カテゴリー「アジア」の43件の記事

2019年7月 1日 (月)

◆米中休戦とプーチン発言―G20周辺発のニュース 2019.6.30

 G20首脳会議が大阪で開かれた。会議には世界の首脳が集合し、会議本体もさることながら、重要な2国間会談多数開催された。世界的なニュースがG20周辺発で流れた。

▼米中貿易協議再開

 世界の注目が集まったのが29日の米中首脳会談だ。貿易やハイテク分野を巡る米中の対立は、過去1年の世界のニュースのヘッドラインを提供し続け、世界経済に多大な影響を与えてきた。

 トランプ大統領は昨年3月、中国が知的財産権を侵害しているとして対中関税を引き上げると発表。その後3段階に分けて、今年5月までに合計2500億ドル分の中国からの輸入品に対する関税を25%に引き上げた。対象は米国の対中輸入総額のほぼ半分に相当する。

 加えて米国は中国のハイテク企業を狙い撃ち。昨年はZTEとの取引を禁止し、同社に対し多額の罰金や経営陣後退などの条件を呑ませた。昨年末からはファーウェイに狙いを定め、G5市場からの締め出しや事実上の取引の禁止などを打ち出してきた。

 米中は昨年12月のアルゼンチンでの首脳会議で、貿易協議に入ることで合意した。しかし協議は今年5月に事実上決裂。それを受けて米国は制裁関税の第4弾計画(2500億ドル=1-4弾合計で米国の中国からの輸入のほぼ全量)を発表するなど、米中摩擦の日は益々激しくなった。

▼見えない先行き

 大阪での首脳会談で米中は協議の再開を決定。米国は第4弾の関税引き上げを見送った。ファーウェイに対する取引も、一部容認する姿勢だ。

 ただ、米中対立を解くのは容易ではない。米国は技術的な優位を維持するために中国に対し知的財産権保護を保証するシステム導入を求める。一方中国は米国流ルールの押し付けに対抗する。その底流には、安全保障や経済での覇権争いがある。問題は構造的だ。

 世界経済はすでに、米中摩擦激化の深刻な影響を受け始めている。アジアからは輸出が減退。景況感も低下している。世銀やIMFなどは経済見通しを相次ぎ下方修正した。経済減速は金融市場の不確実性拡大にも繋がりかねない。

 米中首脳会談の結果はそうした懸念を一服させた。しかし先行きが見えてきたわけでは全くない。

▼波紋広げるプーチン会見

 G20首脳会議に先駆けて、ロシアのプーチン大統領が英FT紙と行ったインタビューが物議を醸している。プーチン氏は自由主義が時代遅れになっている(obsolete)と指摘。トランプ米大統領の一方的な政策を批判した。

 また2015年の欧州難民危機の際に独メルケル首相が判断した寛容な移民政策が間違いであり、後に問題を大きくしたなどと批判。リベラル派は影響を及ぼせなくなったと語った。

 インタビューは多くのメディアが引用。EUのトィスク大統領(首脳会議議長)は強く反発した。

 プーチン大統領の発言は意図的に刺激的な部分がある。しかし、ここ数年の難民危機やトランプ米大統領の誕生、英国のEU離脱決定(Brexit)など、寛容な精神に裏付けされた自由民主主義(リベラル・デモクラシー)の存在価値と力が問われているのは間違いない。そんな環境だからこそ、プーチン大統領の発言が波紋を広げているのだろう。

▼驚きの米朝首脳会談

 トランプ米大統領は大阪で北朝鮮の金正恩委員長との会談の可能性に言及。2日後には板門店で会談を実現した。米大統領が軍事境界線を越えて北朝鮮領に入ったのは初めてだ。

 トランプ大統領の予期しがたい行動が、ここでも現れた。同時に、周到な準備よりスピードを重視する同氏の特性が現れた格好だ。

 G20会議本体は、公正貿易などの理念や海洋プラスチックごみの2050年までの廃止などを盛り込んだ大阪宣言を採択して閉幕した。ただ、貿易については昨年に続き保護主義に反対する文言はなく、環境でも地球温暖化問題への言及はなかった(議長国日本が米国に配慮したためと、英FTなどは批判的に報じた)。

 G20が始まった2008年は、リーマンショックの直後。最初のうちは世界恐慌防止と金融危機の拡散防止に、各国が必至で取り組む姿勢が伝わってきた。その後、会議は「集まること」が重要になり、周辺の2国間協議にむしろ注目が集まる。

◎ ボス集う 何かが動くこともある
◎ 先は不明 それでも安堵の米中休戦
◎ 自由批判 饒舌を許す 辛い時世
◎ 自由主義「古い」に「それなら」と質したい

2019.6.30

 

 

2019年6月17日 (月)

◆香港の抗議デモと世界への問いかけ 2019.6.16

 香港で「逃亡犯条例」改正を巡り市民らの抗議活動が拡大。行政長官は改正の延期を表明した。しかし今後事態がどう展開するか、予断を許さない。香港の事態は、民主主義体制の経つを米欧などが中国とどう付き合っていくかなど、世界への問いも投げかける。

▼100万人の抗議デモ

 条例改正は、香港で逮捕した容疑者などを中国本土に送れるようにする内容。英語ではExtradition lawと表記されることが多い。親中派が多数の立法会は、20日ごろまでに採決の構えを見せていた。

 民主派は条例が改正されれば、中国にとって都合の悪い人物が不当逮捕され大陸に送られると懸念。同派が呼び掛けた9日のデモには、主催者発表で103万が参加した。この規模は、2003年の固化安全条例反対(50万人)や、2014年の雨傘運動(10万人)をはるかに上回る。

