« 2013年10号(3.4-10 通算663号)  国際ニュース・カウントダウン | トップページ | 2013年11号(3.11-17 通算664号)  国際ニュース・カウントダウン »

2013年3月10日 (日)

◆チャベス大統領の死去と中南米情勢 2013.3.10

 ベネズエラのチャベス大統領が死亡した。中南米の左翼反米政権の代表格で、国際的存在感も大きかった人物。その死去は、中南米情勢にも影響を与える。

▼様々な反響

 チャベス大統領は昨年10月の大統領選で4選された後、ガンが悪化。キューバで治療を受けた後、自国に戻って入院治療を受けていた。この間、マドゥロ副大統領を事実上の後継者に指名した。3月5日に死亡した。

 同氏死亡のニュースは様々な反響を呼び起こした。大統領支持派は追悼の集会などを繰り返した。キューバは3日間、喪に復した。8日に行われた葬儀には、ボリビアのモラレス大統領など近隣左派政権を率いるぼ指導者に加え、イランのアフマディネジャド大統領、ベラルーシのルカシェンコ大統領など友好国の首脳が参加した。

 一方、敵対してきた米国のオバマ大統領は「ベネズエラと建設的な関係を発展させる用意がある」などと表明。欧州諸国もチャベス後をにらんだ“外交的”なコメントが多かった。

▼左翼・反米の象徴

 チャベス氏が政治の表舞台に登場したのは1992年。陸軍中佐時代にクーデターを起こした時だ。この試みは失敗したが、国民に向けた声明などが貧困や格差の拡大、腐敗に苦しむ国民の気持ちをとらえた。

 1998年の大統領選で当選。その後国民投票で大統領再選を可能にする憲法改正(1999年と2012年)を行い、2000年、2006年、2012年の大統領選で再選を果たした。この間2002年には軍部のクーデター(背後には米国の関与が指摘される)で一時拘束されたが、国民の支援デモなどを背景に2日で復帰した。

 チャベス氏は石油資本などの国営化を断行。豊かな石油収入を背景に貧困対策を推進した。これにより、貧困層からは絶大な支持を得た。大統領はこうした政策を「21世紀の社会主義」と表現した。

 一方、国際的には反米主義を公然と主張。国連総会でも米国公然と批判する演説を実施した(2006年)。キューバと緊密な関係を築き、近隣の左派勢力に対しては石油を供与するなど支援した。こうした行動を通じ、1国の指導者にとどまらず、中南米の左派・反米指導者の象徴として存在感を拡大した。

▼割れる評価

 評価は当然割れる。国内では貧困層などからカリスマ的指導者として支持を受ける一方で、経済界などからは激しい反発を招いた(それが2002年のクーデターに結びついた)。

 国際的には反米の中南米の左派勢力やイランやベラルーシなどと緊密な関係を構築。一方で米国とは対立し、欧州とも冷たい関係が続いた。

 評価の言葉も様々だ。カリスマ的指導者という好意的な評価の一方、ポピュリスト、独裁者などの批判も多い。

▼軍事独裁から中南米左派まで(中南米の動き)

 中南米の歴史は、国際情勢や米国との関係に翻弄される形で動いてきた。20カ国以上に及ぶ中南米各国を動きを一つにまとめるのは無理があるし、特に小国では理屈では説明できないような対立や混乱が続く。それでもあえていくつかのトレンドをまとめれば、以下の整理が可能かもしれない。 

(1)社会主義政権の発足と軍事独裁政権の樹立
・1950-70年代。東西冷戦を背景にキューバのカストロ政権、チリのアジェンデ政権などが発足した。
・これに対抗する形で米国の支援で軍事政権が発足。チリではクーデターでピノチェト政権が成立した。
・チリ、グアテマラなどの軍事独裁政権化では多数の反対派が殺害された。

(2)クーデターの頻発
・1964年のブラジル、73のチリ、76年のアルゼンチンなど、ほとんどの国でクーデターや未遂を経験する。

(3)政治的混乱と内戦
・1960-80年代中心。軍事独裁政権と左翼組織(ゲリラなども)の対立などで内戦が起きた。
・グアテマラ、エルサルバドル、ニカラグア、コロンビアなど。
・数年から20年余り続き、数万人単位の死者を出している。
・内戦終了後も心理的な対立などは残り、社会の傷になっている。

