カテゴリー「アジア」の48件の記事

2020年8月30日 (日)

◆安倍首相辞任と世界の反応 2020.8.30

 日本の安倍首相が健康上の理由から辞任を表明した。2012年12月の就任から8年近く。日本史上最長の政権となった。

▼成果と弊害

 安全保障では安保法導入などいくつかの政策を実現し、2009-12年の民主党政権時代に揺らいだ日米関係を再強化した。TPP11の発足に貢献した。

 経済では金融緩和を軸にしたアベノミクスを推進し、円高是正による回復をもたらした。当初のキャッチフレーズだった「3本の矢」の中心課題だったはずの構造改革、は限定的だったとの評価が多い。

 就任前を含め国政選挙(衆院、参院)に6回連続で勝利。政権安定をもたらし、官邸主導の政治で主導権を発揮した。半面、公文書の偽造・破棄などスキャンダルも生んだ。

▼辞任会見:やり残しは憲法改正、経済改革には触れず

 辞任会見で、安倍首相は実現できなかった事として憲法改正、北朝鮮の拉致問題の解決、日ロ平和条約の実現を挙げた。一方、「経済改革」という言葉は60分の会見中1回も出ず、アベノミクスも僅かだった。

 世界の日本に対する関心は、一昔前とは比較にならないほど低下した。その中でも、アベノミクスは世界に先駆けた実験として注目された。量的緩和を中心としたリフレ政策は世界に先例がなかった。金融政策で時間を稼ぎ、経済改革を進めるという手法は世界の関心を集めた。

 しかし、アベノミクスが政策の中心から徐々に外れのに従い、世界の関心も次第に薄れていった。

 憲法改正は、海外から見れば「日本の問題」だ。安保や外交はそれなりに注目されたが、海外で大見出しになる事は多くなかった。安倍首相も、トランプ米大統領との良好な関係に焦点が当たることが多く、それ以外はあまり目立ったとは言い難い。

▼ナショナリストかリアリストか

 英BBCは安倍政権の評価を論じる記事で、"revisionist nationalist or progmatic realist?" (歴史修正主義のナショナリストか、実利主義的な現実主義者か)と題した。当初から関心を持たれていた視点の1つだが、明確な答えを出すには至らなかったようだ。海外からみた評価の一面を映している。

◎ レガシーは長期政権 平和かな
◎ 民族派か現実主義者か解けぬ謎
◎ ニュースには天災政変あと少々

 

2020.8.30

 

 

2020年8月 2日 (日)

◆李登輝死亡と中台関係 2020.8.2

 台湾の李登輝元総統が死亡した。1996年に初の総統選の直接選挙を実施して、民主化を推進した人物。その後中国との2国論を展開し、中国からは敵対視された。死亡に際しても国際社会や中国から様々な反響があり、影響力を示した。

▼国民党独裁の打破

 李登輝氏は1996年の民主化の前、国民党の要職を経て1988年から台湾の総統に就任していた。しかし、国民党の利益とは一線を画していたところが、重要なポイントだ。

 国民党は元々中国本土の政権を担っていた政党。第2次大戦後に共産党との内戦に敗れ、台湾に逃れて政権を樹立した。同党政権下の支配層の中核は中国から逃れてきた外省人が中心で、元々台湾にいた本省人は差別を受けていた。

 国民党の支配は独裁的で、1947年には政権による本省人の大規模な弾圧・虐殺事件が起きている(2.28事件、犠牲者は数万人と推計される)。国民党政権は、その腐敗も指摘された。

 元々本省人だった李氏は、農業の専門家からスカウトされる形で政治の世界に入った。そして国民党内で本心を隠す形で出世し、1988年に総統に就任。その後は、巧みな人事などで国民党独裁を徐々に解消した。

▼民主化と2国論

 そして1996年の直接選挙につなげる。直接選挙の前には、中国が台湾に圧力をかける台湾海峡危機が発生したが、計画通りに選挙を実現した。

 危機には米国の協力をはじめとする、国際社会の支援を獲得して乘り切った。選挙では圧勝した。

 その後1999年には、中国と台湾の関係を「特殊な国と国の関係」とする2国論を表明。中国の反発を受け、中台対話は中断した。 

 2000年の総統退陣後は出身の国民党ではなく、対立する民進党系の政治家に肩入れした。

▼民主化台湾がなければ

 台湾の民主化は、中華圏では初めてのものと言ってもいい。

 歴史にifはないが、仮に李登輝氏が登場せず、国民党による独裁、腐敗態勢が続いていたら台湾はどうなっていたか。台湾の魅力は、今より小さかったに違いない。中国による台湾統一が進み、中国共産党と国民党(国共)による1国2制ができていたとしてもおかしくない。