▼揺らぐ1国2制度

 香港は1997年の返還後、50年間は1国2制度を認められるはずだった。しかし現実には中国の支配が次第に強まり、自由な言論や政治活動が抑制されている。今回条例改正が実現すれば、司法や警察でも中国による支配がさらに強まりかねない。

 そうなれば、香港の法律体系の上に回っている経済活動にも影響が出てくる。実際、外資系企業の撤退や拠点縮小がささやかれる。

 こうした心配があるから、抗議活動には民主派だけでなく、一般市民が加わり、経営者も理解を示した。

▼延期表明後→200万人デモ

 林鄭月娥行政長官は15日、対立緩和のために規制の延期を発表した。しかしあくまで撤回ではないと主張した。

 これに対し民主派は撤回を求め、16日も抗議集会を継続。参加者は主催者側発表で約200万人に達した。行政長官の辞任を求める声も上がった。

▼雨傘運動の記憶

 今回の抗議活動の舞台は、香港島の立法院前とその周辺の道路。2014年に雨傘運動の中心になった地と同じだ。雨傘運動は2017年の香港行政長官選挙に事実上親中派のみしか立候補できず、自由選挙でなくなることに抗議する学生らが始めた。同年9月26日から12月15日まで80日あまり続いたが、結局要求を聞き入れられることなく終結した。

 今回は雨傘運動に比べ、市民の参加者も多く、とりあえず条例改正の延期を勝ち得た。しかし、香港当局屋中国がこのまま撤回に応じると見るのは楽観すぎる。今後の行方は全く不透明だ。

▼天安門事件30年の年

 抗議活動は、天安門事件30周年に起きた。6月4日、香港や台北などでは追悼式典や様々な行事が行われたが、北京は全くの平穏だった。中国では、事件について何も語られなくなった。これが香港の未来図か、と不安を抱く人も多い。

▼世界への問い

 実際大きな流れとしては、中国による香港支配の強化が進んでいるのが現実だ。この先、再び強硬策が導入されても不思議ではない。

 条例改正は、1国2制度の行方(まやかし)、中国による自由社会支配のあり様、住民の生き方など様々な問題に問いを突き付ける。それは、世界が中国とどう付き合うかという問題にも関係する。奥は深い。

◎ 雨傘の記憶再生 もう5年
◎ 自由なき大国の膨張どう生きる
◎ 怖いけどただ飲み込まれてなるものか

2019.6.16

2019年5月26日 (日)

◆インド総選挙とモディ政権2期目の展望 2019.5.26

 

 インド総選挙の結果が発表され、モディ首相率いるBJPが圧勝した。過去5年間7%以上の成長を実現してきた経済運営などが評価された格好だ。2期目のモディ政権は、地方の振興や格差是正などの課題に取り組む。経済成長著しく存在感を高める同国の行方には、世界の関心も大きい。

▼地滑り的勝利

 インド総選挙は4月11日から7回に分けて投票が行われた。有権者は9億人。世界最大の選挙だ。開票は5月23日から一斉に始まり、24日に結果が発表された。

 BJPは下院545議席中、過半数を大きく上回る303議席を獲得。前回より21議席増やした。英FT紙は地滑り的(landslide)な勝利と報じた。最大野党の国民会議派は8議席増の52議席にとどまった。ラフル・ガンジー党首は敗北を宣言。曾祖父のネルー元首相から続く"ネルー・ガンジー王朝”の黄昏を報じるメディアもあった。

 BJPはモディ首相人気を維持していたとはいえ、昨年の地方選で野党に相次ぎ敗北した。このため総選挙での勝利を危ぶむ見方もあった。圧勝は事前の予想を覆す結果だ。

▼モディノミクスの5年

 モディ首相は2014年に就任した。前職は東部グジャラート州の首相。民間活力の採用、スピード重視、改革推進などの経済運営で成果を残し、CEO型のリーダーとして注目された。

 インドの首相就任後も、モディノミクスと銘打ったそうした経済政策で、年平均で7%を上回る成長を実現した。

 改革の中でも重視されるのが、破産法の改正(2016年末以来施行)、高額紙幣の廃止(2016年11月発表)、税制改革(2017年7月)などだ。

 このうち税制改革は、従来州ごとにバラバラだった税制を全国レベルで統一した。歴代政権も実現を目指してきたが、反対が多く実施できなかった政策だ。「インドの市場が初めて統一された」などというメディアの解説もあった。 

 高額紙幣の廃止は、マネーロンダリングや脱税防止を目的に突如発表され、実行に移されたもの。発表日は2016年11月8日。米大統領選でトランプ氏が当選した日だった。

 その経済的影響には様々な見方がある。しかしこれだけの改革を極秘裏に準備し、断行した首相の行動力は改めて印象付けられた。

▼対テロで強い姿勢

 2018年の地方選でBJPが苦戦したのは、野党国民会議派が農村救済などの計画を掲げたことなどによる。そうした劣勢ムードを変えたのが、今年2月にカシミール地方で起きたテロ事件だ。パキスタンに拠点を置くイスラム過激派が、インド軍の基地を襲撃した。

 モディ政権はこの問題で強硬な姿勢を誇示。インド・パキスタン国境を越えて過激派の基地を空爆した。こうした「強いリーダー」のイメージが、選挙での勝利に結びついたとの見方が多い。

▼勝利の5つの理由

 英BBCは予想外の圧勝の理由を、選挙戦上の戦術も合わせて次のようにまとめた。(1)モディ首相の個人の力、(2)ナショナリズム、(3)地方政党との協力関係がうまくいったこと、(4)東部の州に選挙戦の資源を振り向けたこと、(5)メディア活用戦略での勝利――の5つだ。

▼2期目の課題

 経済の高成長が続く中で、課題も浮かび上がる。インドは依然、全人口の6割が農村に住む構成。その農村の発展は、都市部に比べて遅れている。都市との格差は拡大する。

 インド経済ではITソフトなど、サービス分野の拡大が目立つ。しかし輸出産業(製造業)育成の遅れ、インフラ整備など課題は山積する。銀行の不良債権問題、ビジネスの不透明性の払しょくなど構造的な問題も多く残る。

▼ヒンズー至上主義?