(4)民主化の実現
・ブラジル、チリ、アルゼンチンなどで1980年代以降民主化が実現した。
・東西冷戦の雪解け、解消などが背景にある。
・内戦経験のエルサルバドル、ニカラグアなども90年代以降、選挙による政府が実現した。
・しかし混乱が続き、民主化が順調に進んだとは言い切れない国も多い。

(5)奇跡の成長から失われた10年
・1960年代にはブラジルなどが奇跡の成長ともてはやされた。しかし70年代の石油危機を経て混乱した。
・1980年代には債務危機が表面化し、失われた10年を経験した。
・80年代末から90年代初頭にはハイパーインフレを経験。経済混乱は深刻だった。

(6)中南米ルネサンスとBRICsの時代
・90年代の改革で中南米ルネサンスと期待された。しかし、90年代末の通貨危機で再び混乱した。
・アルゼンチンはデフォルトを宣言し、その後経済が破綻した。
・一方ブラジルなどは乗り越え、2002年以降BRICsともてはやされた。

(7)地域統合
・1995年のメルコスル発足が代表。地域内の経済統合は徐々に進んでいる。
・2008年の世界金融危機後、アルゼンチンなどで保護主義的な政策も出ている。

(8)中南米左派
・2000年代に入ってからのキーワードの一つ。
・99年にチャベス氏がベネズエラ大統領に就任。その象徴的な存在になった。
・2002年にはブラジルにルーラ大統領が就任。穏健派だが左派色も帯びる。
・ボリビアのモラレス大統領(2005年)、エクアドルのコレア大統領(2006年)などが続く。
・資源の国営化、原住民の権利保護などが共通項。

▼中南米年表

 上記のトレンドを含む第2次大戦後の中南米の主な動きを年表にまとめれば、以下の通りだ。

・1953 キューバ革命。カストロ政権成立。
・1962 キューバ危機。
・1964 ブラジルで軍事政権(クーデター)。85年に民政移管。
・1970 チリ選挙でアジェンデ政権(社会主義)発足。
・1973 チリでクーデター。ピノチェト政権(軍事独裁)。89年に民政移管。
・1976 アルゼンチンで軍事政権。83年に民政移管。
・1980 エルサルバドル内戦(92年まで。死者7万5000人)。ニカラグア内戦(90年まで5万人死亡)
・1982 メキシコの債務危機が表面化。その後中南米全体の債務危機に発展。
     中南米は経済で失われた10年を経験。
・1982 フォークランド戦争でアルゼンチン敗北。軍事政権崩壊の引き金に。
・1989 冷戦終了。1991年にはソ連崩壊。
・80年代末 ブラジル、アルゼンチンなどでハイパー・インフレを経験。経済混乱深刻。
・1994 ブラジルがレアル・プラン。中南米ルネサンス。アルゼンチンはメネム政権下で経済改革。
・1995 メルコスル発足。
・1997-98 通貨危機。各国経済悪化。
・1999 ベネズエラでチャベス大統領就任(中南米左派の代表)
・2001 アルゼンチンがデフォルト。経済崩壊状態に。
・2002 ブラジルでルーラ政権発足。BRICsの時代
・2004 ボリビアにモラレス政権(左翼)。2006年にはエクアドルにコレア政権。
・2013 チャベス大統領死亡

▼チャベス後の中南米

 2000年代に入り脚光を浴びる中南米左派は、貧富の格差拡大への反発、外国資本による富の収奪への反発などが背景にある点で共通する。しかし、各国の事情は異なる。膨大な石油資源を持つベネズエラの試みが各国にそのまま通用するものではない。

 ベネズエラの政治も中南米左翼も、チャベス氏個人に支えられて成り立ってきた面がある。チャベス氏はベネズエラの民衆の心をとらえるカリスマ性があったし、中南米左翼という理念を支える象徴的な存在だった。同時に石油を通じた支援も重要だった。

 ベネズエラでは10年以上にわたるチャベス氏独裁による硬直性も指摘される。中南米左翼諸国の指導者もその理念とともに、米国との関係改善など現実的な側面も持ち合わせている。ベネズエラも中南米も、チャベス後はこれまでと変わざるを得ないだろう。

2013.3.10
 

« 2013年10号(3.4-10 通算663号)  国際ニュース・カウントダウン | トップページ | 2013年11号(3.11-17 通算664号)  国際ニュース・カウントダウン »

中南米」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ◆チャベス大統領の死去と中南米情勢 2013.3.10:

« 2013年10号(3.4-10 通算663号)  国際ニュース・カウントダウン | トップページ | 2013年11号(3.11-17 通算664号)  国際ニュース・カウントダウン »

2019年8月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ

ウェブページ