▼世界に反響

 李登輝氏の死亡に際し、ダライラマなど世界の要人が弔意を伝えた。これに対し、中国の外務省の副報道官は「国の統一は阻止できない」と李登輝氏を批判する声明を発表。中国共産党系メディアの環球時報は「中華民族の罪人」と主張した。

 台湾の蔡英文総統は、ツイッターで中国語のほか英語、日本語のメッセージを発信。日本語版には7月31日、「李元総統の遺志を継ぎ『台湾に生まれた幸福』を追求し続けます」と書いた。

 李登輝氏は死亡に際しても、世界に影響を投げかけた。

◎ 政治家逝き、民主、統一の議論に火
◎ 中華圏に民主化のサンプル ソフトパワー
◎ 国共の1国2制度冷めた夢
◎ この地球(ほし)で「生まれた幸福」何人か

2020.8.2

 

2020年7月 5日 (日)

◆香港1国2制度の黄昏 2020.7.5

 香港で国家安全維持法が施行された。中国の直接統治が強まり、1国2制度の形骸化の懸念が強まる。自由な自治を前提としてきた香港は、重大な曲がり角を迎えた。政治体制や価値観を巡る米欧と中国の対立にとっても、重要な節目になる。

▼中国が直接関与

 国家安全法は6月30日に中国が交付し、同日午後11時に香港で施行された。主な内容は、(1)国家分裂、政権転覆、テロ活動、外国勢力との結託を犯罪を規定、(2)中国政府は香港に治安維持期間を新設する、(3)香港の他の法律と国家安全法が矛盾する場合は、国家安全法を優先する、などだ。

 (1)の犯罪の規定は、反中的な抗議活動や民主化デモなどを念頭にしているとみられる。(2)は、これまでの香港政府を介した間接的な関与ではなく、中国が香港に直接関与することを意味
する。(3)は、香港法が中国法の下に置かれことを鮮明にする

 

▼1国2制度の骨抜き

 

 香港は1997年の返還から50年間、「1国2制度」を約束されてきた。香港は中国の領土でありながら、法律や司法などは香港独自の制度を維持する仕組みだ。香港のビジネスは英国法の影響下に作られた香港法の下で運営され、金融業などは返還前と変わらず繁栄を維持してきた。

 国家安全法は、香港法が中国法の下に位置づけられると明確化した。1国2制度が骨抜きされると言ってもいい。

▼中国と同じ状況に

 安全法は外国人にも適用される。外国人であっても、「国家分裂」をみなされる発言は許されないし、違反を理由に逮捕されることもある。

 いわば、中国国内に居るのと同じ状況になる。これまで香港は、「言論や通信の自由がある地域」だったが、中国と同じようになる、と考えるのが分かりやすい。

▼中国は民主化に危機感

 中国が国家安全法制定に動いたきっかけの1つが、昨年の抗議デモと言われる。香港の議会が、香港で犯罪を犯した犯人を中国に送ることを可能にする「逃亡犯条例」の制定に動いたことに、民主派の住民らが反発。昨年6月以降、100万人、200万人以上が集まる大規模抗議活動が続いた。

 抗議活動の要求は民主化拡大の要求にもつながり、11月の区議会選(権限は小さいが、民意のバロメータと位置付けられる)でが民主派が圧勝した。

 この間、香港政府は有効な対抗策を打ち出せず、中国政府は危機感を強めた。結果、直接統治に繋がる香港安全法制定に動いた、という見方だ。

▼「香港の自由の死」

 香港の民主派住民らは7月1日以降、安全法に対し反対活動を展開。これに対し香港警察は取締りを強化し、安全法に対する逮捕者を出した。報道機関やネットに対する監督も強化している。香港の民主派団体も解散を余儀なくされるなど、統制が強まっている。

 元々香港の社会から自由が失われていくという見方は、幅広くあった。例えば2015年に政策された映画「十年」は、自由が失われてた10年後の香港の日常を淡々と描いている。

 しかし、今回は、1国2制度が急激に覆される展開。民主派からは(例えば蘋果日報=アップルデイリー=代表など)は、「香港の自由は死んだ」などの発言も出る。

▼経済にはダメージ、中国は想定済み

 米欧など国際社会は安全法制定に反発。米国は香港や中国に対する制裁措置を発表した。香港に進出している企業は、香港法による財産の保護などが保証されなければビジネスも展開しにくい。事業の撤退などの動きもでてくるだろう。実際、ヘッジファンドなど金融機関には、拠点を香港からシンガポールに移す事例もある。

 経済的なダメージは避けられないだろう。しかし、中国政府もその辺は十分に理解した上での決断だろう。香港が中国経済に占める割合が、返還時とは比べ物にならないほど縮小した(1997年には香港のGDPは中国の7%程度、現在は2%程度)。これも、中国が思いきった決断ができる理由の1つだろう。