 政治的にはモディ首相の母体であるBJPの体質が常に問われる。BJP支持者の中には、ヒンズー至上主義者が少なくない。過去にもイスラム教徒迫害を引き起こすなど、政治・社会上の問題を引き起こしてきた。国際社会からの批判も折に触れて浮上する。

 BJP政権が2期続くのは1947年の独立以来初めて。思わぬ圧勝で、ヒンズー至上主義の動きに火をつけないかとの懸念がある。

▼混沌の社会

 インドの人口は2020年代には中国を抜き世界1になる見込みだ。すでに購買力平価でみたGDP(経済力)では世界3位。ITソフト開発など一部では世界先端を置く。世界における存在感は年々大きくなっている。

 しかしドルベースで見た1人当たりのGDPは約2000ドルと、まだ貧しい。農村にはカースト制度の伝統も残り、絶対的な貧困も残り、教育も十分に行き届かない。古いものと新しいもの、進んだ部分と遅れた部分が混在し、混沌の社会ともいえる。

▼インドの行方の世界的意味

 インドは世界最大の民主国家。経済の高成長は今後も続く可能性が大きく、国際社会における政治的な影響力をさらに拡大しそうだ。中国とのバランスを踏まえた地政学的な存在意味も大きい。インドの行方は国内や南アジアのみならず、世界に影響する。

 特に発展途上にある国において、政治リーダーの果たす役割は大きい。モディ首相の2期目の手腕を世界が注視するゆえんだ。

 

◎ 10億人混沌の地の民主主義
◎ 不条理も夢も飛び交う総選挙
◎ 王朝を凌いで目立つかCEO

 

2019.5.26
  

 

2019年3月 4日 (月)

◆米朝首脳会談の眺め方 2019.3.3

 ベトナムのハノイで27-28日に行われた米朝首脳会談は、合意文書の署名なしで終わった。朝鮮半島の非核化などに関する何らかの合意があるとの期待もあっただけに、いささか拍子抜け。会談の位置づけも難しい。

▼合意なし

 今回の会談は、2018年6月の「歴史的」な会談に続く2回目の会談。前回会談の後に行われた事務レベルや閣僚級の協議でも、朝鮮半島の非核化の道筋が見えてきたわけではない。それでも首脳会議が開催される以上、何らかの部分合意が発表されるとの観測が事前にはあった。

 しかし蓋を開けてみれば合意もなければ共同記者会見もなかった。金正恩委員長の仏頂面ばかりが目立った印象だ。

 米国が求めた全核施設の廃棄に北朝鮮が応じなかったとの情報が流れている。北朝鮮が求めた経済制裁の全面解除には米国が応じなかった模様。後講釈では、そもそも合意なしは当然のようにも見えるが、詳細はなお不明だ。

▼緊張から対話

 北朝鮮の核問題は2017年に緊張が高まった。同国は断続的に核実験やミサイル発射を実施。これに対し米トランプ政権は北朝鮮周辺海域に空母などを派遣するなど圧力を高めた。経済制裁も強化した。

 この年にはマレーシア、クアラルンプールでの金正男氏暗殺事件もあり、北朝鮮に対する国際的な批判が強まった。

 状況が変わったのが翌2018年。韓国で開かれた平昌冬季五輪を契機に対話ムードが強まり、同年6月のシンガポールでの米朝首脳会談につながった。

 しかし朝鮮半島の非核化に向けた米朝の思惑は異なり、シンガポール会談の共同声明も同床異夢の面があった。

▼パフォーマンス

 そして今回の会談。金正恩委員長は北朝鮮からハノイまで遠路鉄道で移動。世界の注目を浴びた。開催地のベトナム・ハノイでは歓迎パフォーマンスやトランプ氏、金正恩氏の髪型を模倣した人が出てくるなど、話題は万歳だった。

 しかし会談の成果に見るものはなかった。北朝鮮側の会談後の対応は、朝鮮中央通信などで断片的に情報を流すというお定まりのパターンだ。

▼不透明な今後

 会談をどのように位置づけるかには、世界のメディィアや専門家も苦労しているようだ。英BBCは”From enemies to frenemies”(敵から友人と敵の混じった関係)と表現していた。面白いが、分かったような分からないような。そもそも、この個性的な2人の間でどんな会話が成り立ったのか(あるいは成り立たなかったのか)、興味深い。

 ただ、1年前には米朝首脳会談の開催自体が「(当面は)あり得ない」話だった。会談があってもおかしくない状態になったのは、重要な状況変化だ。北朝鮮のミサイル発射や核実験もとりあえず止まっている。ただ、これがいつまで続くかは別の話だ。

 今後も引き続き対話路線が維持されるのか。それとも新たな緊張へと動くのか。事実関係の不明な部分も多いので予断は許さないが、目は離せない。

◎ 「2度目だと見出しは取れぬ」の例になり
◎ 兎に角に会談はありの世になれり
◎ 個性派コンビ 政治も旅も髪型も

2019.3.3

2019年2月11日 (月)

