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2014年5月26日 (月)

◆タイ・クーデターの警鐘 2014.5.25

 タイで軍によるクーデターが起きた。政治の機能マヒ長期化に軍が辛抱を切らせて行動を起こした格好。クーデターの背景には、タクシン派と反タクシン派の対立や、過去国王の指導力に極度に依存してきたタイ特有の事情もある。しかし、民主選挙で選んだ政府が機能しない→政治・経済の混乱→軍クーデター、と進んだ国は少なくない。民主主義の機能不全ともいえる問題は、タイに限らず新興国中心に世界に共通する課題として受け止めるべきだ。

▼5か月の混乱の末

 クーデターは、5カ月にわたる政治混乱の末に発生した。事態に至る経緯は以下の通りだ。

・2013年11月 政権が恩赦法を強行採決。これを機に反体制派の抗議活動が拡大。
・12月      インラック政権が下院解散
・2014年2月  総選挙。反対派の妨害で一部選挙区で投票できず。
・3月    憲法裁が選挙無効の判断を相次ぎ下す。 
・5月7日  インラック首相が失職。憲法裁判所の判断による。
・5月20日 軍が戒厳令。
・5月22日 軍がクーデター。インラック前首相らに出頭を命じる。
       米国はクーデターを批判。援助の縮小など表明。 
・5月24日 上院廃止を発表。
       一部市民は反軍のデモ。

▼10年来の対立

 今回のクーデターは5か月の混乱の末だが、タクシン派と反タクシン派の対立を構図とする政治混乱は10年近くに及ぶ。

 タクシン首相の愛国党は2001年の総選挙で勝利し、政権に付いた。支持基盤の農村や貧困者を支援する政策を進めた(バラマキの面も含め)。一方、富裕層や都市部住民の既得権を奪う政策を進め、反発を招いた。首相の強引な政治手法や利益誘導的な行動も批判の対象となった。

 こうした中で反タクシン派の抗議活動が拡大。2006年に軍がクーデターを実施し、タクシン氏を追放した。背景には国王の意向もあったといわれる。

 その後反タクシン派のアピシット政権が発足すると、タクシン派による抗議活動が拡大。逆にタクシン派の政権ができると反タクシン派の抗議活動が拡大するなど、タイ政局はその都度混乱した。野党にあったタクシンの妨害で国際会議が中止になるなど、国際的な波紋も広がった。主な出来事は次の通りである。

・1990年代 軍政に対する批判が高まる
・1997年 憲法改正
・2001年 選挙でタクシン氏の愛国党勝利。タクシン政権。
・2006年9月 クーデターでタクシン首相失脚。軍が実権。
・2007年8月 民政復帰。
・2007年12月 総選挙。タクシン派が多数。
・2008年1月 マサック首相就任。その後ソムチャイ首相となるが、スキャンダルなどで退陣。
・2008年11-12月 両派の衝突で流血。反体制派の空港選挙など。
・2008年12月 アピシット政権(民主党・反タクシン派)
・2009年 タクシン派がパタヤのASEAN首脳会議会場に押し入り
・2010年 タクシン派がバンコク中心部選挙
・2011年 総選挙でタクシン派勝利。インラック政権誕生。
・2013年 与党による恩赦法強行採決などをきっかけに反タクシン派の抗議行動拡大。
・2014年5月 クーデター

▼タイ式民主主義

 1932年に立憲君主制になってから、軍事クーデターが起きたのはこれで19回目。タイでは政治混乱→国王の調停が繰り返され、国王の意向を背景にした軍事クーデターも繰り返された。こうした独特な仕組みは、「タイ式民主主義」とも呼ばれた。

 1997年の憲法改正で民主化が進んだ後は、国王の権威に依存する民主化から、真の民主主主義への脱皮が期待された。しかし、期待通りに進んだとは言い難い。タクシン派と反タクシン派の激化→政局混乱→袋小路という構図が繰り返され、民主主義は機能不全に陥った。

▼将来展望は見えず
 
 2006年のクーデター時、軍は、悪循環の打破→リセット→過去を断ち切った民主政治を目指した。そのために早期の民政復帰を実現した。しかし、結果はそれまで以上ともいえる深刻な政治混乱だった。

 そうした失敗への反省もあるのか(ないのか?)、軍はクーデターの後に上院を解散。「選挙の前に両派の和解が必要」とし、権限把握の長期化を示唆している。当面の秩序維持には役立つかもしれない。しかし、その先の民主化や政治安定の展望となると、見えて来ないのが現状だ。

 クーデターの後、バンコクなどでは反軍のデモも発生している。タイ政治混乱の出口は見えない。

 そして政治的混乱の長期化は、経済へのダメージにつながりかねず、地域の不安定にも悪影響を及ぼすと懸念される。

▼米国のジレンマ

 米国はクーデターを批判。タイへの援助削減などを表明した。

 選挙で選ばれた政権をクーデターで打倒するのは、民主主義の大原則に反する。米国が批判を表明するのは当然だ。しかし、批判すればそれで済む訳にいかないところが、難しい。

 過去数年を見ても、選挙で選ばれた新政権がうまく機能せず、混乱拡大→クーデターなどに進んだ事例は少なくない。代表例がエジプト。2011年のムバラク政権打倒後、2012年に民主選挙でムスリム同胞団の支援を受けたモルシ大統領が誕生したが、その後混乱は拡大。2013年にクーデターで軍が実権を握った。

 ウクライナでは選挙で選ばれたヤヌコビッチ政権が今年2月に(選挙ではない方法で)崩壊。その後の暫定政権下の情勢は混乱が続き、暫定政権の正統性を巡り欧米とロシアが対立した。5月25日の大統領選で、新規スタート→情勢の安定となるか予断を許さない。

 タイ情勢について、「それではどうしたらいいのか」となると、米政権はもちろん、欧米のメディアも歯切れが悪い。米国や国際社会のジレンマが見て取れる。

▼民主主義の機能不全

 1990年代には、アルジェリアの選挙でイスラム原理主義勢力が政権を把握すると、軍がクーデターを実施。同国は内戦に突入した。欧米は軍事政権を支持・黙認した。民主主義の機能不全と、それに伴う政治混乱は冷戦後も幅広い問題だ。

 世界は冷戦後期待されたほど「民主主義の拡大」による「政治の安定」に向かっていないようにも見える。その背景には、貧富の格差拡大、IT革命の進展による情報の拡散、古い秩序の信頼性の低下、イスラム原理主義の勢力拡大などの要因を指摘できる。

 民主主義が期待したほど広がっていないからこそ、開発独裁への一定の支持も生まれてくる。「ワシントン・コンセンサス」対「北京・コンセンサス」の問題は根深い。

 タイのクーデターは、こうした時代の課題も映している。

2014.5.25

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