▼香港住民の受入れ

 民主派の住民らが、香港から海外に流出する動きもある。旧宗主国の英国や豪州、台湾などは、香港住民を受け入れる姿勢を表明している。

 ただし、百万人単位の流出になれば、簡単に対応できるものではない(香港の人口は750万人)。欧米などの中国批判・民主派支持が、単なる言葉だけのものか。それ以上のものになるかも問われる。

▼欧米vs中国の最前線

 香港問題は、香港個別の問題であるほか、国家体制や価値観などを巡る米欧と中国の対立(競合)の最前線でもある。欧米は自由や民主主義、法の支配を尊重する体制が、人々の幸福や経済発展という観点から見て相対的に優れていると主張してきた。香港のあり方でも、中国が「1国2制度」を尊重する方が利益になる、という読みがあった。

 ただ中国は、欧米のモデルにとらわれない国家のあり方や経済発展を志向する傾向を強めている。2008年の世界金融危機以降は特にそうだ。そして、経済成長の持続や人々が豊かになるという面では、結果を出している。

 国際社会における存在感を拡大し、中国式モデルが新興国などから支持を拡大しているのも事実だ。

 香港問題は、自由や民主主義、国家のあり方に関わるこうした問題に改めて問いを突き付ける。香港住民受入れなど、個別問題についても総論では答えにならない疑問を投げかける。

 

◎ コロナの夏1国2制度黄昏時
◎ 「自由の死」を呆然と見つめ盛夏来る
◎ 嫌われても中国伸長この事実
◎ 「頑張れよ」声だけ声援空虚なり

2020.7.5

 

 

2020年3月 1日 (日)

◆アフガン和平合意の見方 2020.3.1

 米国とアフガニスタンの武装勢力タリバンが和平合意に調印した。2001年のアフガン戦争勃発以来初めての合意で、歴史的な節目ではある。

 ただし、合意で平和や同国の安定が見えて来るかは定かでない。合意の背景に、大統領選での得点を狙う米トランプ政権の思惑もちらつく。評価は簡単ではない。

▼半世紀に渡る混乱

 アフガン混乱の1つのきっかけは1970年代末のソ連による侵攻。ソ連を後ろ盾とする政府への抵抗が広がった。1989年にソ連が撤退した後も、武装集団が各地に残った。

 各派が対立する中から1990年代にタリバン政権が成立。北部など一部を除き国土を支配した。このタリバン政権時代に、ウサマ・ビンラディンを指導者とするアルカイダが拠点を構え、全世界に向けテロを展開した。

 2001年の米同時テロの後、米国は国際社会の同意を取り付けてタリバン政権を攻撃(アフガン戦争)。同政権を崩壊させた。

▼アフガン戦争後の動きと国際支援

 アフガン戦争の後に、2004年に初の大統領選が実施され、カルザイ政権が成立した時期には国の再建や治安改善への期待が高まった。

 国際社会はアフガンの安定と復興のために支援を強化。国連治安支援部隊(ISAF)は一時最大14万人の治安維持部隊を駐留させた。ISAFから2003年に指揮権を受け継いだNATO軍や米軍が駐在した。経済面の支援も拡大した。

▼治安安定せず

 しかしその後も国家の再建が進んだとは言い難い。混乱は継続し、治安も安定しなかった。

 タリバンは地方などから徐々に勢力を回復。中央政権と地方勢力の対立も顕在化した。中央政府の支配が及ぶのは首都カブールやその周辺に限られる。

 同国の治安権限は2014年末にNATO軍からアフガン政府軍に移された。しかし政府軍だけで治安を維持できるような状況ではない。米軍は現在1万2000人規模の駐在を続け、NATOはアフガン政府軍支援の名目で駐留を継続する。

 首都カブールを含む各地ではテロが絶えない。昨年12月には同国東部で緑化事業などに取り組んでいた中村医師が殺害されたが、これも治安の状況を物語る。

▼米軍は撤退模索

 米国は何度も駐留軍の規模縮小や撤退を目指したが、実現しないばかりか、一時的にはむしろ増派を迫られた。

 トランプ大統領は選挙戦でアフガンからの撤退を公約に掲げた。しかしこれまで目立った成果はなかった。今回の合意発表は、そうした状況下で行われた。

▼見えない詳細

 合意によると、米国は今後段階的に撤退し、最終的に2021年春に完全撤退する。タリバンはアフガン政府の対話を促進し、国際テロ組織に拠点を提供しないことなどが盛り込まれる。

 しかし詳細は不明なところが多い。約束を実現できるかどうかも不透明だ。

 特に気にかかるのが治安の維持。タリバンは未だにテロを実施している。加えて、アフガンにはアルカイダなど約20のテロ組織が活動を続けるといわれる。合意の紙一枚で治安が安定すると考えたら楽観的過ぎる。

