◆NATO首脳会議と世界 2014.9.7
NATO(北大西洋条約機構)が4-5日英国で首脳会議を開き、数千人規模の緊急対応部隊の設置を決めた。ウクライナ危機で表面化したロシアへの脅威に対応するもの。冷戦終了後、地域紛争やテロ対策に力点を移してきたNATOの戦略は、再び大きな曲がり角を迎えている。
▼課題急増
今年に入り、世界の安全保障の課題は急増した。2月にウクライナ危機が勃発。ロシアによるクリミア編入とウクライナ東部の親ロ派支援で、米欧とロシアの対立は決定的になった。G8体制は事実上崩壊。「新冷戦」が懸念される。
イラクとシリアの混乱には新たに深刻な懸念材料が加わった。イラクとシリア北部を拠点とするスンニ派過激派のISIS(後に「イスラム国」と自称)が、シリア内戦で流れ出た武器などを入手して勢力を拡大。6月にはイラク第2の都市バスラを陥落させた。拘束した米国人ジャーナリストの首を切り処刑する映像を世界に流すなど、その残酷な行為は世界に衝撃を与えた。中東情勢はイスラム国の勢力拡大で、ますます混沌としている。
今回の首脳会議はこうした問題が山積。これまでにないテーマの多いものとなった。
▼冷戦後のNATOの推移
大きな流れで見ると、ロシアへの対抗はNATOの戦略の転換を示すものとして重要だ。
NATOは1949年の冷戦下に、ソ連など東側に対抗する軍事同盟として発足。1989年のベルリンの壁崩壊による冷戦終了後は、民族・地域紛争への対応に使命を変えた。旧ユーゴ紛争でのボスニア空爆、コソボ紛争でのセルビア空爆などに具体的行動が表れている。
2001年の同時多発テロの後は、テロ対応も使命に加えた。アフガニスタンへの駐留、リビアの空爆などでその存在感を示した。
こうした紛争の際には、NATOが軍事機構として行動する事例(旧ユーゴなど)、米国が単独で行動した例(タンザニアとケニアの米大使館爆破の後に、アルカイダの拠点とされたタンザニアの工場を空爆した例)、有志連合を組織した例(湾岸戦争、イラク戦争など)など様々。時々の政治状況と軍事的な利便性を見て、オプションが選択された。こうした点にも留意が必要だ。
▼東西対決の復活
この間、東西冷戦対応の延長ともいえるロシアへの対抗は、少なくとも表面上は姿を消した。これが復活したところに、今回の決定が転換点たる理由がある。
冷戦時代と違うのは、NATOに旧東欧諸国がメンバーとして加わり、西側(欧米)と東側(ロシア)の境界線が東西ドイツを南下するラインから、ロシア国境線およびその付近のラインに東進した点だ。NATOには旧東欧諸侯やバルト諸国の防衛という任務が加わっている。
▼首脳会議とNATOの変遷、世界の安全保障の推移
冷戦後のNATO首脳会議を振り返ると、世界の安全保障の状況を映し出す。冷戦後の世界の安全保障の重大事件(★)、NATOの変遷(◇)および首脳会議(・)を整理してみる。
★1989.11 ベルリンの壁崩壊。東西冷戦実質終焉。
★1990 湾岸戦争(米中心の多国籍軍が対応)
・1990.7 NATOロンドン首脳会議。ソ連敵視→変更。政治機能重視。
★1990.10 東西ドイツ統一
・1991.11 NATOローマ首脳会議。新戦略決定(東西冷戦→地域紛争)
★1991.12 ソ連崩壊
★1992 ボスニア内戦。NATOが軍事介入・空爆。1995年デートン合意で内戦終結。
・1994.1 NATOブリュッセル首脳会議。拡大方針。
・1997.7 NATOマドリッド首脳会議。ポーランドなどの加盟承認方針。
★1998 コソボ紛争。1999年NATOのセルビア空爆(国連決議なし)で紛争終結。
◇1999.3 チェコ、ハンガリー、ポーランド加盟(16→19か国)
・1999.4 NATOワシントン首脳会議。50周年記念。コソボ紛争の最中。
新戦略更新。域外派遣などより大きな役割。
★2001 同時多発テロ、アフガン戦争(NATOも参加)
・2002.5 NATO・ロシア首脳会議。パーオナーシップ。ロシアとの協力を目指す姿勢。
・2002.11 NATOプラハ首脳会議。イラク問題。NATOの軍事能力維持・向上の計画など。
★2003.3 イラク戦争(米英と仏独の分裂)
◇2004.3 旧東欧7国加盟(バルト3国、ブルガリア、スロバキア、ルーマニア、スロベニア)(19→26か国)
・2004.6 NATOイスタンブール首脳会議。即応部隊など能力向上の点検など。
・2006.11 NATOリガ(ラトビア)首脳会議。旧ユーゴ3カ国と協定(将来加盟)。域外国との協力(対テロ)
・2008.4 NATOブカレスト(ルーマニア)首脳会議。クロアチアなど加盟承認。
★2008.8 グルジア紛争
◇2009.4 アルバニア、クロアチア加盟(26→28か国)
・2009.4 NATOストラスブール首脳会議。新戦略変更を決定。仏軍事機構復帰宣言。
・2010.11 NATOリスボン首脳会議。11年ぶりの新戦略。集団安保、抑止力、危機管理などバランス。
★2012 アラブの春→中東混乱に
・2012.5 NATOシカゴ首脳会議。アフガニスタン問題(2014年末撤退など)。
★2014.2 ウクライナ危機
・2014.9 NATOニューポート(英ウェールズ)首脳会議。対ロシア意識の緊急対応軍(東西問題の復活)。
対イスラム国(地域紛争・テロ対応)
2014.9.7
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