPP離脱、NAFTA再交渉を表明
・1.25 NYダウが2万ドル突破。トランプ相場
・1.27 イスラム7カ国からの入国禁止令。入国規制問題がこの後争点に。
・3.24 共和党オバマケアの代替案撤回。共和党内の分裂。
・4月  北朝鮮情勢緊迫。朝鮮半島近海に空母派遣。
・5.9  コミーFBI長官を解任。ロシアゲート疑惑深まる。
・5下旬 欧州訪問。NATO首脳会議など。欧州との亀裂が明白に。
・6.1 パリ協定離脱表明 
・7.28 フリーバス首席補佐官解任(後任ケリー氏)。ホワイトハウスの内紛深刻。
・8.12 シャーロッツビル事件。トランプ氏の人種発言に批判。
・8.18 バノン氏解任。
・9月  政権と与党が30年ぶりの現在案を提案。法人税35→20%。議会で法案作成へ。
・10.12 米ユネスコ脱退表明
・11.20 北朝鮮をテロ指定国家再絞め
・12.6 エルサレムをイスラエルの首都として認める。

▼通商2国間、外交は一貫性を欠く

 主だった政策を政策分野ごとに分けてみる。通商政策は選挙戦の公約に挙げられた中国への高率関税などは実現していないが、2国間主義を前面に出す。外交は一貫性を欠き、読みにくい。

(1)移民規制
・就任早々にイスラム圏からの入国制限などを打ち出すが、裁判所の差止めなどで実現は一部のみ。
・Visa波及などは厳格化している。
・メキシコ国境への壁設置は進んでいない。

(2)通商
・TPPからの脱退、NAFTA再交渉を公約通り実現。
・中国やメキシコに対する高率関税の導入は進んでいない。
・多国間→2国間交渉への傾斜を進める。保護主義への懸念は強い。

(3)経済政策
・当選以来のトランプ相場で株高。背景に減税や公共投資への期待がある。
・減税改革案を議会が審議中。法人税35%→20%など。上下院で別々の法案成立、今後調整に。
・大規模なインフラ投資計画は財源問題から進展せず。
・オバマケア改革は共和党内で代替案がまとまらず、棚上げ状態。
・パリ協定から離脱。概して環境よりエネルギー産業重視の政策。

(4)社会政策
・大統領は8月のシャーロッツビル事件で人種主義者に甘い発言。批判を浴びる。

(5)外交
・対中:当面良好。北朝鮮問題で圧力を期待。ただし中国が米要求に応えているとは言い難い。
・対ロ:当初改善模索の動きがあったが、ロシアゲート疑惑もあり進まない。
・対アジア:明確な戦略見えない。
・北朝鮮問題:概して強硬姿勢。具体的な行動は揺れる。
・対欧州:移民規制、通商、環境問題などで亀裂。エルサレム承認では欧州首脳が明確に批判。
・中東:サウジのバックアップ、イラン批判など従来路線を変更。

▼混乱・先行き不透明

 1年近くを経過してなお不明な点が多いが、明確になってきた点を挙げれば、(1)米国第1が基本。世界全体の利益より米国の利益を優先させる場合が多い、(2)オバマ政権の政策否定が基本。それのみならず、既存エスタブリッシュメントが築いたシステムや政策体系を否定しがち、(3)政策が明確でなく、行き当たりばったり、などがあるだろう。

 国内的には、政権基盤は安定せず、連邦政府の人事もまだ空席が多く残る。すでにこれまでに何度も政権内部の権力闘争が表面化し、高官が政権を去った。最近ではティラーソン国務長官の辞任報道が重ねて流れる。

 ロシアゲート事件は、フリン元補佐官の起訴や罪状を認めたことで、12月に入り新たな段階に入った。混乱は収まらない。政権発足以降、一貫して明らかなのは「先行き不透明」という事だ。

▼米国の影響力後退と世界の不安定化

 米国はオバマ政権の時代に、すでに「世界の警察官でない」と明言していた。トランプ政権下でその傾向はさらに強まっている。

 大統領は「米国第一」の公約の下、米国の利益を世界秩序維持に優先させる姿勢を明確にする。米国はこれまで多くの局面で世界のアンカー役を果たしてきた。いまやそれは望むべくもない。

 それどころか、米国自身が世界秩序の破壊者になっている。パリ協定離脱やTPP離脱、事前予告もない移民規制の強化などは、世界を揺るがし混乱をもたらした。

 中東政策の変更は、サウジアラビアの過激な行動を促す結果に繋がった。その影響は、サウジとイランとの緊張拡大やイエメン情勢の悪化、サウジとカタールの対立表面化などに及んだ。これが地域の不安定を増幅させている。

 アジアでは、フィリピンなどが対米不信感を拡大。その間隙をぬうかのように、中国が影響力を広げている。ASEAN諸国は南シナ海の領土問題などを巡り、対中批判を明らかに後退させている。

▼エルサレムの首都承認

 今回、エルサレムをイスラエルの首都として認めた方針転換も、延長線上にある。イスラエル・パレスチナ問題は過去何世紀もの歴史を背景にしたこじれにこじれた案件。エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地であり、その帰属問題は問題の核心の一つだ。

 ちなみにエルサレムにはユダヤ教の聖地の嘆きの壁、キリストが十字架を背負って歩いた悲しみの道(ヴィア・ドロローサ)、イスラム教の聖地岩のドームなどがある。

 国際社会がたどり着いたコンセンサスが、エルサレム問題を当面棚上げし、その帰属は和平交渉の中で解決するという知恵だった。だからこそ世界の各国はエルサレムをイスラエルの首都として認めず、大使館をエルサレムでなくテルアビブに置いてきた。

▼中東・欧州の反発

 トランプ大統領の決定は、こうした過去の経緯をあっさり覆すものだ。ここまでイスラエル寄りの姿勢を明らかにすると、仲介者としても機能しにくくなる。トランプ大統領は中東和平の新アプローチと強調するが、事態はかえって悪い方に動くとの見方が多い

 パレスチナやアラブ諸国は当然反発。激しい抵抗運動を広げている。欧州諸国も英国のメイ首相、ローマ法王などがはっきりと批判した。

 大統領は、落としどころを見据えたうえで新政策を打ち出したのか?そう受け取っている人は極めて少ない。むしろ、ロシア疑惑などで国内基盤が揺らぐ中、中核の支持層を固めるために決断したとの見方が多い。落としどころのない破壊、と言えるかもしれない。

▼新しい現実

 トランプ大統領が当選した2016年11年以降、米国の内向き化、保護主義、世界的な反グローバリズムなどのが繰り返し指摘された。世界は先行き不確実になり、不安定になる、との心配も強まった。それから1年を経過し、そうした懸念の少なくとも一部、現実のものとなっている。

 エルサレム承認問題は、そうした課題や懸念を改めて突き付けた感じだ。それを演じているのはトランプ大統領だ。しかし、同氏を選んだのは米国民である事実もまた重い。

◎ 聖地とも 流血の地とも エルサレム
◎ 「タブーなし」と 責任とらずに 言われても
◎ 法王も 友国も気にせず トランプ流

2017.12.10

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