▼戦略不在のリスク

 タリバンと米国(およびアフガン政府)の対話は、数年前から断続的に続けられてきた。トランプ政権下でも2019年秋など、合意間近と言われた時期もある。今回の合意には様々な狙いがあるのだろうが、米トランプ政権が大統領選をにらみ、とにかくまとめたという印象も消えない。

 昨年明らかになった米政府の内部報告書(いわゆるアフガン・ペーパー)は、米政府高官の証言として、米国がアフガンの事情を何も理解しないまま場当たり的に対応してきた実態を物語っている。その後、米国のアフガン理解が深まったとは推測しがたい。理解不在、戦略不在の政策決定がまた行われる危険性はないのか?気になるところである。

 アフガン情勢は不明な点が多く、入手できる情報も限られる。思い込みは禁物である。言葉に踊らされることなく、一つ一つの動きをきちんと見極めていく必要がある。

 

◎ 半世紀の戦乱の鬼子 乱立す
◎ 銃弾とテロとの生活3世代
◎ 「和平」の報 マユツバに聞く土漠の民
◎ 大国の身勝手十分に慣れたけど

 

2020.3.1

2019年9月 1日 (日)

◆緊迫度増す香港情勢 2019.9.1

 

 香港情勢が緊迫度を増している。

 29-30日には警察当局が民主派指導者や議員を逮捕、31日に予定していたデモを不許可とした。これに対し市民が反発。31日には香港島中心部などで抗議活動を展開し、治安当局と衝突が発生した。9月1日にはデモ隊が空港バスターミナルを一時占拠するなど混乱が続いた。

▼デモ3か月

 逃亡犯条例をきっかけに6月に抗議活動が始まったのが6月。3か月(13週間)を経過するが、毎週末になると抗議活動が続く。事態は収束の兆しを見せるどころか、混乱を深めている。

 香港当局は民主派の求める条例の撤回などの要求を拒否し続ける。これに対し住民は8月18日のデモに170万人(香港人民は750万人)が参加するなど抗議活動を続けるが、落とし所が見えている訳ではない。一部のデモ参加者が過激派→警察との衝突も繰り返される。

▼1国2制度の実態

 香港政府は、中国の指示なしには何もできないように見える。林鄭月娥行政長官が先頭に立ってメッセージを発する機会も減った。これが返還から22年目の1国2制度の実態なのだろう。

 香港経済への影響は深刻だ。観光客は減少し、外資は他の地域に機能を移し始めている。香港がの地盤低下が決定的になるとの見方も強い。

▼あと1か月の勝負?

 手詰まり状況がどう動くのか。中国は香港との境界付近に治安部隊を送り、圧力をかける。中国は10月1日に建国70周年を迎え、それまでに事態収拾を狙うとの見方が強い。ただし、直接の派兵は国際世論上のマイナスの影響もあり、できれば避けたいとみられる。

 米国や欧州は中国の動きをけん制するが、口先の言動に留まる。台湾では中国に対する警戒が一層強まるが、アジア諸国の発言は少ない。

 今後1か月。流血事態を含め、何があってもおかしくない。

◎ 毎週末デモに100万 暑い夏
◎ 民主化は抑圧 都市は沈下する
◎ 正体がよく見えて来る1国2制度

2019.9.1

 

 

2019年7月 1日 (月)

◆米中休戦とプーチン発言―G20周辺発のニュース 2019.6.30

 G20首脳会議が大阪で開かれた。会議には世界の首脳が集合し、会議本体もさることながら、重要な2国間会談多数開催された。世界的なニュースがG20周辺発で流れた。

▼米中貿易協議再開

 世界の注目が集まったのが29日の米中首脳会談だ。貿易やハイテク分野を巡る米中の対立は、過去1年の世界のニュースのヘッドラインを提供し続け、世界経済に多大な影響を与えてきた。

 トランプ大統領は昨年3月、中国が知的財産権を侵害しているとして対中関税を引き上げると発表。その後3段階に分けて、今年5月までに合計2500億ドル分の中国からの輸入品に対する関税を25%に引き上げた。対象は米国の対中輸入総額のほぼ半分に相当する。

 加えて米国は中国のハイテク企業を狙い撃ち。昨年はZTEとの取引を禁止し、同社に対し多額の罰金や経営陣後退などの条件を呑ませた。昨年末からはファーウェイに狙いを定め、G5市場からの締め出しや事実上の取引の禁止などを打ち出してきた。

 米中は昨年12月のアルゼンチンでの首脳会議で、貿易協議に入ることで合意した。しかし協議は今年5月に事実上決裂。それを受けて米国は制裁関税の第4弾計画(2500億ドル=1-4弾合計で米国の中国からの輸入のほぼ全量)を発表するなど、米中摩擦の日は益々激しくなった。