◆王女擁立劇とタイ政治の現状 2019.2.11

 3月24日投票のタイ総選挙を巡り、首相候補への王女擁立劇があった。騒動は1日で終息したが、擁立劇はタイ政治の様々な面を映し出した。

▼突然の擁立

 擁立劇は突然だった。タクシン元首相派の国家維持党は8日、次期首相候補にワチラロンコン国王の姉のウボンラット王女(67)を擁立した。

 王女は米国人と結婚(のち離婚)し、1972年に王室を離脱している。法律的には一般人だ。しかし離婚・帰国後はタイでは王室関係者と同じように注目され、公的場面への登場も多い。政治的にはタクシン派に近いと言われ、昨年のロシアでのサッカーW杯では亡命中のタクシン元首相らと同席する姿が目撃された。

 国王が8日夜に擁立への反対声明を発表。これを受けて同党は9日、擁立を断念した。

▼タクシン派・反タクシン派の対立

 タイは2001年にタクシン元首相が率いる政党が選挙で勝利した。新政権は北部など地方の貧しい人々を支援する政策を積極的に推進。一方で、バラマキや汚職が進んだと言われる。

 軍は2006年にクーデターを実施。反タクシン派の政権を樹立させた。その後同国は、タクシン派(赤シャツ隊)と反タクシン派(黄シャツ隊)が対立する構図が続く。

 タクシン派は2007年12月の選挙で勝利した。しかし裁判所の解党命令で2008年2月-2011年は民主党(反タクシン派)のアピシット政権が発足した。

 その後2011年7月の選挙でもタクシン派が勝利、インラック政権が発足した。しかしタクシン派と反タクシン派の対立は続き、政治が不安定な状況が続いた。

▼クーデターと王室の影響

 そうした中2014年5月、軍がクーデターを実施。以後、プラユット暫定首相の政権が続いている。

 同国の政治を特徴づけるのは、まずタクシン派と反タクシン派の対立。社会に深い分断をもたらしている。第2に軍の関与。過去にも政治危機になると、軍によるクーデターが来る返された。第3に国王・王室の影響力。プミポン前国王(ラーマ9世)は、政治危機に仲介者としての役割を示し、タイ式民主主義に欠かせない存在だった。

 昨年即位したワチラロンコン国王に前国王ほどの威厳と存在感はないとされる。しかし今回の騒動は、王室や王族、元王族が持つ影響力を改めて見せつけた。

▼総選挙の行方

 総選挙は軍事政権寄り「国民国家の力」党(首相候補はプラユット暫定首相)と保守系の民主党(首相候補はアピシット元首相)、タクシン派の中核であるタイ貢献党(首相候補はスダラット元保険相)を中心に、今回話題になったタクシン派の国家維持等などが絡む。

 選挙後の首相の指名は、下院500議席に上院250議席を加えた投票で決める。上院は事実上軍の指名なので、軍事政権寄りの国民国家の力党が圧倒的に有利だ。

 ただし、下院ではタクシン派が多数を占め、ねじれになる可能性もある。

 選挙は5年ぶりの民政復帰のあり方を決め、同国の民主主義の行方を決定する重要な節目だ。そこに王女(元王族)の首相候補擁立という予想外の出来事が絡み、国王の声明で一夜で解決した。いかにもタイ的とも言える。

 関係者の狙いがどこにあったかは定かでないが、世界からの選挙への関心を一気に高めたことは間違いない。話題性は十分だ。

◎ 20年、混乱分断の日常化
◎ 赤黄シャツ、軍に王室バンコク流
◎ 王女兼首相を見たい気もしたが

2019.2.11
 

2018年6月18日 (月)

◆米朝首脳会談と世界 2018.6.17

 トランプ米大統領と金正恩北朝鮮委員長が12日シンガポールで会談した。首脳会談は1950年代の朝鮮戦争以来初めてで、米朝関係は新たなステージに入った。アジア情勢、世界情勢との脈略でどうとらえたらいいのか。

▼歴史的な会談

 米朝首脳会談は、色々な意味で歴史的だった。両国は1950-53年に朝鮮戦争を戦い、戦争は今なお終結してない。現在は休戦状態だ。両国間の国交はなく、米国は北朝鮮をテロ支援国家に指定している。

 1990年代に北朝鮮の核開発問題が浮上して以来、米国は同国に対し「圧力と対話」の政策を繰り返してきた。1990年代の核合意や2000年代の6カ国協議などが行われたが、合意はいずれも一時的な効果に留まり、北朝鮮の核やミサイル開発を阻止できなかった。

 米国が直接対話を避けてきた背景には、北朝鮮の体制がいずれ崩壊するとの判断もあった。今のところそれは外れている。

 今回の首脳会談は、直接対話なき60年以上を経て、初めて実現したもの。世界の関心も大きく、会談内容は一挙手一投足に至るまでテレビ中継された。メディアはほぼ例外なく「歴史的」という表現を使った。

▼非核化など約束、具体性は欠く

 会談後、両首脳は共同声明に署名した。A4で2枚程度にまとまる内容。主な内容は、(1)金委員長は朝鮮半島の非核化を約束、(2)トランプ大統領は北朝鮮の体制保証を約束、(3)4月末の南北朝鮮の板門店宣言を再確認、(4)共同声明の内容実現のため高官の協議を進める、など。

 非核化の具体的な進め方や目標期限、朝鮮戦争の終結宣言などは盛り込まれなかった。また、米国が求めていたCVID(完全かつ検証可能で非可逆的な非核化)は盛り込まれなかった。その意味では共同宣言は総論に留まる。ただ非核化や体制保証などの原則を約束した意味は軽視すべきでない。

▼不透明な今後

 今後の行方には、多くの不透明要素が残る。当面はポンペオ米国務長官と北朝鮮側による高官協議の開催が焦点になるが、その日程は不明だ。

 非核化には技術的に難しい問題が多数残る。トランプ大統領は首脳会談後の記者会見で、完全な非核化には技術的に時間がかかると指摘した。

 北朝鮮はこれまでも、国際公約を反故にする行動を繰り返してきた。今回の共同声明や4月の板門店宣言が順守される保証もない。今回の米朝首脳会議を、米国の圧力をかわず時間稼ぎという見方もある。

