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2012年3月11日 (日)

◆プーチン再登板とロシア情勢 2012.3.11

 ロシア大統領選でプーチン首相が当選。2000年からのプーチン体制が最低18年まで続くことになった。同氏の体制政治・社会の安定を実現する一方、強権化の進行や汚職の広がりをもたらし、社会の閉塞感を生んでいる。昨年末からは反プーチンの動きも表面化した。ロシアの現状と行方を整理する。

▼異様の警戒態勢
 プーチン氏の大統領復帰は、昨年9月に大統領選出馬を表明した時からほぼ既定路線だった。今回の選挙でも64%の得票を獲得し、2位のロシア共産党・ジュガノフ党首らに大差をつけた。
 プーチン支持が多かったのは地方。ソ連崩壊後の混乱を体験した国民が、混乱を恐れてプーチン氏を選んだなどと解説される。治安関係者や経済利権を享受している層も強力にプーチン氏を支持した。
 半面、都市では反プーチンの動きが強く、モスクワでは同氏の得票率は50%を切った。モスクワやサンクトペテルブルクなどでは、昨年末以来抗議デモが続いている。
 キャンペーン期間中や投票日、モスクワでは異様な警戒態勢が敷かれた。

▼薄れたカリスマ性

 当選後プーチン氏はモスクワでの支持者集会で勝利宣言した。その場で涙し「皇帝の涙」として評判になったが、発言内容は自らの正統性を強調するもの。対抗候補者への配慮などは触れなかった。ロシアの愛国心に訴える姿勢も目立った。
 反プーチン派は今回の選挙にも不正があったと主張。選挙後も抗議活動を続けた。運動にまとまりがあるわけでもなく、展望は見えない。それでもこれだけ反プーチンの動きが広がったことは、2000年、2004年の大統領選挙とは状況が全く異なる。
 英Economistは電子版記事に、"Moscow doesn't believe in tears"との見出しをつけた。

▼プーチン時代のロシアの動き
 プーチン氏が権力の中心に座ったのは、1999年にエリツィン大統領の指名で首相、大統領代行になってから。以後の主な動きは以下の通りだ。
・2000年 大統領選で当選
・2001年 GSのBRICsレポート。資源大国として経済成長。
・2002年 モスクワで劇場占拠事件。治安維持強化。
・2003年 ユーコス事件。ホドルコフスキー氏を逮捕。以後強権色強まる。
・2004年 大統領選で再選
      北オセチアで学校占拠事件。
・2007年 メドベージェフ第1副首相を後継指名。
・2008年 大統領選でメドベージェフ氏当選。プーチン氏は首相に。
      グルジア侵攻。西側との関係緊張。 
・2009年 オバマ米大統領就任。米ロ関係再構築模索(リセット)。
・2010年 米ロが新START
・2011年 12月の下院選で与党後退。開票の不正をきっかけに都市部で反プーチン活動表面化。
・2012年 大統領選でプーチン首相が当選。再登板へ。

▼治安維持と経済成長
 プーチン氏がまず成果を残したのは、治安の改善だった。
 ソ連崩壊後(1990年代)のロシアは治安が悪化しテロが蔓延。社会は混乱の極みに至った。
 プーチン氏は元スパイで、チェチェン紛争の処理で実績を残した治安のプロ。強硬策も駆使し、混乱を短期間で改善し国民の支持を獲得した。一時は支持率80%に達した。
 経済も社会の安定と、資源高に恵まれた事もあり高成長を実現。年率5%以上の成長を達成し、BRICsの一角として注目されるようになった。

▼強権・独裁国家
 ただ、治安当局との関係を重視した政治姿勢は、権力の強権化を生み、強硬派(シロビキ)が権限を強めた。そして強硬派やプーチン氏と結びついたグループが、国家の利権を独占するようになっていく。
 なかでも転換点とされるのが、2003年のユーコス事件。石油事業で大富豪となり、プーチン政権に対し経済政策などに批判を強めたホドルコフスキー氏(石油会社ユーコスの経営者)を治安当局が急襲・逮捕し、ユーコスの資産を事実上取り上げた事件だ。
 これを機にロシアはモノ言えぬ雰囲気が強まり、強権・独裁国家の色彩を強めていく。

▼新冷戦
 強硬色が外交でも表れた。
 プーチン政権は当初親欧米路線を前面に出し、9.11後は対テロ戦争で米国に協力。アフガン戦争では、中央アジアの旧ソ連諸国の基地を米国が使用することを容認した。
 しかし、イラク戦争開始では米ブッシュ政権と対立。さらに米国がNATOの東方拡大や中東欧へのミサイル防衛システム(MD)配置を打ち出すと公然と対立するようになった。
 対立のピークになったのが、2008年のグルジア紛争。米欧と正面から非難し合い、「新冷戦」とも指摘された。
 2009年に米オバマ政権が発足すると、関係のリセットを宣言し、新たな関係を模索している。
 しかし、中国などとの関係(上海条約機構など)をテコに米欧中心の秩序見直しを探るなど、親欧米路線に戻る姿勢ではない。シリア情勢でも、国連安保理でアサド政権非難決議に反対したばかり。
 経済面でも、資源の国家支配を強化。シェルやBPなど欧米の国際石油資本の利益と真正面から衝突した。

▼汚職の広がりと経済改革の遅れ
 特定グループによる利権の独占で、経済・社会は硬直化が進んだ。プーチン政権でもセチン副首相が石油利益を掌握するなど、石油、天然ガス、金融機関などは利権の独占が進行。いまではロシアのGDPの10-15%をプーチン利権につながる人々が握るとの分析もある。
 それは当然ながら汚職の広がりを生み、経済と社会の硬直化をもたらす。
 経済も資源依存が続き、ハイテクなど新分野の発展が進まない。リーマン・ショックの後の2009年に5%前後のマイナス成長を記録したのも、こうした経済改革の遅れが大きい(中国は2009年も訳10%の成長を実現した)。

▼課題
 もちろんプーチン氏もこうした問題は認識している。民主化定着による社会の硬直性の打破、資源依存経済からの脱却などを指摘し、選挙公約でも経済改革を強調した。
 しかし、既得権を打破して経済改革を進めるのは至難の業。また選挙戦では年金引き上げなどバラマキにつながりかねない公約もおこなっており、改革どころか逆の方向に進みかねない懸念もある。先行きは不透明と言わざるを得ない。
 何よりも、政権の長期化そのものが体制の硬直化やダイナミズムの低下につながる。それは、様々な国、歴史が証明している。

▼プーチン時代終わりの始まり?
 ロシア・ウォッチャーの見方も厳しい。英Financial Timesは、あと2期(12年)はありそうにないとのは難しいとの分析示した。Economistは最新号のカバーストーリーで"The beginning of the end of Putin"というタイトルでロシア情勢を特集した。ロシアの行方を軽々に決めつけることは慎むべきだが、「プーチン体制盤石」を前提にしたロシア情勢分析は、もはや時代にそぐわないのだろう。

2012.3.11

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