▼見えない先行き

 大阪での首脳会談で米中は協議の再開を決定。米国は第4弾の関税引き上げを見送った。ファーウェイに対する取引も、一部容認する姿勢だ。

 ただ、米中対立を解くのは容易ではない。米国は技術的な優位を維持するために中国に対し知的財産権保護を保証するシステム導入を求める。一方中国は米国流ルールの押し付けに対抗する。その底流には、安全保障や経済での覇権争いがある。問題は構造的だ。

 世界経済はすでに、米中摩擦激化の深刻な影響を受け始めている。アジアからは輸出が減退。景況感も低下している。世銀やIMFなどは経済見通しを相次ぎ下方修正した。経済減速は金融市場の不確実性拡大にも繋がりかねない。

 米中首脳会談の結果はそうした懸念を一服させた。しかし先行きが見えてきたわけでは全くない。

▼波紋広げるプーチン会見

 G20首脳会議に先駆けて、ロシアのプーチン大統領が英FT紙と行ったインタビューが物議を醸している。プーチン氏は自由主義が時代遅れになっている(obsolete)と指摘。トランプ米大統領の一方的な政策を批判した。

 また2015年の欧州難民危機の際に独メルケル首相が判断した寛容な移民政策が間違いであり、後に問題を大きくしたなどと批判。リベラル派は影響を及ぼせなくなったと語った。

 インタビューは多くのメディアが引用。EUのトィスク大統領(首脳会議議長)は強く反発した。

 プーチン大統領の発言は意図的に刺激的な部分がある。しかし、ここ数年の難民危機やトランプ米大統領の誕生、英国のEU離脱決定(Brexit)など、寛容な精神に裏付けされた自由民主主義(リベラル・デモクラシー)の存在価値と力が問われているのは間違いない。そんな環境だからこそ、プーチン大統領の発言が波紋を広げているのだろう。

▼驚きの米朝首脳会談

 トランプ米大統領は大阪で北朝鮮の金正恩委員長との会談の可能性に言及。2日後には板門店で会談を実現した。米大統領が軍事境界線を越えて北朝鮮領に入ったのは初めてだ。

 トランプ大統領の予期しがたい行動が、ここでも現れた。同時に、周到な準備よりスピードを重視する同氏の特性が現れた格好だ。

 G20会議本体は、公正貿易などの理念や海洋プラスチックごみの2050年までの廃止などを盛り込んだ大阪宣言を採択して閉幕した。ただ、貿易については昨年に続き保護主義に反対する文言はなく、環境でも地球温暖化問題への言及はなかった(議長国日本が米国に配慮したためと、英FTなどは批判的に報じた)。

 G20が始まった2008年は、リーマンショックの直後。最初のうちは世界恐慌防止と金融危機の拡散防止に、各国が必至で取り組む姿勢が伝わってきた。その後、会議は「集まること」が重要になり、周辺の2国間協議にむしろ注目が集まる。

◎ ボス集う 何かが動くこともある
◎ 先は不明 それでも安堵の米中休戦
◎ 自由批判 饒舌を許す 辛い時世
◎ 自由主義「古い」に「それなら」と質したい

2019.6.30

 

 

2019年6月17日 (月)

◆香港の抗議デモと世界への問いかけ 2019.6.16

 香港で「逃亡犯条例」改正を巡り市民らの抗議活動が拡大。行政長官は改正の延期を表明した。しかし今後事態がどう展開するか、予断を許さない。香港の事態は、民主主義体制の経つを米欧などが中国とどう付き合っていくかなど、世界への問いも投げかける。

▼100万人の抗議デモ

 条例改正は、香港で逮捕した容疑者などを中国本土に送れるようにする内容。英語ではExtradition lawと表記されることが多い。親中派が多数の立法会は、20日ごろまでに採決の構えを見せていた。

 民主派は条例が改正されれば、中国にとって都合の悪い人物が不当逮捕され大陸に送られると懸念。同派が呼び掛けた9日のデモには、主催者発表で103万が参加した。この規模は、2003年の固化安全条例反対(50万人)や、2014年の雨傘運動(10万人)をはるかに上回る。

▼揺らぐ1国2制度

 香港は1997年の返還後、50年間は1国2制度を認められるはずだった。しかし現実には中国の支配が次第に強まり、自由な言論や政治活動が抑制されている。今回条例改正が実現すれば、司法や警察でも中国による支配がさらに強まりかねない。