 北朝鮮の真意も、米国の真意も本当のところは分からない。今後の協議の過程で予期せぬことが起きるのも自然だ。行方は不透明であることを、まずは基本認識として抑えておくべきだろう。

▼大きな変化

 一方で、過去6カ月にそれまでの予想をはるかに超える大きな変化が起きた事実も重要だ。

 2017年には北朝鮮が断続的に核実験やミサイル発射を実施。米国は周辺海域に空母を派遣し、経済制裁を強化するなど圧力を強めた。事態は一触即発の状況にあった。それが変わったのは、2018年の年初からだ。

 金正恩委員長は年頭所感で、対話路線への転換をにおわせる発言を発信。これに韓国が応じ、南北対話→2月の平昌五輪への北朝鮮参加、南北合同チームの発足へと進んだ。

 それが11年ぶりの南北朝鮮首脳会談開催と初の米朝首脳会談へと結びついた。

 米朝首脳会談には曲折があった。トランプ大統領がいったん中止を表明する場面もあった。しかし、ポンペオ国務長官の秘密訪朝(3月、5月)や、2度目の南北朝鮮首脳会談(5月末)などを通じ、開催にこぎつけた。

 金正恩書記長は3月末と5月上旬の2度にわたり中国を訪問。冷却していた中朝関係を改善した。ロシアとの交渉も進めた。

 それまで動かなかった様々な回線が通じ、朝鮮半島を巡る事態が動き出した。

▼期待と疑問

 首脳会談後の会見でトランプ大統領は、北朝鮮との対話継続中は米韓軍事演習を中止すると表明した。

 北朝鮮は5月、拘束していた米国人3人を解放。首脳会談では、朝鮮戦争時の捕虜や行方不明者の遺体収容を約束した。

 金委員長は会談に先立ち、核実験を今後行わないと表明。北東部の核実験場を破壊した(どこまで本格的に破壊したかは不明)。

 口先だけでない実体を伴った動きがあるのも事実だ。

 北朝鮮の核問題や米朝関係の動向には、改善を期待できる要素と疑わしい動きがある。予断は禁物だ。

▼アジア巡る米中関係

 北朝鮮問題は核兵器が伴うだけに、単独でも重要だ。しかし、アジア情勢全体を見る場合には、米中関係を基本に据えて考えるのが自然だろう。

 第2次大戦後のアジアの秩序は、米国の覇権の下で保たれてきた。ここに中国が挑戦しているというのが、目下の大きな構図だ。

 米国は中国の対米貿易黒字はもちろん、先端技術での追い上げを警戒。米朝首脳会談の3日後の15日には、総額500億ドルという巨額の対中制裁関税発動を発表した。中国はこれに報復関税で応じ、米中貿易戦争の懸念が高まっている。

 安全保障面で、米国は中国の南シナ海での支配領域拡大を様々な手段でけん制しようとしている。さらに中国によるサイバー攻撃などにも対抗策を強化する。

 北朝鮮問題も、背後には米中の対立や関係が絡む。

▼急変する世界情勢

 世界に目を転じれば、米国は5月にイラン核合意から離脱した。同じ核問題で、北朝鮮と対話を進めようとする一方で、イランには強硬策を強めている。イスラエルでは大使館をエルサレムに移転した。こうした米国の新政策が、中東の混乱を深めている。

 北朝鮮核問題は先行き読みにくく、何が起きてもおかしくない。確実なのは、従来にない変化が起きつつあり、しかもそれが国際情勢に波及していく事だ。月並みだが、冷静に見つめていく必要がある。

◎ 首傾げ個性派役者の握手見る
◎ 予期できぬ2人が会って世が動く
◎ アジアの地パイプの修理はやや進む

2016.6.17

2018年5月13日 (日)

◆マレーシア政権交代の意味 2018.5.13

 マレーシア総選挙で野党連合が勝利し、1957年の建国以来初めて政権交代が実現した。事前の予想を覆す結果。92歳のマハティール元首相の再登板も異例だ。政権交代は同国が直面する多くの課題に改めて焦点を当て、東南アジアの周辺国にも問いかけを投げかけた。。

▼驚きの結果

 選挙はナジブ首相(当時)が4月6日に議会を解散し、5月9日投票の日程を決めた。ナジブ首相の与党連合の国民戦線に対し、マハティール元首相の新党などから成る野党連合の希望連盟が挑む形となった。

 結果は下院222議席のうち、希望連合が過半数の113議席を獲得(連携する地域政党を含めると122議席)。マハティール氏が10日首相に就任した。

 事前の世論調査では、与野党の支持率は拮抗していた。しかし同国の選挙は小選挙区制で、区割りは与党に有利にできている。このため政権維持の見方が多かった。マハティール氏の勝利は予想外の結果(unexpected victory)と受け止められた。世界のメディアはまた、マハティール氏の就任を「選挙で選ばれた世界最年長の首相」という観点から、多少面白おかしく伝えた。

▼与党有利の体制

 政権交代は同国の建国以来初めてだ。同国は独立直後に民族衝突を経験したことなどもあり、
権威主義的な政治体制を維持。経済発展優先で推移してきた。1981-2003年の22年間首相の座にあったマハティール首相の手法は、開発独裁の典型とも指摘された。

