◆イラク:深刻な危機 2014.6.15
イラクで過激派武装勢力が第2の都市モするなどを制圧。首都バクダッドに迫り、深刻な情勢に陥ったている。わずか1週間での事態の急激な変化。今やイラク分断・内戦の危機に発展し、中東地域全体に混乱を拡散させかねない事態になっている。
▼急速な動き
動きは急だった。北部の一部地域を制圧していたイスラム過激派「イラン・シリアのイスラム国」(The Islamic State of Iraq and Greater Syria , ISIS)が10日、第2の都市モスルを掌握。わずか数日で、ティクリートなどの都市を制圧し、首都バクダッド北方に迫った。
海外メディアからは、モスルを必至に脱出する人々や、道路沿いに乗り捨てられた自動車などの映像が流され、事態の切迫感と生々しさを世界に伝えた。モスルからの脱出は50万人とも伝えられる。
▼シリアから流出
ISISはアルカイダを母体とする。宗派はスンニ派。欧米などを敵視し、世界にジハードを輸出する過激な思想だ。イラクでの勢力の急拡大に背景には、武器、テロリストのシリアからの流出があるとされる。シリア内戦が、周辺に輸出された形だ。
一方のイラク政府の対応はお粗末としか言いようがないものだった。政府内ではシーア派のマリキ首相支持層と、スンニ派、クルド人などの対立が続き、モスル陥落後にマリキ首相が出そうとした非常事態宣言もできないままだった。
モスル陥落時の兵力は、武装勢力1に対し政府軍は15。ところが戦闘が始まると、政府軍がこぞって敗走し、易々とモスルを明け渡した。やる気と統率力の差は、1対15もひっくり返した。
▼イラクの内部対立
マリキ政権とISISの衝突に乗じる形で、クルド自治政府は北部の油田地帯、キルクークを掌握した。イラク国内では、多数派のシーア派(約70%)とスンニ派、政府過激派武装勢力、アラブ人とクルド人など複数の軸が混在し、様々な対立が深刻化している。
▼周辺国
ここに外国が絡む。シリアからの武器やテロリストの流入が戦闘拡大や治安悪化の原因になっているのは上で述べた通り。
イランのロウハニ大統領は14日、イラクの要請があれば支援すると表明した。イラクはシーア派の大国。仮にイランによるマリキ政権支援となれば、スンニ派の大国でイランと対立するサウジアラビアなどが警戒し、反発するのは必至だ。
▼危機感深める米国
アメリカは危機感を強める。オバマ大統領は13日に緊急会見を実施。数日内にイラク支援策を発表すると表明した。ただし、何ができるかとなると難しい。
大統領は地上軍派遣は明確に否定した。マリキ政権からの空爆要請も一度は拒否したが、情勢の悪化で空爆も含めた選択肢を検討している可能性が大きい。ただし、米国の役割はあくまでイラク政府軍の作戦を支援すること、という基本スタンスを変える兆しはない。
オバマ政権は2011年にイラクからの撤退を完了。政権の外交政策の成果の1つと強調してきた。情勢が悪化し、派兵に追い込まれれば、自身の成果を失敗と認めざるを得ない。
▼国家分裂・内戦の危機
マリキ政権は15日になって空爆による反撃を開始した。しかし、事態収拾のメドはもちろん立っていない。宗派や民族、政治的な主義主張など複雑な対立、周辺国との絡みに絡んだ関係を背景に、むしろ事態は深みにはまり、国家分裂や内戦の懸念すら否定できない。
イラク戦争開戦以降の民間人犠牲者は50万人とも100万人とも言われる。今回の事態が悪化の道をたどれば、イラクはそれが繰り返される危機に直面する。シリア内戦やエジプト、北アフリカの不安定と結びつけば、世界は遥かに深刻な事態に直面することになる。
▼中東・イスラムの不安定
イラク以外でも、中東、イスラム圏から治安面での不安なニュースが相次いだ。
パキスタンでは、過激派が8日カラチ空港を襲撃。パキスタンのタリバン運動が犯行声明を出した。これに対しパキスタン軍は15日、同国北西部の山岳地帯で過激派の拠点を空爆。多数の死者が出た模様だ。これに対してタリバン運動は報復の声明を発表した。
パレスチナのイスラエル入植地では、パレスチナ過激派によるとみられるイスラエル人誘拐事件が発生。ネタニヤフ首相は断固対応する姿勢を示した。イスラエルとパレスチナは和平交渉が中断したばかりで、交渉再会の道がますます遠のいた。
北アフリカ、ナイジェリアなど含め、中東、イスラム地域で「不安定の連鎖」ともいえる動きが続いている。
2014.6.15
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