 そうなれば、香港の法律体系の上に回っている経済活動にも影響が出てくる。実際、外資系企業の撤退や拠点縮小がささやかれる。

 こうした心配があるから、抗議活動には民主派だけでなく、一般市民が加わり、経営者も理解を示した。

▼延期表明後→200万人デモ

 林鄭月娥行政長官は15日、対立緩和のために規制の延期を発表した。しかしあくまで撤回ではないと主張した。

 これに対し民主派は撤回を求め、16日も抗議集会を継続。参加者は主催者側発表で約200万人に達した。行政長官の辞任を求める声も上がった。

▼雨傘運動の記憶

 今回の抗議活動の舞台は、香港島の立法院前とその周辺の道路。2014年に雨傘運動の中心になった地と同じだ。雨傘運動は2017年の香港行政長官選挙に事実上親中派のみしか立候補できず、自由選挙でなくなることに抗議する学生らが始めた。同年9月26日から12月15日まで80日あまり続いたが、結局要求を聞き入れられることなく終結した。

 今回は雨傘運動に比べ、市民の参加者も多く、とりあえず条例改正の延期を勝ち得た。しかし、香港当局屋中国がこのまま撤回に応じると見るのは楽観すぎる。今後の行方は全く不透明だ。

▼天安門事件30年の年

 抗議活動は、天安門事件30周年に起きた。6月4日、香港や台北などでは追悼式典や様々な行事が行われたが、北京は全くの平穏だった。中国では、事件について何も語られなくなった。これが香港の未来図か、と不安を抱く人も多い。

▼世界への問い

 実際大きな流れとしては、中国による香港支配の強化が進んでいるのが現実だ。この先、再び強硬策が導入されても不思議ではない。

 条例改正は、1国2制度の行方(まやかし)、中国による自由社会支配のあり様、住民の生き方など様々な問題に問いを突き付ける。それは、世界が中国とどう付き合うかという問題にも関係する。奥は深い。

◎ 雨傘の記憶再生 もう5年
◎ 自由なき大国の膨張どう生きる
◎ 怖いけどただ飲み込まれてなるものか

2019.6.16

2019年5月26日 (日)

◆インド総選挙とモディ政権2期目の展望 2019.5.26

 

 インド総選挙の結果が発表され、モディ首相率いるBJPが圧勝した。過去5年間7%以上の成長を実現してきた経済運営などが評価された格好だ。2期目のモディ政権は、地方の振興や格差是正などの課題に取り組む。経済成長著しく存在感を高める同国の行方には、世界の関心も大きい。

▼地滑り的勝利

 インド総選挙は4月11日から7回に分けて投票が行われた。有権者は9億人。世界最大の選挙だ。開票は5月23日から一斉に始まり、24日に結果が発表された。

 BJPは下院545議席中、過半数を大きく上回る303議席を獲得。前回より21議席増やした。英FT紙は地滑り的(landslide)な勝利と報じた。最大野党の国民会議派は8議席増の52議席にとどまった。ラフル・ガンジー党首は敗北を宣言。曾祖父のネルー元首相から続く"ネルー・ガンジー王朝”の黄昏を報じるメディアもあった。

 BJPはモディ首相人気を維持していたとはいえ、昨年の地方選で野党に相次ぎ敗北した。このため総選挙での勝利を危ぶむ見方もあった。圧勝は事前の予想を覆す結果だ。

▼モディノミクスの5年

 モディ首相は2014年に就任した。前職は東部グジャラート州の首相。民間活力の採用、スピード重視、改革推進などの経済運営で成果を残し、CEO型のリーダーとして注目された。

 インドの首相就任後も、モディノミクスと銘打ったそうした経済政策で、年平均で7%を上回る成長を実現した。

 改革の中でも重視されるのが、破産法の改正(2016年末以来施行)、高額紙幣の廃止(2016年11月発表)、税制改革(2017年7月)などだ。

 このうち税制改革は、従来州ごとにバラバラだった税制を全国レベルで統一した。歴代政権も実現を目指してきたが、反対が多く実施できなかった政策だ。「インドの市場が初めて統一された」などというメディアの解説もあった。 

 高額紙幣の廃止は、マネーロンダリングや脱税防止を目的に突如発表され、実行に移されたもの。発表日は2016年11月8日。米大統領選でトランプ氏が当選した日だった。

 その経済的影響には様々な見方がある。しかしこれだけの改革を極秘裏に準備し、断行した首相の行動力は改めて印象付けられた。

▼対テロで強い姿勢

 2018年の地方選でBJPが苦戦したのは、野党国民会議派が農村救済などの計画を掲げたことなどによる。そうした劣勢ムードを変えたのが、今年2月にカシミール地方で起きたテロ事件だ。パキスタンに拠点を置くイスラム過激派が、インド軍の基地を襲撃した。

 モディ政権はこの問題で強硬な姿勢を誇示。インド・パキスタン国境を越えて過激派の基地を空爆した。こうした「強いリーダー」のイメージが、選挙での勝利に結びついたとの見方が多い。