 選挙制度は与党に有利に作られ、UMNO(統一マレー人国民組織)中心の与党が建国以来権力を維持してきた。こうした体制下でナジブ首相は2009年に就任。

▼強硬策vsSNS

 2015年に国営投資会社の1MDBを巡るスキャンダルが発覚。元首相のマハティール氏が政権批判に転じ、2016年の新党を結成した。

 マハティール氏は選挙戦で、かつて自分の政権の副首相でその後解任したアンワル氏の政党などと手を組み、野党連合の希望連盟を結成した(ちなみにアンワル氏は同性愛などの罪でマハティール時代に一度収監されたのち、ナジブ政権下で再度収監された。本人は容疑を否認している)。

 ナジブ首相は選挙戦前に、与党にさらに有利になるよう区割り変更法案を成立。フェイクニュース対策法で言論規制を強め、マハティール氏への捜査も実施した。選挙戦では運動妨害なども強行。英FT紙は「権威(独裁)主義のテキストに載っているあらゆる手段」を使ったと揶揄した。地元主流メディアの論調も概して与党寄りだった。

 これに対し野党連合は各地で、汚職体質を批判する演説などで対抗。SNSを使った運動も展開した。

▼汚職体質への怒り、中進国の罠

 投票分析はまだ十分に進んでいなく、野党勝利の本当の理由は分からない点がある。ただ、都市部などを中心に与党の長期政権への飽きや汚職体質への批判が蓄積していたとの指摘は多い。

 もう一つ見逃せないのが経済だ。同国は最初のマハティール首相時代に、外資の導入などをテコに発展。シンガポールを除く東南アジアの周辺国に比べ高い経済成長を実現した。2000年代には1人当たり国民所得約1万ドルと、先進国の仲間入りを目指すレベルにまで来た。

 しかし、自国の産業は思うように育たず、「中進国の罠」に陥る懸念に直面する。右肩上がりだった時代と違い、国民の間には閉塞感が漂う。物価上昇で、経済成長に見合う生活水準上昇の実感が得られないとの指摘も多い。こうした経済状況が、人々の政権批判を強めたとの指摘もある。

▼新政権の課題

 選挙戦では与野党ともにばら撒きの政策を掲げた。マハティール氏の野党連合は、ナジブ政権が2015年に導入した消費税の撤廃を訴えた。税率は6%で政府歳入の約2割を占める。選挙では様々な支出の拡大も約束した。

 実際の政策がどうなるかは不明だが、市場では財政悪化の懸念が出ている。

 マレーシアは1997年のアジア通貨危機時に、マハティール氏の主導で資本移動規制を導入した。当時のIMFの政策理念とは相反する決定だった。危機時の資本規制導入についてはその後、必要な政策手段として容認する見方が増えてきたが、海外投資家はマハティール氏に対する警戒を忘れない。

 外国為替や金融市場が混乱するような事態になれば、マレーシア経済の安定を損ないかねない。

 中心国の罠からの脱出は抜本的な課題だ。同国はこれまでも先端産業の育成、教育を通じた国民の人的資源の質向上などに取り組んできた。しかし、成果は一定の範囲にとどまる。マハティール氏あ再度この課題に取り組むことになる。

▼多様で複雑な方程式

 マレーシアは人口3100万人で、マレー系と華人系、インド系などが共存する。宗教もイスラム教(人口の約6割)のほか、仏教、ヒンズー教など多様だ。

 同国では長らく地元マレー系を優先するブミプトラ政策を採用してきたが、見直しの声も出ている。経済発展や社会の安定を維持する上でも、民族や宗教の多様性に対する配慮が欠かせない。問題は複雑だ。

▼民主化と強権化――東南アジアの政治の2つの流れ

 東南アジア政治はここ数年、民主化の流れと権威主義的な政権の強まりという2つの流れの中で動いてきた。ミャンマーでは2016年、軍事政権→文民政権が発足した。一方、タイでは2014年のクーデターの後、軍事政権が長期化。フィリピンではドゥテルテ大統領が権威主義的な色彩を強めている。カンボジアではフン・セン政権が野党の活動を停止した。

 背景には、米国のこの地域への関与縮小と、中国の存在感拡大もある。米欧流の民主主義は政治体制の基本原理として底流を流れる一方、中国流の権威主義的統治が影響力を増している。

▼世界の関心とマレーシア

 「世界」の視点から今回の選挙を眺めると、民主化の定着と周辺国への影響、中進国の罠の問題のほか、イスラム教徒多数の国家における民主主義の定着と経済発展などの関心もある。それは、世界が抱える課題にそのまま跳ね返るテーマでもある。

◎ 経済に民主化も脚光マレー式
◎ あの熱意卒寿のカリスマ世界(よ)を揺らす
◎ 寺院にてコーランを聞く多様の地

2018.5.13

2017年7月 2日 (日)

◆香港返還・アジア危機・スマホ 2017.7.2

 香港が英国から中国に返還されて1日で20年を迎えた。アジア通貨危機表面化からも20年。6月29日は、アップルがiPhoneを発売し、スマホの時代に入って10年目だった。記念の節目から振り返ると、過去10年、20年の世界の変化がいろいろ見えてくる。

▼中国の拡大

 香港返還の1997年7月、香港は中国のはるかに先を行く存在だった。香港のGDPは中国全体の18%、1人当たりのGDPは中国の35倍だった。香港ドルは人民元に比べ約7%高かった。

 世界と中国の貿易の少なからぬ量が(契約などで)香港を通して行われ、海外から中国への投資は香港経由で行われるものが多かった。海外企業が香港に設立した企業が、中国国内の工場を管理するケースも多かった。文字通り、香港は中国の窓口だった。

 現在(2016年)、香港のGDPは中国の3%以下。1人当たりのGDPも5倍程度に過ぎない。香港ドルの価値は約10年前に人民元より安くなり、現在は約20%低い。

 「中国の高成長はいつか限界が来る」と経済専門家などは指摘した。しかし中国は過去20年間10%近い成長を維持。GDPは2010年に世界2位になり、上海など先進地域の1人当たりGDPは中心国並みだ。アリババやテンセントなど世界的な企業が育った。AIIB設立や一帯一路構想、南アジアへの海洋進出など、中国の拡張は留まるところがない。

 返還後20年で、香港の中国に対する優位性や存在感は、経済規模で見る限り相当縮小した。

▼問われる1国2制度

 香港返還時、中国は香港に対し高度な自治を認める「1国2制度」を向こう50年間維持すると約束した。しかし政治的な動きなどがあるたびに、香港の自由が脅かされる事例が相次いだ。

 代表は2014年の雨傘運動だ。2017年の行政長官線をにらみ、学生ら民主派が自由選挙を要求。中国の意向を受けた当局は、これを力で封じ込めた。

 その後、香港では無力感が高まる一方、中国からの独立を目指す強硬派の台頭も表面化した。

 中国当局は、こうした動きに強硬姿勢を示す。習近平国家主席は1日の記念式典に参加。「中央の権力に対するいかなる挑戦も絶対に許さない」と明言した。中国政府が、「1国」を「2制度」に優先させる立場を改めて示したともいえる。

 香港が中国にない特徴として保持しているのは「法治」を基礎とした経済や社会システム。そして相対的な「自由」だ。今後もこうした特徴を生かし、独自の存在感を示していけるのか。それとも中国の中に埋没してしまうのか。返還20年の節目は、香港が重大な岐路にあることを改めて明示した。

▼通貨危機から成長へ

 タイがバーツのドル連動を断念し、アジア通貨危機が表面化したのは香港変化の翌日の1997年7月2日だった。タイと韓国、インドネシアがIMF監視下に置かれ、フィリピンなどの通貨が混乱した。インドネシア・ルピアは米ドルに対し80%、タイ・バーツや韓国ウォンは50%低下した(その後現在に至るまで、水準は大きく下がったままだ)。インドネシアではスハルト政権が崩壊し、韓国では財閥が解体した。

 通貨危機前、アジア各国は経済成長を追求して海外からの借り入れを急増。金融システムの危機管理はおろそかになった。これが通貨危機の一因だ。

 危機後、各国は金融監視などを強化。アジア国間でも通貨相互融資のチェンマイ・イニシアティブを導入(2005年)するなど危機管理強化に努めた。2008年の世界金融危機の際にもアジアの金融システムが揺らぐことはなかった。

 アジア経済はこの20年、少なくとも数字的には順調な成長を実現している。中国だけでなく、他の地域も高い成長率を維持。近年の成長率はインドが7%以上、中国が6%台、東南アジアが4-5%だ。アジアが世界の経済成長を引っ張る時代が続く。

▼成長を支えた平和、改めて問われる政治

 アジアが成長を実現してきた要因として、平和の維持が大きい。アジアでは1950-70年代のベトナム戦争、その後のカンボジア紛争など1990年代前半まで戦争・紛争が続いた。「紛争のアジア」という言葉が時代を映し、経済の発展は損なわれた。しかし1990年代後半以降大規模な紛争はなく、状況は変わった。

 ただ、現在の平和や政治の安定が危うさを抱えているとの指摘も少なくない。中国は共産党1党独裁の国家。シンガポールやマレーシアも事実上1つの政権が政治を支配する体制が続いている。タイは軍事政権下にある。フィリピンには強権のドゥテルテ大統領が誕生した。

 反グローバリズムの高まり、トランプ米政権の誕生など、世界の枠組みは変わろうとしている。テロの中東からアジアへの拡散の兆候など、新たなリスクも噴出している。

 アジア通貨危機は、経済モデル、金融システムの監視体制のほかに、政治や社会の安定などの問いも突き付けた。それは現在まで引き継がれる。

▼スマホ時代

 iPhone発売から10年の6月29日、アップルのクックCEOはツイッターで「世界を変えた」と発した。iPhoneの累計販売台数は12億台。2016年の世界のスマホの出荷台数は16億台だ。今では世界中の2人に1人以上がインターネットでつながり、フェイスブックの利用者は20億人を超えた。

 世界はICT革命の最中にある。スマホ時代10年目は、時代を考えるのにふさわしい節目だ。

◎ 1国2制度、元々詭弁と知るけれど
◎ 自由より「大中華」響く香港の空
◎ 豊かさは鄧小平の夢に近付くが

2017.7.2

2016年10月17日 (月)

◆タイ国王死去の影響 20161016

 タイのプミポン国王が88歳で亡くなった。国王は国民の尊敬と支持を集め、国家の象徴として存在感を示してきた。国王死去が同国の政治・経済に与える影響は小さくない。

▽在位70年

 プミポン国王の在位は1946年から70年。当時アジアには中華人民共和国も存在しなければ、ASEANもなかった。第2次大戦後の混乱から東南アジア紛争の時代(ベトナム戦争など)を経て、冷戦後の時代がすでに4半世紀が経つ。その長期間を国王として、タイと共に生き抜いてきた。

 タイでは第2次大戦後、政治の不安定が続き、軍事クーデターが多発した(1932年の立件革命以降13回)。1960-70年代にはベトナム戦争など紛争が拡大した。そんな時代、タイが曲がりなりにも民主主義体制を維持し、経済発展を実現してきた。

▽「タイ式民主主義」の支柱

 それを可能にしてきたのは国王の存在。国王の権威を背景に「タイ式民主主義」が機能し、混乱の中にも安定が保たれてきたという見方は多い。

 クーデターなど混乱の節目節目で、国王は直接政治に介入し、事態を収拾してきた。とくに有名なのは軍事政権と民主派が衝突した1992年の「5月の虐殺」。国王は両派トップを呼び、政権に退陣を命じて事態を収めた。

 タクシン派と反タクシン派が対立を続けた2000年代以降は、国王の直接の政治介入はない。しかし精神的な支柱として、統治の正当性の拠り所にもなっていた。国家安定の象徴的な柱だったと言ってもいい。

▽後継者を巡る風評

 プラユット暫定首相は1年間を服喪期間にすると発表した。この期間は、次期国王の就任もない。

 次期国王としては、長男のワシラロンコン氏が1972年皇太子に指名されている。常識的には同皇太子が後継国王になる。ただし、同氏は国民に不人気で、むしろ次女のシリントン王女の方が人気が高い。いずれにしろ、プイポン国王のようなカリスマ性を求めるのは無理という見方が強い。

▽「国王の威光頼り」だった?