▼勝利の5つの理由

 英BBCは予想外の圧勝の理由を、選挙戦上の戦術も合わせて次のようにまとめた。(1)モディ首相の個人の力、(2)ナショナリズム、(3)地方政党との協力関係がうまくいったこと、(4)東部の州に選挙戦の資源を振り向けたこと、(5)メディア活用戦略での勝利――の5つだ。

▼2期目の課題

 経済の高成長が続く中で、課題も浮かび上がる。インドは依然、全人口の6割が農村に住む構成。その農村の発展は、都市部に比べて遅れている。都市との格差は拡大する。

 インド経済ではITソフトなど、サービス分野の拡大が目立つ。しかし輸出産業(製造業)育成の遅れ、インフラ整備など課題は山積する。銀行の不良債権問題、ビジネスの不透明性の払しょくなど構造的な問題も多く残る。

▼ヒンズー至上主義?

 政治的にはモディ首相の母体であるBJPの体質が常に問われる。BJP支持者の中には、ヒンズー至上主義者が少なくない。過去にもイスラム教徒迫害を引き起こすなど、政治・社会上の問題を引き起こしてきた。国際社会からの批判も折に触れて浮上する。

 BJP政権が2期続くのは1947年の独立以来初めて。思わぬ圧勝で、ヒンズー至上主義の動きに火をつけないかとの懸念がある。

▼混沌の社会

 インドの人口は2020年代には中国を抜き世界1になる見込みだ。すでに購買力平価でみたGDP(経済力)では世界3位。ITソフト開発など一部では世界先端を置く。世界における存在感は年々大きくなっている。

 しかしドルベースで見た1人当たりのGDPは約2000ドルと、まだ貧しい。農村にはカースト制度の伝統も残り、絶対的な貧困も残り、教育も十分に行き届かない。古いものと新しいもの、進んだ部分と遅れた部分が混在し、混沌の社会ともいえる。

▼インドの行方の世界的意味

 インドは世界最大の民主国家。経済の高成長は今後も続く可能性が大きく、国際社会における政治的な影響力をさらに拡大しそうだ。中国とのバランスを踏まえた地政学的な存在意味も大きい。インドの行方は国内や南アジアのみならず、世界に影響する。

 特に発展途上にある国において、政治リーダーの果たす役割は大きい。モディ首相の2期目の手腕を世界が注視するゆえんだ。

 

◎ 10億人混沌の地の民主主義
◎ 不条理も夢も飛び交う総選挙
◎ 王朝を凌いで目立つかCEO

 

2019.5.26
  

 

2019年3月 4日 (月)

◆米朝首脳会談の眺め方 2019.3.3

 ベトナムのハノイで27-28日に行われた米朝首脳会談は、合意文書の署名なしで終わった。朝鮮半島の非核化などに関する何らかの合意があるとの期待もあっただけに、いささか拍子抜け。会談の位置づけも難しい。

▼合意なし

 今回の会談は、2018年6月の「歴史的」な会談に続く2回目の会談。前回会談の後に行われた事務レベルや閣僚級の協議でも、朝鮮半島の非核化の道筋が見えてきたわけではない。それでも首脳会議が開催される以上、何らかの部分合意が発表されるとの観測が事前にはあった。

 しかし蓋を開けてみれば合意もなければ共同記者会見もなかった。金正恩委員長の仏頂面ばかりが目立った印象だ。

 米国が求めた全核施設の廃棄に北朝鮮が応じなかったとの情報が流れている。北朝鮮が求めた経済制裁の全面解除には米国が応じなかった模様。後講釈では、そもそも合意なしは当然のようにも見えるが、詳細はなお不明だ。

▼緊張から対話

 北朝鮮の核問題は2017年に緊張が高まった。同国は断続的に核実験やミサイル発射を実施。これに対し米トランプ政権は北朝鮮周辺海域に空母などを派遣するなど圧力を高めた。経済制裁も強化した。

 この年にはマレーシア、クアラルンプールでの金正男氏暗殺事件もあり、北朝鮮に対する国際的な批判が強まった。

 状況が変わったのが翌2018年。韓国で開かれた平昌冬季五輪を契機に対話ムードが強まり、同年6月のシンガポールでの米朝首脳会談につながった。

 しかし朝鮮半島の非核化に向けた米朝の思惑は異なり、シンガポール会談の共同声明も同床異夢の面があった。

▼パフォーマンス

 そして今回の会談。金正恩委員長は北朝鮮からハノイまで遠路鉄道で移動。世界の注目を浴びた。開催地のベトナム・ハノイでは歓迎パフォーマンスやトランプ氏、金正恩氏の髪型を模倣した人が出てくるなど、話題は万歳だった。