 タイには1970年代以降周辺国に比べ経済発展が進んだ。しかし貧富の格差や国内政治の混乱などにより、最近は成長率が低下している。1人当たりのGDP(米ドルベース)も、1996年には中国の4倍以上だったものが、現在では逆転されている(1997年のアジア通貨危機で通貨価値が大幅に下がった影響もある)。政治も経済も正念場にある。

 タイでは8月に新憲法草案が国民投票せ承認されたばかり。2017年中に総選挙を実施し、現在の軍事政権から文民政権に権力を移行する予定だ。しかし、新憲法下では軍の影響力はかなり残る。政治の混乱が形を変えて続くという見方も少なくない。

 プミポン国王の死去は、同国が「国王の威光頼り」だったことを改めて認識させたともいえる。行方は楽観できない。

2016.10.16

2016年9月13日 (火)

◆北朝鮮の核実験を見る視点 2016.9.11

 北朝鮮が再び核実験を実施した。国際的な批判を覚悟の強硬な行為だ。同国は核実験に加えミサイル発射、SLBM(潜水艦発射ミサイル)発射などの動きを加速しており、核兵器の実戦配備にまた一歩近づいたとの見方が多い。

▼核実験とミサイル発射

 北朝鮮の強硬姿勢は、2011年末に金正恩氏が最高指導者の地位を継承してから一段と強まっている。核実験は2013年2月、2016年1月に実施しており、金正恩体制下では今回が3回目。中距離ミサイルの「ノドン」「ムスダム」などの発射も繰り返している。米国や国際社会に対する挑発的な発言もしばしばだ。

 北朝鮮の強硬姿勢の理由としては、米国を2国間対話に引き出す狙い、国内体制の引き締め狙いなど様々な見方が指摘される。「瀬戸際外交」の一環として捉えるのも一つの見方だ。

▼国際社会の効果は限定的

 北朝鮮の動きに対し、国際社会は国連安保理などで非難する一方、経済制裁などを課してきた。しかし、決定的な効果が出ているとは言い難い。かつて北朝鮮の核問題の対話の場だった6カ国協議も休眠状態に入ったままだ。

 今回の実験に対しても、国際社会は北朝鮮を強く批判した。国連は北朝鮮非難の報道声明(Press Statement)を出し、安保理で追加制裁などを協議している。東アジア首脳会議も北朝鮮非難の声明を出した。米国、日本、韓国などは独自の追加制裁も検討する。

 軍事面での対抗策もある。米日韓はミサイル防衛網などの協議を続ける。米国と韓国は共同演習など軍事協力を強める。

▼繰り返される動き

 こうした動きは、北朝鮮が核実験やミサイル発射を行うたびに繰り返されてきた。こうしたオーソドックスな対応は、もちろん重要だ。しかし、効果が限定的であることも直視する必要がある。

 国際世論(特に日本)では「北朝鮮ケシカラン」論が高まるのも繰り返されてきたことだ。ただし、感情的に北朝鮮批判の声を高めるだけで問題が解決しないのも言うまでもない。

▼問題を眺める視点

 問題を取り巻く状況を、いま一度レビューしてみたい。不確定要因は多いが、次のような視点が欠かせないように見える。

 第1に、北朝鮮が「核を使える状況」に一歩一歩近づいているという事実だ。
 ただし、仮に実戦配備しても、米国の核戦力とは比較にならない。北朝鮮が仮に核を使用することがあれば、報復を受けて北朝鮮の体制が直ちに崩壊する。そのことは自明に理として、北朝鮮の指導部にも理解されている。

 第2に、「外交と軍事」「対話と圧力」がやはり対応の基本になるという視点だ。

 第3に米国は依然最大の影響力を保持しているが、同国の指導力は低下しているという事実。

 第4に、この問題ではやはり中国の影響力が重要、という視点だ。
 一時に比べ、北朝鮮に対する中国の影響力は小さくなっていると指摘される。それでも、北朝鮮が経済的に中国に依存しているのは否定できないし、北朝鮮に対し最も圧力をかけられる国は中国だ。

 第5に、北朝鮮の意思決定のプロセスが不透明であるという事実だ。
 同国の動きは金正恩第一書記の意向に左右されるが、第一書記がどんな判断に基づき、どんな狙いで決定しているかは不明だ。国際社会は、北朝鮮問題の「不透明性」「不確実性」と付き合っていかなければならない。

▼世界にとってのリスク

 世界にとっての「リスク」の観点から、この問題を見るのも重要だ。

 「北朝鮮崩壊のリスク」は抑止的される。経済制裁などであまり同国を追い込みすぎると、国家崩壊につながるという見方だ。それは周辺国への難民流出など次の問題を引き起こしかねない。

 「核拡散リスク」も軽視すべきではない。世界にはイスラム過激派などのテロ集団も拡散している。核テロを含めた核拡散は、世界に確率は小さくても極めて影響が大きいリスクだ。

 騒ぐのでなく、問題を正面から見つめることが重要だ。

2016.9.11

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