 しかし会談の成果に見るものはなかった。北朝鮮側の会談後の対応は、朝鮮中央通信などで断片的に情報を流すというお定まりのパターンだ。

▼不透明な今後

 会談をどのように位置づけるかには、世界のメディィアや専門家も苦労しているようだ。英BBCは”From enemies to frenemies”(敵から友人と敵の混じった関係)と表現していた。面白いが、分かったような分からないような。そもそも、この個性的な2人の間でどんな会話が成り立ったのか(あるいは成り立たなかったのか)、興味深い。

 ただ、1年前には米朝首脳会談の開催自体が「(当面は)あり得ない」話だった。会談があってもおかしくない状態になったのは、重要な状況変化だ。北朝鮮のミサイル発射や核実験もとりあえず止まっている。ただ、これがいつまで続くかは別の話だ。

 今後も引き続き対話路線が維持されるのか。それとも新たな緊張へと動くのか。事実関係の不明な部分も多いので予断は許さないが、目は離せない。

◎ 「2度目だと見出しは取れぬ」の例になり
◎ 兎に角に会談はありの世になれり
◎ 個性派コンビ 政治も旅も髪型も

2019.3.3

2019年2月11日 (月)

◆王女擁立劇とタイ政治の現状 2019.2.11

 3月24日投票のタイ総選挙を巡り、首相候補への王女擁立劇があった。騒動は1日で終息したが、擁立劇はタイ政治の様々な面を映し出した。

▼突然の擁立

 擁立劇は突然だった。タクシン元首相派の国家維持党は8日、次期首相候補にワチラロンコン国王の姉のウボンラット王女(67)を擁立した。

 王女は米国人と結婚(のち離婚)し、1972年に王室を離脱している。法律的には一般人だ。しかし離婚・帰国後はタイでは王室関係者と同じように注目され、公的場面への登場も多い。政治的にはタクシン派に近いと言われ、昨年のロシアでのサッカーW杯では亡命中のタクシン元首相らと同席する姿が目撃された。

 国王が8日夜に擁立への反対声明を発表。これを受けて同党は9日、擁立を断念した。

▼タクシン派・反タクシン派の対立

 タイは2001年にタクシン元首相が率いる政党が選挙で勝利した。新政権は北部など地方の貧しい人々を支援する政策を積極的に推進。一方で、バラマキや汚職が進んだと言われる。

 軍は2006年にクーデターを実施。反タクシン派の政権を樹立させた。その後同国は、タクシン派(赤シャツ隊)と反タクシン派(黄シャツ隊)が対立する構図が続く。

 タクシン派は2007年12月の選挙で勝利した。しかし裁判所の解党命令で2008年2月-2011年は民主党(反タクシン派)のアピシット政権が発足した。

 その後2011年7月の選挙でもタクシン派が勝利、インラック政権が発足した。しかしタクシン派と反タクシン派の対立は続き、政治が不安定な状況が続いた。

▼クーデターと王室の影響

 そうした中2014年5月、軍がクーデターを実施。以後、プラユット暫定首相の政権が続いている。

 同国の政治を特徴づけるのは、まずタクシン派と反タクシン派の対立。社会に深い分断をもたらしている。第2に軍の関与。過去にも政治危機になると、軍によるクーデターが来る返された。第3に国王・王室の影響力。プミポン前国王(ラーマ9世)は、政治危機に仲介者としての役割を示し、タイ式民主主義に欠かせない存在だった。

 昨年即位したワチラロンコン国王に前国王ほどの威厳と存在感はないとされる。しかし今回の騒動は、王室や王族、元王族が持つ影響力を改めて見せつけた。

▼総選挙の行方

 総選挙は軍事政権寄り「国民国家の力」党(首相候補はプラユット暫定首相)と保守系の民主党(首相候補はアピシット元首相)、タクシン派の中核であるタイ貢献党(首相候補はスダラット元保険相)を中心に、今回話題になったタクシン派の国家維持等などが絡む。

 選挙後の首相の指名は、下院500議席に上院250議席を加えた投票で決める。上院は事実上軍の指名なので、軍事政権寄りの国民国家の力党が圧倒的に有利だ。

 ただし、下院ではタクシン派が多数を占め、ねじれになる可能性もある。

 選挙は5年ぶりの民政復帰のあり方を決め、同国の民主主義の行方を決定する重要な節目だ。そこに王女(元王族)の首相候補擁立という予想外の出来事が絡み、国王の声明で一夜で解決した。いかにもタイ的とも言える。

 関係者の狙いがどこにあったかは定かでないが、世界からの選挙への関心を一気に高めたことは間違いない。話題性は十分だ。

◎ 20年、混乱分断の日常化
◎ 赤黄シャツ、軍に王室バンコク流
◎ 王女兼首相を見たい気もしたが

2019.2.11
 

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